第3話

「終わったぁぁぁぁ」

名古屋駅へ向かっていく電車の中、周りに迷惑にならないように気をつけつつくったりと座席に沈み込む。

徒歩で数時間をかけて名古屋駅から岐阜駅まで2人で歩き切った。

天気も良かったしむしろ暑いくらいだったけど、達成感で思わず笑みがこぼれる。

「晃さん、足大丈夫?」

「足痛いわー」

「ごめんね付き合わせて」

「ええよ楽しかったし」

「後日晃さんひとりで行くんだっけ?」

「まぁなぁ。寄りたいところとかもあるし」

「そっか」

あまり遅くならない内に岐阜駅に着こうとしてほとんど寄り道せずに歩いたので、若干不完全燃焼ではあった。それでも久しぶりの昴との2人きりの時間は楽しかったし途中、通りかかった市内でたまたま遊びに来ていたみなみちゃんに会い、差し入れも貰ったのも嬉しかった。

「晃さん、晩ごはん何食べたい?」

「あー。味噌カツとか」

「えー」

「味噌串カツとか」

「結局カツなの?」

「じゃあ手羽先」

「晃さん元気だね」

「せっかくこっち来たんやし」

「それもそうだけどもし、家来るなら、俺がご飯作るけど」

「それもええなぁ。SNSに載ってる昴が作ったご飯いつも美味そうやなって思ってた」

「そっか。晃さんがそれでいいならそうしよ。でも、この電車だと最寄りまで行けないから名古屋で乗り換えだよ」

「そやな」

店だと絶妙に落ち着かないので、昴の提案にありがたく乗らせてもらうことにした。

「スーパー寄って帰ろ」

「ん」

乗り換えて最寄り駅で降りて、彼の自宅へ向かう前にスーパーに向かう。

買い物を済ませ、家に着いた頃にはすっかり暗くなっていた。

「なんか手伝おうか」

「大丈夫。晃さんに手伝ってもらったら俺がやることなくなっちゃう」

「なんやの。あっちの部屋に2人で居る時は晃さんのご飯食べたいって言ってくれてたのに」

「今日は俺が作る番!落ち着かないからそこのソファー座ってて!」

「うん。おー、見たことあるなぁその仕切り皿」

「……晃さん?」

「わかったわかった。大人しくしてるし。まぁ、手伝うことあったら言ってや」

「今日はキッチン立ち入り禁止!」

「うははははは。ごめんて」

「入ってきたらお酒お預けだからね」

「わぁったって」

恋人だった頃のようなやり取りに嬉しくなりつつ、キッチンに立つ彼を見れる位置に陣取った。

「晃さん」

「ん?」

「視線が刺さるんだけど」

「えー?」

「気が散るからテレビ見る?」

「久しぶりやから、ゆっくり昴の顔見させて」

「……何が面白いんだか」

「好きな人の顔やからな」

「……ちっ」

「ちょっとー、やめてやおっちゃん傷つくわぁ」

「また言ってるし」

「昴くんよりは年上やからな。おっちゃんですよおっちゃん」

「もー」

「そんな呆れんといてや。できてきた?おー、ええ匂いする」

「もう少し煮詰めたらできるから待ってて」

「おう」

言われたように、今度は大人しく待つ。

「はい、お待たせ」

「ありがとー。美味そう」

煮物や焼き魚と白ご飯などが乗った皿と先ほど買ったビールを持ってきてくれた。

「「いただきます」」

2人して手を合わせて箸をつける。

「……どう?」

「美味い。昴、料理上手いんやなぁ」

「自分で食べる分くらいしか作らないけど」

「作るだけ偉いって」

手放しで褒める俺に嬉しそうにしつつ皿を空にして、洗い物を済ませるとコーヒーを淹れてくれた。

「晃さん」

「ん?」

「ありがとう、わがまま聞いてくれて」

「なんかわがまま言ってたっけ」

「今日のこととか、晩ごはんとか、この前のこととか」

「んー。昴が納得するんやったらそれでええし」

「俺、さ」

「うん」

「たかさんと別れた時に恋愛なんてもうコリゴリだって思ってたんだよ、ね」

「……そっか」

「でも、オフ会で晃さんを見た時にこの人ならって思ったのは確かなんだ」

「……うん」

「たかさんと別れて少ししてから始めた動画配が楽しくて、もうこの先恋愛なんてしないんだろうなって思ってた俺の気持ちを変えてくれたのは晃さんだったんだ」

「……うん」

「恋人だった頃、単純にあの部屋で2人で過ごしてた頃、なんかだんだんままごとしてるみたいに思えてきて」

「……うん」

「このままだと晃さんが幸せになれないって思って」

「……ん」

「だから、離れなきゃいけないって思ったんだ」

「そっか」

「恋人じゃなくなって、晃さんがフリーになって、誰かに取られたらどうしようって思ってる」

「……そうか」

そう言って、外していた視線を昴へと戻す。


息を飲んだ。彼の顔が真っ赤だ。

さっき飲んだビールに関係なく顔が火照るのがわかる。釣られてしまった。

「昴」

「……うん」

「そんなとこおらんとこっちおいで」

「え、でも」

「ええから、来い。ほら、早よ」

「うん」

そう言って膝立ちで近寄ってきた彼の手を引く。簡単に腕の中に倒れ込んできた。

「慣れろ慣れろ。別にこれ以上はまだせぇへんから、慣れて」

「……うん」

肩に顔を埋めてしまった彼の頭を撫でる。

「昴、猫っ毛やんなぁ」

「そう?ブリーチとかもしたから傷んでると思うけど」

「そうかぁ?めっちゃ触り心地ええよ」

「こーさん……」

「どした」

「こーさんすっごいドキドキしてる」

「そらそうや。今逃げられたら捕まえに行ける自信あらへんもん」

「えー?」

「逃げる気か?」

「それはないけど、晃さん結構強引だったんだね」

「あの頃はな、大事すぎてよう手出さんかっただけなんや。こんな言い方はアレやけど、お前やって男やし、多少強引に行っても壊れたりはせぇへんやろうなって思て」

そう言ってぽんぽんと背中をたたくと弛緩していた体に力が入った。

「でもお前が怖いと思うことはせぇへんよ。言うたやろ?なんとしてでも落とすって」

「言ってた、ね」

「そういうところは遠慮せぇへん事にしたんや。さて」

「ん?」

「今日はいっぱい歩いて疲れやたろ、風呂はいってちゃっちゃと寝よ。昴が寝るまで傍に居るし、な」

「うん……でも晃さんはどうするの」

「駅前のホテル取ってある。チェックインまでまだ時間あるから心配せんでええよ」

「元からこっち泊まってく気だったの?」

「あー、の、企画のことで電話もらった時にチャンスやなって思って探した」

「晃さんらしい」

「よし、とりあえず風呂の準備しよ。ちゃんと待っとるし風呂で寝落ちんようにな」

「うん」

そうして俺に促されるまま着替えなどを取りに行き、シャワーを浴びた彼が戻ってきた。

「ドライヤーしてこんかったん?」

「シャワー浴びたら眠くて」

「あかんよ風邪引く。せめてちゃんと拭こうや」

「……ふふ」

「どした」

「晃さん、甘やかしたい人だよね」

「好きな子はとことん甘やかすタイプ」

「晃さんらしい」

「ほらもー。よし、乾いた」

「ありがと」

「ん。ええな。ほら早よ歯磨いてベッド入り」

「晃さんおかんみたい」

「なんやって?」

「ナンデモナイデス」

そう言って離れた彼のあとを追って寝室へ向かう。

「ひつじ数えよか?」

「大丈夫、寝れる」

「そっか。鍵どうしよ?」

「後で起きて鍵かけるから大丈夫」

「そんならええけど」

「うん、おやすみ」

そう言った彼が寝息を立て始めたのを確認してそっと部屋も家も出る。

数日後、投稿された動画にはいつものように淡々としつつも楽しそうな彼が写っていたのだった。

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