第3話 幕間

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 咀嚼音と合間に挟まる世間話、カトラリー同士が軽く触れあう音の中で僅かなボリュームながらも主張の強い異音があった。

 テーブルを横切る店員たちから投げつけられる『お前ら、コーヒー1杯でいつまでいるんだよ』という眼光に怯むことなくペンが走り、キーが押され、ページがめくられていく。


「なぁこれ、お前のやってるゲームじゃね?」

「……確かに、なんかニュースになってんのか」


 学校終わりに飲食チェーン店で学友との勉強会、のようなものに興じていた深也。ノートパソコンをいじっていた友人の1人からちょっと顔を貸せと言われ、開かれていたニュースサイトを覗き込んだ。

 両脇をセンシティブな広告で固めた記事には、ゲームプレイ中での失踪や死亡など、これまた読んでいるだけで知能指数が下がりそうな、センセーショナルな見出しが並んでいる。


『VRゲーム中の失踪事件、また発生』

『社会不適合者を量産する企業の責任は?』


 ゴシップ誌のネット記事に対するネット掲示板やSNSの反応をまとめたサイト。お手本のような出来の良さを深也は鼻で笑う。


「読みづれぇ……まとめろよ、まとめサイト」


 引用元の記事は見出しを残して何十倍にも希釈されてしまっており、メインはその記事につけられたコメントとなっている。事件の内容というよりはゲームプレイヤーと供給元であるゲーム会社への批難が向くように選抜されたコメントで塗り固められていた。


「社会不適合者とその生産に拍車をかける企業って……こんだけ時代が進んでもマスコミのゲーム憎しというか、ロートル具合は変わらねぇな」


 ただの悪口をどれだけ堅苦しく書けるかどうかに心血をそそいで出来上がったことが斜め読みしただけでも伝わってくる。そんな見え透いた扇動サイトに呆れた様相の深也だが、友人は対照的であった。


「そうか? 正直なところVRゲームはまだ怖いよ俺は」


 VRはまだゲームでの運用として黎明期にある、というより突如として現れた技術により開拓された娯楽なのだ。それは『天才科学者の出現』の一言で片付けていいスケールのものではなかった。

 完全なるVRという社会に登場したばかりの娯楽は、無機物と繋いだプラグから人間の感覚へ直接訴えてくる代物で、それに対して一定数以上の人間が未だ想定されていないアクシデントケースがあるのではないのかと二の足を踏んでいた。


「いくら何でもミッシングリンクがすぎる」

「まぁ……なぁ。けど、失踪とゲームとを結びつけるのは無理がある。子供ガキなら単なる家出のが可能性だってあるだろ。あとバイタルアラーム無視して長時間プレイし続けてたら、そら死ぬぜ?」

「そら死ぬて……まぁ選べる死に方としてはマシな方なのか……?」


 役所への届け出が必要なゲームは違うなぁ、友人は深く溜息をついた。彼は”マシかどうか”などという判定基準を『死』に持ち込めるほど諦観していない。


「ご時世なんだろうけどさ、どうせ死ぬならゲームの海がいいと思っている若者が増えた、だってよ」

「首吊りに使えるからって縄跳びに難癖つけるようなもんだ」

「記事の中のゲーム……たしかVR開発したところの製品なんだよな」

「あー…そうか、尚更注目されてるわけだ。この会社への信頼というか株価が安全の担保なわけだしな」


 記事にはゲーム開発元のシー・パレード社の社長、陸奥国 六郎の画像が添えられていた。

 白髪をオールバックに撫でつけた壮年の男は、背景との遠近だけで分かるほどの長身と鍛え抜かれた体躯の持ち主であった。

 そんな歴戦の古強者のような風体は、糊のきいたスーツを完璧に着こなすことで理知的ビジネスマンとしてまとめ上げられている。聡明さと頑強さ、およそ隙が見当たらない。

 記事の画像は何かのインタビューに応えている最中に撮られたようで、写真の中の陸奥国は目じりに緩やかな下り坂を作り、僅かに口角が上がっていた。人当たりの良さを演出するには十分だが、どこか作り物めいてもいる。


「……こんな面白みに欠けた顔してるのがVRの第一人者なのかよ」


 開発者インタビューやゲーム関連の雑誌など、様々な場所で見てきたはずなのだが深也の中の心象は異様に悪かった。他に見どころも無さそうなので席に戻ろうとした直前、画面から視線を外そうとした瞬間に画像の注釈文が目端についた。

『界……の対応に……補……任命された』

 だが、無闇に長く小さな注釈文をわざわざ丁寧に読み取ることなどない。これがこの後に起こる引き返せない深みへと至る前の、貴重な帰還ポイントだと見極められるはずもなかった。

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