社不な男子高校生、憧れの先輩と強制同棲生活〜ただしゾンビパニックと暴徒を添えて〜
芽春
第1話 一線を越える日
僕は絶賛不登校の高校生としてカスの一日を繰り返していた。
起きて、飯食って、小言を言われて、ゲームして、小言を言われて、寝て。
たぶん、うらやましがる人も居るかもしれない。
けど、厳しい性格の両親の元では辛い生活だった。
毎日のように将来の事や学校に行かなくなった事について詰められる。
しかも、僕が学校に行かなくなった原因の……"いじめ"については僕が弱いからだと非難する。
正直、両親が居なくなったら……。
そんな思いを抱えてしまう自分がますます嫌になって引きこもりは加速する。
あの日も、いつもと変わらない一日だった。
朝の説教を何とか受け止め、両親が共働きなのを良いことに、一人自室でゲームを遊んで……。
*
「……強いなーこの主人公。ダブルラリアットでゾンビを蹴散らすとは」
僕はヘッドホンを付けて、ゲームの世界に必死で入り込んでいる。
遊んでいるのはデッドがライジングする某有名ゾンビゲーの初代リメイクだ。
「ウガアアアア!」
ヘッドホンを貫通する爆音の叫び声が外から。
まるで獣のような。
「……うるさいなぁ、朝から」
しかし、僕は何事かと確かめる事もせずゲームを続行する。
見ても面倒に巻き込まれる予感しかしないもの。
「ギャアアアアア!!!や、やめろ!!!ブゲッ……」
だが、次に若い男性らしい叫び声がする。
しかも、襲われたかのような……。
「……」
流石に気になった僕はゲームをメニュー画面で止め、カーテンの隙間から慎重に外を見る。
「……え」
見つめた光景が信じられず、一歩下がる。
たった一瞬だったが脳裏に焼きついてしまった。
道路の真ん中、全身ズタボロの人が若い男性に覆いかぶさって……口元から、赤い液体……血が……。
「うぷっ!」
込み上がる吐き気をなんとか抑え込む。
……あんな事が現実に有るはずが無い。
意を決して、もう一度だけ外の様子を伺う。
「……嘘だろおい」
幻覚や夢では無かった。
人が、人を食っている!
「け、警察……!」
スマホを取り、110と押した。
「ただ今大変混み有っています……」
しかし、無情にも返ってきたのは機械音声のみ。
「警察が混み合うとかそんな事ある!?」
もう一度掛け直そうとしたタイミングで俺は思い直した。
付けっぱなしのゲーム画面と外の状況を見比べる。
……あれ、ゾンビじゃね?
頭沸いてそうだし、人食ってるし。
よし、SNSで情報収集だ。
俺は当然Z(旧トゥイッター)を起動する。
タイムラインに「ゾンビ」だの「もう終わりだよこの国」などと表示されている。
…………しばらく情報収集をすると、以下の事が分かった。
・日本全国で今日の朝からゾンビが現れた
・ゾンビは頭を潰せば死ぬ
・政府からは不要不急の外出が止められている
・救助活動やらが始まるらしい
「マジかよ……ほんとにゾンビパニックじゃん」
ゾンビの動画や情報に恐ろしさと共に、少しのワクワクも感じてしまう。
夢見て……はいないが、ゲームの様な出来事が起こっているのだ。
…………とはいえ。流石に外に出る気にはならない。
だって怖いもん。
しかも、剣道などの格闘技経験どころか、まともな運動経験も無い。
そんな引きこもりの素人に何が出来ようか?
ゾンビの餌として生涯を終えるのは確実である。
外のお兄さんのように。
……そういやあの人助け……いや……たぶん手遅れだよな……首かじられてたし……もう声聞こえないし……。
無理やり自分を納得させ、引き続き情報収集に ふける事にした。
*
……ゾンビパニックから一日経った。
道路のゾンビは居なくなっていたがお兄さんの死体はそのままである。
出来ることなら埋めるなりしてあげたいが……。
お兄さんの隣に並ぶ羽目になる可能性が頭をよぎり出来なかった。
それに加えてショックなのは両親からの連絡が無い事だ。
いくら嫌いとは言え……死んだとなると……。
いや、きっと職場の避難所に居て、僕みたいな、出来の悪い子供の存在なんか頭から抜けてるだけさ。
きっと。
水道や電気は生きてるし、冷凍のうどんでも食べて寝よう。
*
二日目。
相変わらず両親からの連絡は無い。
SNSでは生存確認や政府批判が大ブーム中だ。
ゾンビと戦う動画なども人気だが、運営から削除されまくっている。
*
三日目。
朝起きるとお兄さんの死体が消えていた。
可能性は二つ、ゾンビに食われ尽くしたか、ゾンビになったか。
恐らく後者だろう。
ゾンビには死んで2日でなるのか?
一件だけの例で断言は出来ないが。
……となると、今日くらいから一気に被害が増えるのでは……。
*
四日目。
SNSに接続出来なくなった。
最後に見た情報は自衛隊や警察がゾンビからの大打撃をくらい、救助活動が難航するだろうという情報だった。
そして最大の問題は、家の食料が無くなりつつ有る事だ。
…………救助、来るのか?
なんか来ない気がしてきたぞ、急激に。
そうなると、外に出なければならない、ならないが……。
「外にゾンビは……家の前には居ないみたいだな」
近くのコンビニとかくらいなら行けるか……?
……よし! ちょっとだけ外を探索しよう。もしかしたらSNS特有の誇大広告で、大した事の無い事態の可能性も有るし。
そうなると装備が必要だな……。
そう思って家中をひっくり返した戦果がコチラ。
・武器
ビニール傘
包丁
フライパン
物干し竿
・防具
お父さんのフルフェイスメット(頭)
お鍋の蓋(盾)
学校のジャージ上(上半身)
学校のジャージ下(下半身)
愛用の黒色スニーカー(靴)
・道具
リュック
懐中電灯
……ショボい。
フルフェイスメットが無かったらどうしようもないレベルのゴミ装備だ。
そのメットも父さんが若い時に付けてた中古だし……。
なんて平和な家なんだちくしょうめ。
せめてあの人が現役バイク乗りなら工具類や作業着とかを確保出来たのに。
しかし、防具も酷いが一番アレなのは武器だ。
……考えてみれば現代日本で武器を保有しているようなのはそうそう居ないだろうけどさ……。
まともに凶器と呼べるのは包丁のみ。
これで戦うのはちょっと考えたくない……初代バ◯オのナイフくらい頼りない。
考えた末に、ビニール傘と包丁を携帯する事にした。
フライパンは対人ならともかくゾンビとなると弱そうだし。
物干し竿は長物の扱いに慣れてない僕だと壁や床に引っ掛けて死ぬ未来が見えるからだ。
……正直選んだどちらも頼れるとは言えないが無いよりマシだ……。
あ、ちなみにお鍋の蓋は置いて行く。
盾の心得は無いし、両手を塞ぐのは不安だもの……。
なので、見た目的には雨を警戒する部活途中の学生である。
フルフェイスメットと懐に隠した包丁を除けば。
まあ、これなら世界が思ったより大丈夫だった時でもそこまで怒られずに済むと信じたい。
「行くぞ、……なんとか」
俺は家の鍵と財布を持ち、外へと出た。
玄関のドアをしっかりと施錠し、庭の門扉を抜けて外の道路に出た。
まず一番に目に付いたのは地面に染み込んだ血だ。
恐らく初日のお兄さんのだろう……。
死体が無いのが気になるが……。
「コンビニは、住宅街を抜けて直ぐだったよな」
距離的には500メートル程度。
普段なら何も怖くないが、状況が状況だけに酷く遠く思える。
自分の自転車が目に入ったが、小回りを考えて徒歩に決めた。
僕は慎重に、いや、臆病に足を進める。
歩いていると、ほんのり煙や鉄臭い、恐らく血の匂いなど、かぎ慣れない香りが鼻を抜ける。
コンビニは見えないが……無事で有ってほしい。
それにしても本当に静かだ。街全体が死んでしまったかのように音がない。
普段は平日でも子供や謎の鳥ホッホー大合唱で騒がしいと言うのに。
……いや、待て。なんか……聞こえる。
喉を鳴らしているみたいなこれは……唸り声?
「……っ!」
15メートルくらい先の角から人影が。
中年の女性だろうか、肩や腕の肉が欠けて骨が見える……ゾンビじゃねえか!
あっ!こっち見て……見てるよな?
目の焦点合ってないからよく分かんないけど……やばいこっちに来てる!!!
「ウガアアアアアアア!!!」
「……!」
叫ぶゾンビ、無言で後ろに全力ダッシュする僕。
咄嗟に身体が動いて良かった!
一瞬後ろを見るとゾンビは両手を突き出しながら走って追ってきている!
そう、こいつら走れるタイプのゾンビなんだ!ネットで予習しといて良かった!
「や、やばい!」
家の前まで来た。
ゾンビはまだ遥か後ろに居る。
門扉を乱暴に開け放ち、閉めすらせず玄関ドアに向かう。
鍵……! 右ポケット! ヤバい手が……震え……差し込んで回すだけなのに!
「ガアアアアアアア!!」
ガチャ!
「よし!」
ゾンビが門扉を抜けた瞬間、俺は玄関の解錠に成功し神速で家に入りドアを閉める。
もちろん鍵も。
「ガアアアアアアアアアア!!」
ドンドンドン!
扉を叩く音を背中に、俺は玄関で倒れ込む。
「カハッ……! ゼヒュー……ゼヒュー……!」
胸を限界まで膨らまし、酸素を取り込む。
全身に血液が巡るドクドクという音がやけにうるさい。
そう言えば……全力で走ったの何ヶ月振りだ……?
体力……こんなに落ちてたか……元々無いけど……。
ほんの少し冷静さが戻ってきて、ゴロリと寝返り、頭だけを起こして玄関を見る。
幸いにも、玄関ドアである鉄製の扉はこじ開けられそうに無い。
……いや! 窓がヤバい! 防がなきゃ……駄目だ身体が動かない……。
頼む、気づかないでくれ……!
息を整え終わり、自室で静かにしていると、三十分程で音は止んだ。
ゾンビは諦めてくれたのか……?
「……♪」
「は?」
窓からこっそり様子を伺うと、道路に人が……。
なんか顔が真っ白でピエロみたいな……なにあれ。
あっ、あのおばさんゾンビがうちの玄関からピエロに……。
「……♫」
「ガアッ」
ピエロマンが何かを投げたと思うとおばさんゾンビが倒れ伏す。
倒れたゾンビの額には銀色に輝くナイフ? が突き刺さっている。投げナイフかな?
「……♪」
ピエロマンは満足したのかナイフを抜き去ると堂々と去っていく。
えぇ……。
ゾンビだけでもヤバいのにああ言うのも居るの……?
*
五日目。
昨日のゾンビとのチェイスやピエロマンの衝撃により、僕は外に二度と出たくないほどの恐怖を覚えていた。
ゾンビでさえ、もしあのゾンビがもっと早い……陸上部の人とかだったら終わってた。
もしあのピエロマンと敵対しようものなら……考えたくもない。
大丈夫、食料は切り詰めていけば、救助までなんとかなるさ……。
そういや朝から電気が付かないしネットも繋がらなくなったけど大丈夫さ……。
*
六日目。
何もなし。
本を読んだ。
*
七日目。
…………昼頃の事である。
人を追うような足音が閑静な住宅街に響いていた。
またゾンビかと思いきや違う。
「待てよぉ!」
「いい加減諦めろっての!」
なんか如何にもガラの悪い声が聞こえる。
僕は嫌な予感を覚えつつも、初日の犠牲者とピエロの前例からどうせ見つからないとたかをくくっていた。
少し大胆に、ベランダにまで出て外を見る。
……女性、制服からして自分の高校の女子が追われている。
追っているのは如何にもチンピラと言った風貌の金髪茶髪コンビだ。
「……そっか、そういうのも有るよな」
……考えたくはないが……女子高生がもし捕まればそういう運命になるだろう。
ゾンビと比べて生々しい嫌悪感に襲われ、僕はつい目を放せずにいた。
……女子高生が転んだ。
ヒャッハーと言わんばかりなゲスな笑いを挙げる男達。
……! 女子高生が這って僕の家の庭に入って来た。
そうだ、三日前から門扉が開けっ放しだったから、立ち上がれない彼女はここしか逃げ場が……。
「そろそろ大人しくしなよぉ……!」
だが、ゲス男達は非情にも彼女を追い詰める。
「見てよこれ、さっき武内ちゃんに殴られた所こんなに腫れてさぁ……痛くなった分だけ気持ち良くしてもらわないとなあ!?」
「クッ……この下衆共が……!」
……ん? 武内?
僕は女子高生を今一度見つめる。
……襲われてる女子高生は知ってる人だった。
何故知ってるかって? いや別に惚れてるからとかじゃなく。彼女が生徒会副会長だからというのも有るけど……。
記憶が蘇る。
『お前達、何をしている? 答え次第ではこの木刀が黙っていないぞ!』
まだ学校に通っていた頃、一度だけ助けてもらった。
廊下のど真ん中で、奢りと言う名のカツアゲを強制されていたあの時。
彼女はいじめっ子達を一喝し、退けた。
本当に、その程度の、向こうからしたら覚えてもいないだろう関係だが……。
「や、やめろ……!」
気づくと、ゲス男共は彼女を取り囲み、その衣服に手を掛けている。
「…………」
何か……!
何をしようとしているのか自分でも分からない。
だが、ベランダに放置されていた植木鉢が目に入った。
「男性死亡、植木鉢を落とすいたずらで……」
いつか見たそんなニュースが、頭を過ぎる。
僕は植木鉢を手に抱えた。
なんの運命か、ゲス男達はベランダ真下からほんの少し前に居て。
きっと、命中させるのは簡単だ。
この手を離すだけで良い。
だが……それをすると言うのは……。
僕は人を
僕は…………。
こんな社会不適合者の僕。
そいつの手が綺麗なこと、命。
なんの意味がある?
恩人を見捨てて、罪悪感と恥に塗れて生き延びるくらいなら……。
やろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます