番外編:氷の騎士団長は、恋に落ちた【アレス視点】
私の人生は、帝国と騎士団に捧げた、無味乾燥なものだった。
銀の髪と青い瞳から「氷の騎士団長」と呼ばれ、感情を表に出すことはほとんどない。規律と任務が全て。女は、私の人生において不要なものだとさえ思っていた。癒やしなど必要ない。ただ、帝国最強の剣であれば、それでよかった。
あの日、辺境の森を訪れるまでは。
報告にあった魔獣の異常発生。その調査は、いつもの任務の一つに過ぎないはずだった。苛立ちと、退屈さを感じながら、邪気の源を探っていた。
そんな時、私は信じられないほど清浄な気配に満ちた一帯に迷い込んだ。
そこで、彼女を見た。
泥だらけで、汗を流しながら、楽しそうに畑を耕す一人の女性。
最初は、ただの村娘かと思った。だが、彼女の周りには、伝説の中にしか存在しないはずの聖獣たちが、まるで忠実な僕のように付き従っている。異常な光景だ。本来なら、即座に警戒し、その正体を探るべきだった。
だが、私の目は、そんなことよりも、彼女の姿そのものに奪われていた。
巨大な狼の腹に顔をうずめ、至福の表情を浮かべる彼女。ユニコーンに親しげに話しかける彼女。そして、大きなカブを収穫し、泥だらけの顔のまま、太陽のように笑った彼女。
ズドン、と。
心の奥深くで、何かが砕ける音がした。今まで固く閉ざしていた、氷の扉が。
美しい、と思った。
王宮で見てきた、どんなに着飾った令嬢たちよりも、どんなに高価な宝石よりも、彼女の生命力に満ち溢れた笑顔が、何よりも美しいと感じた。
これが、恋というものなのか。
生まれて初めて知る感情に、私は戸惑った。この胸の高鳴りは何だ。彼女から目が離せない。もっと、彼女のことを知りたい。
気づけば、私は任務のことなど忘れ、旅人を装って彼女の牧場を訪れていた。「アッシュ」などという、我ながら安直な偽名を名乗って。
彼女――セレスティアと共に過ごす日々は、驚きの連続だった。
元貴族とは思えないほど働き者で、逞しい。それでいて、聖獣たちに向ける眼差しは、慈母のように優しい。彼女の作る素朴なシチューは、王宮のどんな豪華な料理よりも美味しかった。
彼女のそばにいるだけで、凍てついていた私の心が、ゆっくりと溶かされていくのが分かった。
しかし、同時に焦りも感じていた。彼女は、私のことを「ちょっと変わった、いい人」としか思っていない。私がどれだけ想いを伝えようとしても、その不器用な言葉は、彼女の心に届かない。
魔物の群れが牧場を襲った時、私は恐怖よりも先に、怒りを感じた。
彼女の楽園を、彼女の笑顔を、脅かす者は誰であろうと許さない。
正体を明かし、彼女の前で剣を振るった。ただ、彼女を守りたい、その一心で。
そして、私は全てを告白した。
この氷の騎士が、一人の泥だらけの女性に、どうしようもなく恋に落ちてしまったということを。
彼女が、私の愛を受け入れてくれた瞬間、私の世界は色を取り戻した。
無味乾燥だった私の人生は、セレスティアという太陽を得て、ようやく本当の意味で始まったのだ。
私はもう、ただの「氷の騎士団長」ではない。
セレスティア・フォン・リーゼンベルクを、生涯をかけて愛し、守り抜く一人の男、アレス・フォン・ヴァルハイトだ。
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