第5話:不器用な騎士と、鈍感な元令嬢

 セレスティアに会いたい。その一心で、アレスは大胆な行動に出た。

 彼は騎士団長の身分を隠し、使い古された旅人のマントを羽織ると、一介の旅人を装ってセレスティアの牧場を訪れた。名前は「アッシュ」という偽名を使うことにした。

「すみません、道に迷ってしまいまして。日が暮れてしまったので、よろしければ一晩、納屋の隅でも貸していただけないでしょうか」

 突然の来訪者に、セレスティアは当然のことながら警戒した。追放された身の上だ、王都からの追っ手という可能性もゼロではない。

 しかし、目の前の男からは不思議と悪意が感じられなかった。それどころか、牧場の聖獣たちが、彼に対して全く敵意を示さないのだ。特にフェンリルたちは、尻尾を振りながら彼の匂いを嗅いでいる。聖獣が警戒しないのなら、きっと悪い人ではないのだろう。

 それに、朴訥としていて、どこか緊張しているような彼の様子を見ていると、悪い人間には思えなかった。

「……分かりました。大したおもてなしはできませんが、どうぞ」

 セレスティアがそう言うと、アレス――アッシュは、心底ほっとしたような表情を浮かべた。

 これが、不器用な騎士と、鈍感な元令嬢の、もどかしくも微笑ましい日々の始まりだった。

 アレスは「旅の資金が尽きてしまったので、しばらくここで働かせてもらえないか」と申し出た。セレスティアは人手が欲しかったこともあり、それを快く承諾する。

 こうして、帝国最強の騎士団長は、辺境の牧場で見習い従業員として働くことになった。

 しかし、彼の前途は多難だった。剣しか握ったことのない人生だ。農具の扱いなど、分かるはずもない。クワを握る手つきはおぼつかず、すぐに手に豆を作ってしまう。セレスティアはそんな彼を見て、苦笑しながらも優しく仕事のやり方を教えた。

「アッシュさん、違うわ。腰をもっとこう……そうそう、その方が楽でしょう?」

「……ああ。すまない、助かる」

 セレスティアがすぐそばで教えてくれるたびに、アレスの心臓はうるさいほどに鳴り響く。彼女からふわりと香る、太陽と土の匂いに、彼の理性は揺さぶられっぱなしだった。

 聖獣たちも、最初は遠巻きに見ていたが、彼がセレスティアと共に働くうちに、次第にアレスに懐いていった。特にベビーフェンリルたちは、すっかり彼のお気に入りとなり、仕事の合間にはその足元で昼寝をするようになった。

 アレスは、どうにかしてセレスティアに自分の想いを伝えようと、不器用なアプローチを繰り返した。

 ある時は、彼女を褒めようとして、こう言った。

「君は……その、なんだ。とても、力仕事が似合うな」

「あら、ありがとう? 逞しいってことかしら」

 にこやかに受け取るセレスティア。アレスは「違う、そうじゃない!君のそのひたむきな姿が美しいと言いたいんだ!」と心の中で叫んだが、口から出たのはそんな言葉だった。

 またある時は、日頃の感謝を込めてプレゼントをしようと考えた。街で彼が真剣に選んで買ってきたのは、最新式の頑丈な斧だった。

「これを君に。きっと役に立つはずだ」

「わあ、すごい!ありがとう、アッシュさん!これで薪割りが捗るわ!」

 満面の笑みで喜ぶセレスティア。アレスは「なぜ俺は花や髪飾りではなく、斧を選んでしまったんだ……」と一人、頭を抱えた。

 ことごとく裏目に出るアプローチ。しかし、恋愛経験に乏しく、貴族社会の腹の探り合いのような恋にうんざりしていたセレスティアは、彼の実直で飾らない言葉や行動を、そのままの意味でしか受け取らなかった。彼女にとって、アレスは「ちょっと変わっているけど、頼りになるいい人」という認識でしかなかったのだ。彼の好意には、全く気づいていない。

 そんなある晩のことだった。

 仕事を終えた二人は、牧場の草の上に並んで座り、満天の星空を眺めていた。

「綺麗……。王都にいた頃は、こんなにたくさんの星が見えるなんて知らなかったわ」

 セレスティアがぽつりと呟いた。彼女は追放されたことは隠しつつも、宮廷での生活が「窮屈で、息が詰まるようだった」と、少しだけ過去を語った。

 そんな彼女の横顔を見つめながら、アレスは愛おしさが込み上げてくるのを感じていた。

「……お前は、ここにいるべき人間だ」

 思わず、心の声が漏れた。

「え?」

「いや……。ここの空気は、君に合っている、と言ったんだ」

 慌てて取り繕うアレス。セレスティアは「そうね、私もそう思うわ」と、屈託なく笑った。

 その言葉の本当の意味に、セレスティアはまだ気づかない。

 募る一方の想いを胸に秘め、アレスはただ、彼女の隣にいられるこの幸せな時間が、一日でも長く続くことだけを願っていた。

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