土地の話

奥左

 ある夏の話

夏休みの午後。

 普段通り静かな午後。僕は近所の友達、健太と一緒に、団地の裏道を抜けてキャンプ場の方へ向かっていた。あの辺りは町外れで、人通りも少なく、いつ行っても風が乾いているように感じられた。


 キャンプ場は「首つり自殺の名所」として知られていた。子供の僕らにもその噂は届いていて、親からは決して近づくなと何度も言われていた。けれど、子供にとって「行ってはいけない場所」ほど魅力的に見えるものはなかった。


 キャンプ場のすぐ脇に、黒ずんだ木造の小さな家がぽつんと建っている。窓は割れ、壁板は剥がれ落ちて、風が吹くたびに軋む音を立てる。大人たちは「あそこは昔、首吊りがあった家だ」「家族全員死んでたって」と囁いた。健太は「本当かどうか確かめてみよう」と言い、僕らは近づいた。


 家の周りは不自然に静かで、鳥の声さえ聞こえなかった。扉を押すと、驚くほど簡単に開いた。中は湿った木と埃の匂い。天井の梁には、古びた縄がまだ垂れ下がっていた。僕はそれを見た瞬間、背中が氷のように冷たくなった。健太は笑って「ただの縄じゃん」と言ったけれど、その声もどこか震えていた。

 立て掛けてあった家族写真は、色あせていて笑顔が歪んで見えた。


 首吊りの家を抜けると、その先には廃工場が広がっていた。金網は破れ、屋根の一部は崩れ落ち、内部には錆びついた機械が散らばっている。夏の日差しに照らされているはずなのに、工場の奥は異様に暗く、ひんやりとした空気が流れ込んできた。

 風に運ばれて何かの腐臭がするような気がした。


 僕らが足を踏み入れると、突然「カラン」と金属の音が響いた。誰かが鉄パイプを落としたような響きだった。思わず顔を見合わせたが、そこには誰もいない。工場の隅に立てかけられた梯子の影が、まるで人の姿に見えて、僕は思わず声を飲んだ。怖くてそれ以上奥には行けず、帰る事にした。


 帰り道、小さな団地の前を通ると、ベランダに洗濯物がひとつも干されていないことに気づいた。夏休みの午後なのに、子供の声も聞こえない。窓から覗く室内はどこも薄暗く、まるで誰も住んでいないようだった。

 健太は「ここ、昔から人少ないよな」とつぶやいた。けれど、その「少ない」というより「誰もいない」という感覚に、僕は奇妙な胸のざわめきを覚えた。住んでは居るが見かけない。いつもは、お母さんと小さい子が外で遊んでいるがその日は、居なかった。


 次の日、外で大人達や警察官が大騒ぎしていた。

 廃工場と団地で首吊り死体が発見されたと大人は言っていた。その日2カ所で死体があった。関連は無いらしい。

 この場所では昔から何故か自殺と言えば首吊り自殺。


 あの日以来、僕はあの一帯に近づけなくなった。首吊りの家の縄も、工場の奥の暗がりも、団地の静けさも、どれも子供の目には“ただの風景”のはずだった。

 ただ大人になって50年経つが、あれ程静かな住宅地は、他の土地では経験が無く異様だった記憶がある。

 後に知った事で、本当の話か定かではないが、キャンプ場や廃工場が出来る前、明治時代まで処刑場があり、定期的に首つり刑の後、さらし首が並んでいたと祖母から聞いた。

 ありがちな話、土地に祟りでもあるんじゃないかと毎回地元の幼なじみと同窓会で話題になる。


 あの年私の親は離婚して、大好きだった父とはほとんど会えなくなった。 あの真夏の寂しさと冷たさだけは、思い出した時、大人になった今でも消えずに残っている。

 

 一緒に肝試しをした健太くんは大学進学に失敗し首吊り自殺を図った。

未遂に終わり、引っ越しをしてからは、幸せな家庭を築いている。

 引っ越しをしてから、あの嫌な感覚、息が詰まり、淋しく寒く、取り残された感覚を、一切しなくなったのは何故なんだろうか。

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土地の話 奥左 @mio5306

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