極上ジビエとアイテムボックス ~美味い肉は猟師に聞け~
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第1話 その伝説は、いつも腹が減る
私の名前はリナ。職業、貿易商。 ちょっとした
そして何を隠そう、私は重度の『美食家』である。 この世に生を受けたからには、世界中の美味いものを食べ尽くさなきゃ損! がモットー。凍える北海で獲れる幻のカニ味噌も、灼熱の砂漠で育つ蜜のように甘い果実も、天空都市でしか醸造されない雲の上のお酒も、全部この舌で味わってきた。
正直、もうこの世に私の知らない『極上の味』なんて残ってないんじゃない? なんて、ちょっと天狗になっていたのは認めよう。 そう、あの言葉を、行く先々で聞くようになるまでは。
File.1:王都の三つ星亭にて
「素晴らしい! この仔羊のロースト、火入れが完璧だわ! 表面はパリッと香ばしく、中はしっとりジューシー。ローズマリーの香りも最高!」
「恐れ入ります、リナ様。我が店の最高傑作でございます」
純白のコックコートをまとった初老の料理長は、胸を張ってそう言った。彼の料理は芸術品で、王侯貴族ですら予約を取るのが困難なほど。私もアイテムボックスにあった希少な『千年岩塩』を融通する見返りに、ようやく席を確保できたのだ。 満足、大満足。お腹も心も満たされて、私は極上のワインをくいっと煽る。
「でもね、シェフ」
私がふと呟くと、彼の眉がぴくりと動いた。
「これほどの腕を持つあなたでも、まだ敵わない『肉』があるんじゃない?」
私の挑発的な言葉に、彼は悔しそうに顔を歪め、やがて天を仰いでため息をついた。
「……ええ、ございますとも。かつて一度だけ口にした、あの『味』には……私の生涯をかけても届きますまい」
「へえ?」
「リナ様、覚えておくとよろしい。本当に美味い肉は、金や権力では手に入らない。本当に美味い肉が食いたければ――猟師に聞け、と」
File.2:砂漠のオアシス、大富豪の天幕にて
「リナ殿、これは我が部族最高のもてなし。一頭から僅かしか取れぬ、砂漠トカゲの尾の付け根の肉だ」
黄金の皿に乗せられた串焼きを、ターバンを巻いた豪商が勧めてくる。希少な香辛料をふんだんに使ったその肉は、プリプリとした歯ごたえと、溢れ出す濃厚な肉汁がたまらない。うん、これも美味!
「ありがとう、ハサンさん。最高の味だわ。このお礼に、氷河の奥から切り出してきた『溶けない氷』を少しだけ譲ってあげる」
アイテムボックスから取り出したひんやりと冷たい氷塊に、汗だくの商人たちは狂喜乱舞する。商談は大成功だ。
「しかしリナ殿。貴殿ほどの食通なら、知っておられるかな?」
満足げに氷を舐めていたハサンさんが、ふと真面目な顔になった。
「世界には、我々の想像を絶する『肉』が存在するという。それはどんな香辛料も必要としない、肉そのものが完成された味なのだとか」
「なんですって?」
「儂も噂で聞いたにすぎんがの。その肉を食わせてくれる唯一の男がいるらしい。なんでも……美味い肉は猟師に聞け、だそうだ」
File.3:荒くれ者の港町、潮風の酒場にて
「おいお嬢ちゃん! 見かけねえ顔だな! ここはアンタみたいなのが来るところじゃねえぜ!」
ギシギシと音を立てる酒場の扉を開けた途端、ガラの悪い船乗りたちに絡まれた。片目に眼帯、腕にはタコの刺青。うん、テンプレ通りでよろしい。 私はニッコリ笑って、カウンターに金貨を数枚弾いた。
「マスター、このお店で一番強いお酒、樽ごといただくわ。あと、この人たち全員に一杯ずつご馳走させて」
あっけに取られる船乗りたち。そしてアイテムボックスから取り出した『海竜の干し肉』をドンと置くと、酒場中の視線が釘付けになった。
「さあさあ、みんなで飲みましょう! その代わり、面白い話を聞かせてちょうだい!」
宴会が最高潮に達した頃、一番ガタイのいい海賊の船長が、ラム酒のジョッキ片手に私の隣にドカリと座った。
「嬢ちゃん、気に入ったぜ! お前、なかなか『分かってる』な」
「光栄だわ、船長さん。あなたこそ、世界中の海を渡って、いろんなものを食べてきたんでしょう?」
「ああ、そうだとも。だがな」
船長は遠い目をして、窓の外の海を見つめた。
「一度だけ、死にかけて漂流した先で食った肉の味が忘れられねえ。命を救ってくれた、森の男が焼いてくれた一片の肉……あの味を超えるもんは、この海のどこを探しても無かった」
ゴクリ、と私は喉を鳴らす。
「その人、なんて名前なの?」
「名前なんざ知るか。ただ、あいつはこう言ってたぜ。『腹が減ったら、また来な』ってな。なあ嬢ちゃん、覚えときな。どんな豪華な船のディナーも敵わねえ。結局――美味い肉は猟師に聞け、なんだよ」
王都の料理長も、砂漠の富豪も、海の荒くれ者も。 住む場所も、立場も、何もかも違う人たちが、まるで示し合わせたかのように同じ言葉を口にする。
もう、我慢の限界だった。
私の食への探求心は、とっくの昔に臨界点を突破していた。 こうなったら行くしかない。その伝説の猟師とやらを探し出して、最高の肉を、この舌で味わってやる!
食欲がエンジンとなった私はもう止まらない。貿易商として培ってきた情報網を最大限に広げ、その猟師がいると噂の秘境を、瞬く間に探り当てた。
私の目は、きっとギラギラと肉食獣のように輝いているに違いない。 アイテムボックスに世界中の珍味と調味料と極上の酒をパンパンに詰め込んで、私は未知なる味覚の秘境へと、胸を躍らせて舵を切ったのだった。
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