吊るされた兵隊

@umoyukak1234

プロローグ

 宮前さんは小指をもぎ取って笑った。

 夕陽が教室にさし込み、彼女のあどけない少女の笑みを赤に染める。


「細いね」


 奇麗な声で呟いた。


切り離された指を咥え、中の血をちょっと吸う。

「こうやって咥えたら、煙草みたい」


 そう言ってまた笑った。


 血はなかなか止まらない。

 すこし心配そうな目で見つめる。

「大丈夫?」


 僕はその問いに答えて言った。

「楽しいかい?」


 そうしたら本当に嬉しそうな顔をした。

「うん、楽しい。私、小指って好きなの。指の中で一番綺麗だと思う」

「どうして?」

「だって、なめらかでしょ。他の指はでこぼこしてる。私、あなたの指がずっと好きだったの。ずっとあなたの指が欲しかった」

「じゃあ、君にあげるよ、それ」

「本当?ありがとう」


 行進の音が聞こえる。

あたまのなかで行進をしている。

 大勢の兵隊。

それは宮前さんが僕に送りつけた盗聴器の具体化だ。



「次は、何をくれる?私に」

「なんでもあげるよ」


 僕は宮前さんに全てを明け渡すのだ。


 この間は数学の教科書だった。

その前は絆創膏。

今回は指だ。

次は何だろう。


 僕と宮前さんが交際を始めたのは夏だった。


 秋になり、冬が過ぎて、春になり、次の夏が来る頃には…僕は、とっくに全てを彼女に奪われているだろう。


 彼女は僕の全てを欲していた。

しかし僕は突然彼女のものになることができず、だから段階的に少しずつ死んでいくのだ。


 夕焼けが眩しい。


 宮前さんは、誰もいない放課後の教室で、相変わらず笑っていた。




━━━単に人間的な動機からエペソで闘ったとして、わたしに何の得があったでしょう。

もし死んだものが復活しないのならば、「快楽を貪ろう。どうせ明日には死ぬ身だから」ということになります。

━━━コリント人への手紙


━━━「見よlo、彼女は身ごもり仔を産む。

仔の名はインマヌエル」

━━━マタイによる福音書

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