以前はしてやられた。と言うか集団でリンチに遭った。他勢に無勢だったし、まあ対抗は無理だった。次はあるのか?と考えると少年の言葉が浮かんだ。無いと言っていたが果たして。どうだろうか。

「まあ、対策しない手は無いんですけど。」

 昨日は学校を休み掃除をし、新しい友人?を手に入れた。そして今授業を受けている。クラスメイトは空音を遠巻きに見つめるが話しかけて来ない。瞳孔の形が異質である事が余程大事なのだろうか……と思っていたが

「何でも良いんですね。」

 極端に話すのが苦手な子、成績の異様に良い子、成績が極端に悪い子、何かと理由をつけて遠巻きにしている。

 以前は意識して見ていなかったが、人クラス40人多いのか少ないのかは分からなかった。

 鐘がなり教師が入ってくる。1時間目は道徳だ。テストも無いので誰も聞いていない授業だが空音にとって点数も意味の無いものだ。隠れる様に課題をやる事も無いだろうと耳を傾けることにした。

「今日は外国の童話、スイミーの話をします。海に赤い色の魚たちがいました。」

 何故赤いのだろう。

「その中に、一匹だけ黒い魚がいました。名前はスイミーです。」

黒いから何だと言うのだ。強いて言えば生存に有利だ。

「ある日、大きな魚がやってきて、赤い魚たちは食べられてしまいました。」

 そんなに目立つ色をしていれば食べたくもなるだろう。

「残ったのは、スイミーだけでした。」

 隠れていたのだろうか?

「スイミーは海を泳ぎ、いろいろな生き物を見ました。クラゲやイソギンチャク、奇妙な魚たちです。」

 羨ましい。

「その中でスイミーは考えました。群れで生き残る方法を。」

 何故それ程群れたがる。

「やがて、赤い魚たちの群れを見つけました。彼らは大きな魚が怖くて、岩陰から出てこられませんでした。」

 やはり赤いと目立ちそうだ。

「スイミーは言いました。『みんなで一匹の大きな魚のふりをしよう』と。」

 なるほど確かに大きいのは強い

「赤い魚たちは大きな魚の体になり、スイミーが目になりました。」

 良い戦略だ。

「それで彼らは大きな魚に見えて、自由に泳ぎ回ることができました。」

 自由か。私は自由なのだろうか?

 教師は義務を果たしたとばかりに黙り込んだ。群れたい訳では無いけれど、暫くはガレリアから出られない。

 スイミーはその知性と異質さで他の赤い魚全てを救った。なら、私は知性で自分を救うんだ。

「まずは、うん。知らないといけないね。」


 次の時間ではテストの結果が返って来た。いつやった物かも覚えていなかったが、ほっとしている生徒や青ざめている生徒が入り混じっていた。

 

 学校終了後、靴箱で靴を履き替えていると、廊下の奥から怒鳴り声が聞こえた。

「なんでこれができないの!何回言わせるの!」

 続いて、硬いものが机に叩きつけられる音。何かと思い覗き込んだ。中には以前空音に時々話しかけていた女生徒と、その母親がいた。母親は女子生徒を掴んで激しく揺すり、机に広げられた答案用紙の上に指を突き立てていた。

「アンタにいくら掛けたか分かってんの?」

 女子生徒は泣きながら、「ごめんなさい」と繰り返している。


 以前授業で習ったフォアグラ用の鴨が思い浮かんだ。教師の言葉が頭をよぎる。

「運動量を減らす為、狭い施設で育成し、戻さない様に漏斗などで餌を流し込みます。こうして鴨肝臓は脂肪肝となり私たちの食卓に上がります。」

 学校や塾と家をひたすら往復し、望んでもない教育を与えられる。教育は糧になる物だがこの母親の目的はそこでは無いだろう。まるで鴨が思う様に太らないからと癇癪を起こしている様だ。親というのは子供を思うように育てたいのだろうか。個体差があるから上手く行くとは限らないだろうに。


 ⸻

 あぶれれば鶏のように出荷される兄姉たち。

 フォアグラ用の鴨の様に教育を無理に詰め込まれる女生徒。他のクラスメイトはどうなのだろう。就職競争の激しいガレリアの中間層では想像に難く無い。あの母親も鴨が上手く育たなければ追い出されるのかもしれない。子供が働いて家賃を払えなければ追い出されるのは間違いない。

 引き取り手のいない空音は大人になればガレリアから追い出される。ガレリアで育ち地下街で生きるのだろう。

「地下街の人はどんな考えをするのでしょうか?」

「……同じ家で育った兄姉の事もさっぱり分からないのだから考えるだけ無駄ですね」

しかしどんな環境でも変わらないものがある。

「基本的な体の構造、人体について学べば良いのかもしれません。」

 鴨様に育っても、鶏の様に育っても根本は変わらないのだから。

 一羽の烏が目に入った。ガレリアは烏を雑食の害鳥として緩やかに排除しようとして来た。しかし動物愛護法から決定的な排除には至っていなかった。

「型守が私の世話をするのは扶養に入っているからで、烏も私も法律でギリギリ生きているんだ。少し似ているかも知れない。」

 違うのは烏は地下街にもいるらしいという事。彼らはどこにでも行けるのだ。

 嫌われても試行錯誤し、人が施した対策を乗り越え自由に生きている。

 うらやましいな。

 烏でありたい。

 

 

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