第32話





​ 夜が明けた。



​ パチパチと跳ねる《焚き火》の音で目覚めたレオは隣で眠るセレナを起こさないように、静かに《窓》から外の様子を伺った。


 昇り始めた太陽が漁村の家々と、遠くまで広がる青い海を照らしている。


​ 小さな村で生活の匂いがする。人々の話し声や、鳥のさえずり、そして朝食の準備をする匂い。


 随分と早いな。太陽の上がり具合から、かなりの早朝なはずなのに。夜にしか取れない魚も居るらしいけど、そういう関係なのかな。


​ レオは村のすぐそばに、小さな畑があるのを見つけた。そこには老夫婦が二人、腰をかがめて何かを収穫している。痛そうに腰を叩き、よろよろと作業を続けている。


​ ……ふむ。これは、チャンスか?


​ 食料、衣服、金銭。


 この三つを一度に解決するのは難しい。だがまずは食料だ。


​ レオは《箱庭》から外に出て、ゆっくりと老夫婦に近づいていく。


​「こんにちは」


​ レオが声をかけると、老夫婦は驚いて顔を上げた。


​「……おお、坊主。こんな朝早くにどうした? ……お前さん、その格好は」

「何かお手伝いできることはないですか?」


​ 老夫婦はレオの姿を見て、不審そうな顔をした。レオの着ている貫頭衣は所々が焦げて破れており、まるで火事から逃げてきたかのようだった。


​「……手伝い? そうは言ってもねぇ……」


​ 老夫婦の警戒心を感じ取り、レオは嘘と真実を織り交ぜ、巧妙に話を作った。


​「僕は孤児で、身寄りがありません。悪い人たちに家を燃やされてしまって……。なんとか逃げてきたんです」


​ 「悪い人」はグラストラ家とリーダーたちだ。「家を燃やされた」のは貫頭衣が燃やされただけだが、7割くらいは本当だ。


​ 老夫婦はレオの痛ましい姿を見て、警戒を少し解いたようだった。特に老婆は同情的な目でレオを見つめている。


​「そうか、それは気の毒に……。お前さん、一人なのかい?」

「……いえ、小さい妹が一人居て……お腹を空かせて泣いてるんです。もう、行く宛てもなくて……。あの、もしよろしければ、この畑仕事、お手伝いさせていただけませんか? その代わりに、ほんの少しだけでいいので、食べ物分けていただけたら、嬉しいんですが……」


​ レオは頭を下げて、真摯にお願いした。普通の孤児なら盗みを働くところだが、レオはあえて正面から交渉に臨んだ。この方が老夫婦の信頼を得られると考えたからだ。


 不審に思われ村の権力者に相談されて、万が一警戒網に引っ掛かったらアウトだ。《箱庭》で籠城するにも食料がない。


 今はね。


​ 老夫婦は顔を見合わせ、しばらく黙り込んだ。やがて、老人が口を開いた。


​「……まぁ、いいだろう。お前さん、そんな格好ならまともな飯も食っとらんべ。手伝ってくれるなら、ありがたいことだ」


​ レオは安堵のため息をつき、頭を上げた。


​「ありがとうございます!」


 にこやかに笑みを浮かべ、レオは全身で活力をアピールした。


【《希望の銀光》が目覚めました! 目を擦りながら《窓》の様子を見ています!】


 起きたみたいだ。


​ レオは早速、老夫婦が収穫していたカブとビートの収穫を手伝い始めた。腰をかがめて、土の中から野菜を掘り出す作業は思った以上に重労働だった。


「カブの葉っぱの付け根を両手でしっかりと持つんだ。んで、まっすぐに上に向かって引き抜く! 腰を据えないと抜けねぇから、これが腰にくるんだな! 腰が痛くて痛くて仕方ねんだわ」


 お爺さんの助言通りに、しっかりと踏ん張れる体勢になってからカブの葉の付け根を掴んだ。


「両手で持って、まっすぐ引き抜く! ふんっ! やった! 抜けました!」


 すぽん! と音が鳴りそうなほど綺麗に抜けたカブ。


 結構大きいように思えるが、どうなんだろう。


「初めてにしちゃやるな! ったくこんくれぇ手伝ってくれりゃいいのになぁうちの息子もよ! 孫も今じゃ海にべったりなんでよ」

「あんたうるさいわね。最近海が変で危ないって言うから、うちの子たちが頑張ってるんじゃないの!」

「まぁな。海の精霊様が怒ってるんかもしらん」


【クエスト:【食料確保】を達成しました!】

【報酬:空間サイズ +3m × 3m × 3m 、スキル《収穫術Lv.1》】


 来たっ!


「大丈夫か? 慣れねぇやつがこれやると腰痛めるんだわ」

「大丈夫です。多分、コツは掴みました」


【スキル《収穫術Lv.1》が発動します!】


​「坊主、無理はせんでもええぞ。この作業は慣れないと腰にくるからな」


​ 老人はそう言って、レオに笑いかけた。その顔がみるみるうちに驚愕の表情に変わっていく。


 流れるようにカブを収穫し始めるレオ。見ただけで簡単に取れるカブと地中に根が張っているカブを見分け、取りにくいカブは少し横に揺らすだけでするりと抜ける。


 何度かやっていくと更にレオの中でカブの抜け方や構造が固まっていく。


【スキル《収穫術》がレベルアップしました】

【収穫術Lv.1 → 収穫術Lv.2】


 その姿はまるで熟練の農家だった。


「すげぇな! ほんにコツ掴んだな! やるな坊主! わしらも負けてられんぞ婆さん!」

「そうやって調子に乗るから腰痛めるんですよ」


【《希望の銀光》が手伝いたい気持ちをうずうずさせています!】


 そうして数時間ほど、レオは収穫に従事した。

​「この後、大麦を刈り取って、それで終わりだ。昼飯でも食ってけ。こんなことくらいしか礼できんのよ!」

「いいんですか? 頂きます!」


​ そう言って、レオは再びカブを引っ張り上げる。

​ そして、収穫を終えたカブとビート、大麦を老夫婦の家まで運び、昼食をご馳走になった。


​「うっま……!」


​ 久々の温かい食事だった。


 温かいカブのスープと、焼きたてのパン。簡素な食事だったが、レオにとってはどんなご馳走よりも美味しく感じられた。


​「腹いっぱい食いなさい。お前さんの分もたくさんあるから」


​ 老婆は優しくレオに微笑んだ。


​ レオは食事をしながらこの村の情報を集めてみる。と言ってもあからさまに根掘り葉掘り聞くわけにもいかない。


​ それとなくケテル王国についてぼかしながら聞いてみたが、グラストラ家やルーフェン公爵家のことは知らなかった。


「……あの、ご飯、もう少しだけ貰えませんか? 妹に食べさせてあげたくて」

「んだぁそんなことか! お前さんのお陰で午前だけで明後日の分まで採れたんだ! 持ってけ持ってけ!」

「ありがとうございます!」

「あと小さい頃の息子の服もあるから、持っていきなさい。妹さんは何歳くらいなのかしら」

「僕と同じくらいで、足を悪くしてるんですが……い、いいんですか? こんなに良くしてもらって」

「いいのよ。家族のために頑張ってるんでしょう? その歳で偉いことだもの」


 信じられないくらい良い人たちだ……!


​ お爺さんは無言でレオに麻袋を差し出した。中にはぎっしり詰まったカブとビートに少しの大麦、2着の上下が揃った服、そして焼きたてのパンと、チーズ、数枚の銅貨が入っていた。


​「お前さんの働き分だ。受け取っておくれ」


​ レオは驚き、目を丸くした。


​「お、お金まで? 食べ物さえ頂ければそれで……」

「いいから、受け取りな。これからの旅路に、少しでも役に立つだろう。このくらいしかできんがね」


​ めちゃくちゃ有難い。


​「……ありがとうございます!」


​ レオは深々と頭を下げ、麻袋を受け取った。


​ その後レオは誰も居ない静かな浜辺へと向かった。誰もいないのを確認し、レオは《箱庭》へと入る。


​「おかえりなさいっ、レオ様!」

「ただいま戻りました。見てくださいこれ! セレナ様にプレゼントです!」

『おかえり〜! れお、うみ行こ〜よ〜!』


​ ユユがレオの周りをぴかぴかと光りながら飛び回っている。余程海に行きたいらしい。


 ふらり。


​「レオ様!?」

「……大丈夫です。ただ、ちょっと疲れちゃったみたいで」


​ レオはセレナの腕から解放されると、袋からパンとチーズを取り出した。


「食べてください。凄く美味しいですよ!」

​ セレナは目を輝かせ、そして表情を曇らせる。


 僕に働かせて、自分は何もせずただ与えられるだけという状況が罪悪感になっているんだろう。


「……さて、味わって食べたら《夜》になる前にセレナ様に大仕事を任せたいと思います! だから食べてくださいね!」

「っはい! いただきます! はむっ、おっ! 美味しいです!」

「チーズは焚き火に晒してパンと一緒に食べるともっと美味しいかもしれません」

「なるほど……! そうします!」


 美味しそうに頬を綻ばせている様子を眺めつつ、レオは長らく触っていなかった《箱庭》の機能を開いた。


 ここからが《箱庭》の本領だ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱庭の主による厄ネタ世界の歩き方。 歩くよもぎ @bancho0000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ