第13話




 《貴光の語り部》を出た。


 特に店員に勘付かれた様子はなかったから、おそらく大丈夫だとは思う。《深き海のサファイア》は《精霊石》の力を無くし、ただの《魔宝玉》になったはずだ。


 勝手に価値を下げたことは申し訳ないと少しだけ思うが、中身の価値を付けられた値段相応にまで下げただけだ。《精霊石》の状態で他国の貴族や野心あるものに買われていたら国家転覆が真面目に起こりうる。


 むしり感謝してもらってもいいくらいだ。どう転んでも火種にしかならない爆弾を処理してやったのだから。


 アクースは何も言わず、ただ静かにレオの隣を歩いている。彼女はレオの異変に気づいていたはずだが、詮索することなく、ただ見守ってくれているようだった。その配慮にレオは少しだけ安堵した。


「……アクースさん。今日のところはもう、帰りませんか」

「うん、わかった」


 アクースは簡潔に頷き、二人はグラント家の屋敷へと戻った。


 自室に戻ったレオは、ベッドに腰を下ろすと、すぐに《箱庭》のウィンドウを開いた。


 レオは《箱庭》のステータスを確認した。


【ユニークスキル《箱庭》】

【ステータス】

・空間サイズ:3.4m × 3.4m × 3.4m → 23.4m × 23.4m × 23.4m

・空間内資源:土、石、小石、雑草、鉱山

・環境因子:《平野》、《水源》、《深海》、《精霊の棲家》

・保有施設:《畑》、《ダンジョン》、《薬草園》、《焚き火》、《鉱山》、《生け簀》

・保有生物:精霊《ユユ》

・保有機能:《クラフト》、《料理》


 空間サイズは驚くほどに拡張されていた。これまでのクエストでは、せいぜい1mや50cmの拡張だったが、今回は一気に20mも広がったのだ。


 精霊の招待、精霊への名付け、そして精霊の居場所を作ったことがこれほどの報酬をもたらしたのだろうか。


 レオは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。


 空間サイズが広がったことで、ようやく《ダンジョン》を探索できるようになるかもしれない。まぁ、まだ足りない可能性も高いが……あと40mくらい拡張できたら、地表部分から次の領域くらいは入れるようになると思うんだが。


 彼は《箱庭》を操作し、《ダンジョン》へと視点を向けた。これまでは真っ暗な入り口しか見えなかったが、今は奥へと続く道がかすかに見えている。


 しかし、レオの関心は《ダンジョン》よりも、新たに出現した《深海》と《精霊の棲家》にあった。


 彼は《箱庭》の空間へと視点を移動させ、《深海》を確認した。


 空間の片隅に、深い藍色の海が出現していた。それは普通の海ではなく、本当に深海のように暗い。ひたすらに静かで、底が見えない深みの海。


 そして、その海の一角には小さな岩礁とわずかに光を放つ珊瑚が見える。ユユの元居た海の環境を再現しているのだろうか。


『れお……』


 彼の頭の中に、ユユの幼い声が響く。


「ユユ、聞こえる?」

『うん……! ここ、すごくきれい』


 不安定だった声が、女児の声に変わっている。どういう変化だろうか。元々声らしい声はなかったはずなんだけど。


 《精霊交感》スキルのお陰かもしれない。


「よかった。ここなら、君はもう寂しくないかな?」

『うん! ううん……すこしだけ、さみしい、かも……』


 だよな。


 レオは苦笑した。この広大な《箱庭》の中で、ユユはまだたった一人しかいない精霊なのだ。


『でもね? れおがいるから、だいじょうぶ!』

「そう? でも大丈夫。これからもっと、たくさんのものをこの《箱庭》に持ってきて、もっともっと君の友達を増やしていくから」

『うん……! ありがとう、れお』


 ユユの声は嬉しそうに震えていた。


 レオは小さな生き物や子供、無垢な存在にめっぽう弱かった。


 レオは安堵のため息をつくと、次に自分のステータスウィンドウを開いた。



【名前:レオ・グラント】

【職業:見習い宝石商】

【レベル:2】

【ユニークスキル:《箱庭》】

【能力値】

筋力:7

耐久:7

敏捷:9

知力:17

魔力:2 → 10

【保有スキル】

宝石鑑定Lv.1

商売の心得Lv.2

調薬の心得Lv.1

小人化Lv.1

料理Lv.2

精霊交感Lv.1

精霊術Lv.1



 自分のステータスを確認すると、レオはレベルが上がっていないのに上昇しているステータスに気が付いた。


 魔力が10にまで跳ね上がっている。


 これまではわずか2だった魔力が、たった一晩で8も上昇した。


 《精霊交感》や《精霊術》という新たなスキルを獲得したことによって、何らかの変化が僕に起こったのか? ……ダメだ、魔法使いは縁がない話すぎてあまり詳しいことがわからない。


 レオは自身の掌をじっと見つめる。


 魔力は魔法使いが魔法を使うための源だ。魔力が高ければ高いほど、より強力な魔法を使うことができる。


 しかし、魔法使いになるためには幼少期に魔生薬を服用する必要がある。幼い身体に魔が根付き、そしてその身体の成長と共に身体に宿る魔力も成長していく。


 レベルが上がった影響で僕の身体に魔力が宿り、そして宿った魔力が精霊との交信で増大した? ……そういえば、海水が喉に詰まりかけたとき、頭の中に潮が満ちていた。アレは海の魔力だったのかもしれない。


 それが精霊術スキルによって俺の身体へと吸収できる形に変換した……とか? まぁいい。いずれにせよ厄介ごとであることに変わりはない。


 レオはもう一度、ステータスウィンドウを凝視した。


 《精霊交感Lv.1》《精霊術Lv.1》


 このスキルがあれば、僕は魔法使いになれるのだろうか。


 もしそうだとすれば、これは非常に面倒な事態だ。


 魔法使いは特別な存在である。


 地位を示し、権力を示し、富を示し、知恵を示し、希望を示し。


 そして最もわかりやすく力を示す。


 その力故に、地位も権力も持たぬ魔法使いは貴族たちに利用される。平穏な生活を送りたいレオにとっては最も避けたい道だ。



 魔法。子供の頃に憧れた、手が届かないはずの力。



 美しいものが好きだ。宝石は色んな色を放ち、そして光の当たり具合で如何様にも姿を変える変幻自在の美しさを持っている。


 魔法は、どうなんだろう。魔法は美しいものなんだろうか。


 わからない。


 レオはベッドに横たわり、天井を見つめた。


 《箱庭》という面倒なユニークスキルは僕の平穏な生活を少しずつ変えつつある。そして、それに伴って、僕自身も変わりつつある。


 宝石商として。そして、精霊を宿す世界の主として。


 二つの道が、彼の前に現れた。


「……面倒くさ」


 レオは小さく呟くと、目を閉じた。


「……おやすみ、ユユ」

『おやすみなさい! れお!』


 明日からこの新しい力をどうやって使っていくか、じっくりと考えることにしよう。


 優しく、波打つ海の音。


 レオは安らかな気持ちで、眠りに落ちた。



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