本の下巻だけが紛失したんだけど? ③


「最初に言っておきますが、もし畑中君がこの本の見返しを切り取った犯人だったとしても、謝って弁償してもらえればいいから。

 大きな問題にならないので、正直に答えてほしいのだけど」

 と、まず山口先生に説明してもらった。


 図書準備室に呼び出されて困惑している畑中君を取り囲んでいるのは、私と田村、深津さん、畑中君と同じクラスで図書委員の一年生の伊藤君。


 スラっとしてて、いかにも読書好きそうな雰囲気の畑中君。

 目の前の畑中君が犯人だという具体的な証拠はまだない。証拠はないが、確信をもった私たちは彼を問いただしてみることにした。

 荒っぽい捜査だけど、別に犯人を断罪したいわけじゃなく、私たちがスッキリしたいだけだし。


 なぜ、畑中君が犯人なのか。

 私たちの推理だと作家「うすいさえこ」のファンが犯人なはずで、調べた限り、うすい先生の熱心なファンは、この学校では司書の先生以外、畑中君しか見つけられなかったからだ(少し残念)。


 私は、ちょっとした緊張感を感じつつ、畑中君に話しかけた。

「うすい先生のファンであるあなたは、この学校に入学してからずっと先生の本を図書室で借り続けていましたね。

 そして、上巻を読み終えて『コバルト』の下巻を借りようとしたときに、見返しにあるものを発見した……。

 それは、うすい先生直筆のサインだったんじゃない?」

と畑中君に問いただす。


「それってサイン本ってことですよね? 図書室の本にサイン本なんてあり得ないじゃないですか?」

と、畑中。


「これがあり得るんだね、寄贈本とかで。

 寄贈した人がサイン本を持っていた場合は、図書室にもサイン本は存在し得る」

と、横から田村がしゃしゃりでてくる。


「そうですか……。でもそれなら普通は上巻か、上・下巻の両方にサインが書いてあるんじゃないですか? 上巻にサインがないのに、見返しが切り取られた下巻にだけサインがされていたなんて証拠がないでしょう?」

「その証拠なら、山口先生が見つけてくれたわ」

と、私から山口先生へ、謎解きをバトンタッチ。


「司書という職業がら書店員さんと仲良くしているの。駅ビルの中にあるミナミ書店に連絡して、店長さんに話を聞いてみたのよ。

 十数年前、確かにうすい先生のサイン会がミナミ書店であったそうよ。私がこの学校に赴任する前の話で、知っていたらすぐ気づけたのにね(苦笑)」

 あれ、先生、ちょっと悔しそう。


「それで、そのサイン会では下巻のみにサインが行われたそうよ。上・下巻が同時発売だったからサイン会に来るぐらいのファンなら普通は両方買うから、人気作家で時間のないうすい先生のご負担も考えて、下巻だけにサインしたみたい」

「今なら手抜きって炎上するかもねー。

 たった十数年前だけど、いまより本も安かったし、もっとみんな心に余裕があったんだろうね……」

と、また田村が余計なことを……。


 話を戻して、私から謎解きを続ける。

「下巻の扉を開いたときに、畑中君はサイン本であることに気づいてしまった。そして、どうしても手に入れたくなり、周囲を見渡して下巻をカバンに仕舞い込んだ、図書カードで借りることなく。

 でも、敬愛するうすい先生の本を盗んでしまい、図書室から下巻がなくなったことに罪悪感があった君は、『下巻が見当たらない』と騒ぐことで図書室に補充させようとしたんじゃない?」

「だとしたら、身勝手だねー」と、また田村が(以下同文)。


 すると観念したのか、畑中君が真相を告白するのに時間はかからなかった。

「亡くなったうすいさえこ先生のサイン本がこの手の中にあると思ったら、思わず……」

「言っとくけど犯罪だからな」

「田村君、うるさい」


「あとは朝日先輩が説明してくれた通りです。

 下巻も借りようとして本を開いたら、サインが書いてあって目に焼き付いてしまって……。夕方で室内には図書委員しかいなかったから、そのままカバンに入れても誰にも気づかれませんでした」


「それで、返却キャンペーンがはじまったんで、ビビって見返しだけ切り取って返却したと?」

「信じてもらえないかもしれないけど、そのうち下巻を買って寄贈しようと思っていました。続きが気になって自分で買って読み終わったことにして。

 返却キャンペーンがはじまっていろいろと怖くなったから、すぐ本を買って返そうかと思ったんだけど、ハードカバーは新刊が売ってなくて文庫版しかなくて、中古品を注文しても時間がかかりそうだったから……」

 そーそー、ネットで売っている中古の本って、すぐには送ってこないことがある。


「で、見返しだけ切り取って、本をそっと返したと?」

「まさか、図書委員会に探偵……探偵部があるなんて思ってもみませんでした(苦笑)。すみませんでした!」

 苦笑じゃないからねー!反省してる???


 ハー、やれやれ。

 これで一件落着、事件は解決!

 ……だと思ったんだけど。

 それまで黙って聞いていた一年生の図書委員、伊藤君がボソっと、

「やっぱり、畑中だったんだ……」

ってつぶやいたんだけど……。


 えっ、どういうこと!?

 伊藤君は、畑中君が犯人だって気づいていたの!?

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