Dランク

 翌日、俺は再びギルドのイザベラさんの元に来た。



「約束通りDランクに昇級よ、おめでとう」

「ありがとうございます」

「……本当に一人で行く気なのね」

「マジで死にそうなら、逃げ戻ってきますよ」

「それならすぐ戻って来る事になるかもしれないわね」



 そこまでヤバイのか、決心が揺らぐなぁ。



「ま、行きますけど」

「……やっぱり止められないみたいね」

「それに、此処に俺がいると、リリエラが無理しちゃうんで」



 今日もあいつは、ポーション代金稼ぎます!とか言いつつ怪しい依頼を受けようとして、ミアに引き止められてたし。


 俺のせいで、リリエラに何かあったら嫌だ。


 あと、迷宮でポーションを探すなら、レベル……というか魔力が上る前のほうが、ランクの低めなポーションでも目が治る可能性高そうだし。



「迷宮街のギルドは、このエルズマークみたいに優しくは無いわよ?」

「いや、ここのみんなが大人しいのって、もしかしてイザベラさんのせいじゃね?」

「……。」

「やっぱそうなんだ……」



 多分、ヤンチャな奴はこの元Aランクに、全員シメられたんだろうなぁ。

 ギルド連中の、お行儀が良くなる訳だ。


 そういえば、結局パンツの色は確認出来なかったなぁ……何色だったんだろ。

 魔剣と同じで、青かな……青かぁ。



「ケント君、何かいやらしい事考えてる?」

「あ、ハイ」

「もう、あんまり褒められない素直さね」

「まあ思春期なので」

「向こうで調子に乗って失敗しないようにね?」

「わかりました」

「約束よ、また顔を見せに来てね」

「……はい、また会いに来ます」




 ◇




 迷宮に行く理由、実は……右目の事以外で、もう一つある。


 ダイアウルフを倒してから、俺のステータス画面モドキに変化があった。

 あの、不親切なステータス画面の隅に、ショートメールみたいに、こんなメッセージが出てきたんだ。



 ”ごめ□なさい □■□□ ――――”



 マッピング機能も向上してたから、多分魔力とかレベルが上がったお陰だと思う。

 一部文字化けしてるし、途中で途切れてるので意味は解らない。


 だが、かろうじて読める『ごめんなさい』という単語。


 そして、このメッセージは……日本語で送られてる。


 この送り主が、神様なのか、他の誰かなのか、それは分からないが。

 俺は転移事故などではなく、明確に何者かの意思で、この世界に喚ばれたのだろうと思う。


 つまり、何もしなくても俺は、戦いに巻き込まれる可能性が高い。

 だから、俺は強くならないきゃいけない、生きる為に。


 何処の誰だか知らないけど、勝手に喚び出して何言ってんだ。

 謝る位ならもうちょっとサポートしろよ。


 ……と、普段なら思ってたかもしれない。


 けど、俺は不思議と、このメッセージを読んで、そんな気にならなかった。


 よく分からないが……必死さが伝わってきたから。




 ◇




 翌日、早朝で外はまだ薄暗い。


 こんな時間に出発するのは、もちろん外への門が開く時間を狙って、朝一番に出る為だ。

 顔なじみの門番さんに挨拶をするが、街を出て迷宮に向かうことは言わない。

 イザベラさんにも口止めをお願いしてるし、何よりギルド職員だから俺の行き先を外に漏らすことはないだろう。



 これなら、誰にも知られずに、出発できる。



「そんな風に考えてた時期が、俺にもありました……」

「逃がしませんよケント君!リリも連れてってください!」



 ……なんで居るんだよ、リリエラ。


 腰にてを当てて、ぷりぷりと怒ってる。

 しかも、完全に旅支度してるし。



「宿屋の人に聞いたんですよ、今日で部屋を引き払うって」

「個人情報ダダ漏れじゃん」

「迷宮街に向かう道はこっちですからね、待ち伏せしました!」

「行き先まで目星ついてるのかよ」



 まあ、そりゃそうだよな、他に行きそうな場所無いし。



「おいケント!!」

「……お前らまで居るのかよ」



 リーク達だ。

 こっちはいつもの格好だけど、荷物は持ってない。

 単純に、見送りに来たのか。


 両腕を組んで、いつもの調子で睨んでくるリーク。

 仕方ないな、という感じの困り顔で笑う、カイン

 地面に転がって寝てるミア。

 そんな彼女を引きずり起こそうとしてる、戦場看護師イリナ。



「いや、ミアは何なの?本当に?」

「ほ、ほらミアさん!ケントさん来ましたよ!」

「Zzzz……んー、カレーのコク……」

「どういう寝言?」



 つか、この世界にもあんのかカレー。



「おいケント!俺達は迷宮には行かないけどな、リリアナを泣かせるなよ!」

「うん、僕たちまだランクアップ出来なくて、Eのままだからね」

「リリアナさんとケントさんだけでしたからね、今回ランク上がったのは」

「リーク、好きな子取られた上に、ランクも抜かされて凹んでるー」

「う、うるさい!余計なこと言うなよミア!」



 寝起きなのに辛辣だな、ミアは。

 ランクアップ出来ないってことは、リーク達はまだ身体強化使えないのか。


 てか、リリエラもDランク……やっぱあいつ、元々身体強化使ってたんだな。

 じゃなきゃ、あんなハンマー振り回せないし。



「リーク……わざわざ見送りに来てくれたのか」

「……なあケント、どうしても行くのか?いくらDランクに上がったからって、いきなり迷宮なんて、流石に危険だろ?」

「そうだね、僕も最後に引き留めようとおもって来たんだけど」

「そうですよケントさん、死んじゃいますよ」

「……いや、もう決めたんだ。心配してくれてありがとうな、みんな」

「がんばれケント、男を上げてこい」

「お前は止めないのかよミア!?」



 なんなのこの子?心配してくれないの?



「ミアには分かる、ケントの索敵能力は異常、迷宮で生きる」

「ああ……お前には分かるか」

「ミアは分かる女」

「そ、そうか……分かる女か」



 ……まあ、こいつも斥候だからな。

 俺の考えが、ある程度分かるんだろう。



「ケント、多分普通じゃない方法使ってる」

「そ、そうなのかよケント!?」

「うん、僕も何かおかしいとは思ってたよ」

「え?そうなんですか?」

「……あんま言うなよ?」



 ……ミアとカインには感づかれてたか、他二名はそうでもないが。



「リリエラもおかしいと思ってたのか?」

「そんなのどうでもいいです!ケント君はケント君ですから!」

「ははは……ソッスカ」



 リリエラはそもそも気にしてないと、ははは。


 はぁ……しかしどうしようか。

 確かに、リリエラが来てくれたら嬉しい、気持ち的にも戦力的にも。



「でもな、迷宮ってマジで危険らしいんだよ。俺の我が儘に、リリエラを巻き込みたくな――」

「嫌なんです!もう、大切な人が……自分の知らない所で死んじゃうのが!!」

「リリエラ……」



 多分、無くなった両親の事を言ってるんだろうな。



「いや、だからって何故俺に……」

「……好きなんです、好きなの」

「……え?」

「ケント君が好き、だから離れたくないし、勝手に死んだら嫌なんです!」



 ……あれ、なんか俺、告白されてね?



「……え、なんで?好感度のポイントどこ?」

「……ケント君はリリの事、嫌いですか?」

「そんな訳ないだろ、正直いつもメチャ可愛いと思ってたし……」

「……ふふ♪じゃあ、ちゃんと言って下さい!」



 ……あー、無理だ無理無理。

 俺、もうリリエラから逃げられない。


 覚悟決めるしか無いな、これは。



「……好き、だよ」

「声が小さいです!」

「俺も、リリエラの事……好きだ!」

「……えへへ、えへへへ!リリも好きですよ!」



 いや、当たり前じゃん。

 こんな異世界に放り出されてさ、最初にあった女の子だぞ?

 それが、優しくて笑顔が可愛くて、なんかパワフルでついでにおっぱいデカくて。


 惚れない奴おるんか?



「リリエラ、一緒に行ってくれるか?」

「行きましょうケント君!」



 ――チュッ



 ほっぺにキスされた。

 やわらかっ。



「おめでとうお二人とも、僕も応援してるよ!」

「お二人ともよかったですね!また無事に会いましょうね!」

「ひゅーひゅー、お土産まってる」

「ぐうぅ゙っ!よ、よがっだな二人ともッ!うう、ぐぐ、うおおおおお!!!」



 ちょっと恥ずかしいな……リークは血の涙を流してるように見えるが。


 そうして、俺とリリエラは新しい一歩を踏み出した。

 リーク達にも見送って貰えるし、新しい門出として良い出だしなんじゃないかな?



 そんな呑気な事を考えていたので、俺は油断していたのだろう。


 歩き出して暫くして、ようやくマップに映る存在に気が付いた。









 ――そう、彼女の存在に。








「……ケント、何処に行くの?」

「え、誰だ?……いや、お前ロゼリアか!?」

「……ロゼリアさん!!」



 ピンク色だった髪が明るめのブラウンになり、髪型もショートヘアーになっていた。

 装備も少し変わり、目の下に濃い隈も出来てたので、一瞬誰か分からなかったが……。



 ――ロゼリア。

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