夜を乗り越えた朝の詩。
こよい はるか @PLEC所属
第1話 夜に出会った彼女
空が暗い夜に飲み込まれていく。
夜が昼を追って、静寂に包まれていく。
俺はその動きに逆らうように、まだ赤い西の空に向かって歩を進めた。
もう、嫌なんだ。俺が意識を手放している間に、何かを失うのは。
まぁ確かに、一番大事なものを失ってしまったら、怖いものはないけれど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後十一時。家族は父さんだけ、その父さんさえ毎日仕事で帰ってこないような家に居ても、意味がなさすぎるということをここ数年で心得た。
夜は静かだ。静かすぎる。その静寂の中で誰かが消えていくかもしれないと思うと、やるせなくて堪らない。
だから俺は、夜になると眠りたくても眠りたくない、なんとも言えない気持ちに追われるのだ。
通行料を払って、小さな駅舎に入って。こんな時間にこんな田舎の駅に来る人なんて居ない。それでも、目の前を通っていく電車の音だけが、静寂を断ち切ってくれた。
——あの日から毎日、俺は夜になると此処に来た。
今日もたった独りで、この夜を乗り越えるものだと思っていた。
思っていたのに。
「……何してるの?」
俺はハッと振り向いた。俺が座っていたベンチから見ると斜め後ろ、鎖骨くらいのさらさらの髪を靡かせて佇む少女が居た。
肌は白く、今にもこの静寂に溶けて消えてしまいそうだと思った。胸が痛くなった。
彼女は栗色の髪を指にくるくると巻き、笑顔だ。知らない人のはずなのに、なんだかその姿が誰かと重なった気がした。
「……君こそ、こんな時間に何してるの」
「私のことは、別に良いんだよ」
そう言いながら彼女は、僕の座っているベンチに一人分空けて座った。
「夜、嫌い?」
「っ……⁉︎」
突然された質問に、平静を装って答えることはできなかった。だって俺は、夜を過ごすことが怖い。嫌いではないけど好きではない。俺は何も口に出していないのに、何でこの人は分かるのだろう。
「——好きではないよ」
「そっかぁ」
ふわりと微笑んで相槌をつく。言葉と共に風が通り抜けた。
「私は好きだな。静かなのが」
「怖くないの?」
俺と正反対のことを言う君に、俺は食い気味に聞いてしまった。直ぐに後悔する。色々根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。
そんな僕の予想を裏切って、彼女は答えた。
「怖くないよ。逆に、私は騒がしいところが好きじゃないから」
「……そっか」
無理には聞き出さない。君が踏み込まないでいてくれたから、俺も踏み込まない。きっと人に言いづらいような理由があるのだろう。僕みたいに。
「明日もここ来るでしょ?」
線路の向こうの真っ暗な森を見たまま、彼女は独りごつように呟いた。
「うん。君は?」
流れるように聞いた自分に驚いた。彼女は今日初めて会ったはずだ。それなのに、明日来るか、期待している自分がいる。
「私も来るよ。ふふっ、初対面なのに楽しみにしてくれて嬉しいな」
嬉々とした表情で彼女は立ち上がる。やはり彼女にもバレてしまったかと頭を抱えた。
電車が東からやってくる。目の前に停車したそれのドアが開いた。彼女は歩き出す。
「——ねぇ!」
気づいたら呼び止めていた。まだ少しだけ、彼女と話していたかった。温もりを、感じていたかった。
「ん?」
目を見開いて振り向いた彼女が、首を傾げる。
「あの……その……」
呼び止めたきり、良い言葉が思いつかず、ありきたりなことを聞いた。
「名前は?」
俺の言葉を聞くと、彼女は頬を緩ませて言った。
「
「俺は、
「じゃあ蓮くん、また明日ね!」
「うん、明日」
電車の扉が閉まる。それでも尚、彼女は俺に向かって笑顔で手を振っている。
俺も照れくさかったけど、小さく手を振り返した。
電車は西の方向へ走り出した。
こんな気持ちになったのは、久しぶりな気がした。
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