第二話
【ルイ視点】
スカーレットさんと共に(ほとんどスカーレットさんのお陰だが)オークエンペラーを倒した直後。
俺はA級魔物オークエンペラーに次いで、S級冒険者まで現れるという急な展開に驚きつつも、何とか安堵していた。
しかし。
空気が、急に重くなった。 肌に刺さるような冷気が、洞窟の奥から押し寄せてくる。
「……っ!」
俺は思わず息を呑んだ。 先ほどのオークエンペラーとは比べ物にならない。 これは、魔力の“塊”だ。圧倒的で、純粋で、暴力的なまでに強い。
...もっと急な展開になってしまったようだ。
スカーレットさんも、眉をひそめていた。 「……来るな。これは……」
そして、“それ”は、すぐに姿を現した。
純白の体毛に覆われた巨大な竜。 背には氷のように透き通った羽を広げ、瞳はまるですべてを見透かしているかのように静かだった。
アイスドラゴン―― S級魔物の中では下位とされる存在。 だが、それでも“天災級”と呼ばれる理由が、今なら分かる。
威圧。風格。存在感。 すべてが、今まで出会った魔物とは別格だった。
「……なんで、こんな場所に……」
このダンジョンはB級だ。 A級のオークエンペラーですらイレギュラーだったのに、S級のアイスドラゴンなんて、完全に規格外だ。
俺たちが立ち尽くしている間に、アイスドラゴンはゆっくりと口を開いた。
「……!」
吐き出された冷気が、俺たちの背後にぶつかり、瞬時に分厚い氷壁を形成する。
逃げ道は、完全に塞がれた。
スカーレットさんが、俺の方を振り返る。 その顔には、わずかに焦りが混じった笑み。
「逃げ道は防がれたし、戦うしかなさそうだな」
その言葉に、俺は迷わず頷いた。
「はい!」
体内の魔力を練り上げる。 鼓動が速くなる。 でも、怖くはなかった。
スカーレットさんが、大剣を構え、炎が灯る。
俺は、彼女の背中を見ながら、魔力の流れを整えた。
「……行きましょう、スカーレットさん」
「よし、ルイ。今度は、私が君を信じる番だ」
静かに咆哮が響いた。
アイスドラゴンが、動き出す。
「魔力強化!!」
俺は、スカーレットさんに向けて、出来るだけ強い魔力強化を掛ける。
アイスドラゴンは静かに口を開き、スカーレットさんに向けて高密度の氷のレーザーを吐き出す。 その一撃は、当たれば即死の可能性もある恐ろしさ。だが、スカーレットさんは身軽に躱し、逆に距離を詰めていく。
足に魔力を溜め、跳躍。 大剣に紅蓮の炎が燃え盛る。
「
炎を纏った大剣が、アイスドラゴンの胴体へと振り下ろされる。 ものすごい迫力だ。
避けられないと悟ったドラゴンは、吐息の氷で巨大な盾を作ろうとする。
確かに、盾を作られては攻撃が通ったとしても大ダメージにはならないだろう。
なら、...
(ここだ!)
俺は、ドラゴンの口元、盾を作ろうとする吐息に魔力強化を施す。 すると、氷の吐息は理性を失ったかのように四方八方へと散っていく。暴発だ。
(よし!)
そして、スカーレットさんの一撃は、完璧な形で確かに届いた。
アイスドラゴンの背に、焼き裂かれた巨大な傷が刻まれる。
(すごい…スカーレットさん…!)
普通に考えて、なぜあんな細い腕で大剣を振り回せるんだろうか。それに、攻撃の練度も今まで見てきたどんな人とも段違いだった。
だが、アイスドラゴンもまたS級。あれだけの大技を受けたにもかかわらず、怒りの咆哮を上げ、翼を広げて空へ舞い上がる。
(チャンスだ!)
俺は、アイスドラゴンの右翼だけに筋力強化の魔法を放つ。 ドラゴンは片翼だけが強化されたことで、バランスが崩れ、体勢を乱す。
アイスドラゴンは目を見開き、翼をバタバタと振り回すが、逆にどんどんと体勢を崩し、高度を失っていく。 スカーレットさんはにやりと笑い、俺にウィンクを送る。
そして、落ちてきたアイスドラゴンの首に、最大火力の一撃を放った。
「
スカーレットさんの大剣が、燃え盛る紅蓮の炎を纏いながらアイスドラゴンの首を断ち切った。 その瞬間、氷の巨体が震え、崩れ落ちる。 首を失ったアイスドラゴンは、完全に絶命した。
同時に、背後にあった氷の壁が音もなく消え去る。 逃げ道を塞いでいた冷気の障壁は、主を失ったことで存在を保てなくなったのだ。
そして、ダンジョン全体に漂っていた異様な雰囲気も、まるで霧が晴れるように消えていった。 今度こそ、本当に終わったのだ。
俺は、深く息を吐いた。 肩の力が抜け、膝が少し震える。 それほどまでに、極限の戦いだった。
見ると、スカーレットさんも安堵の笑みを漏らしていた。 あのスカーレットさんでさえ、アイスドラゴンの登場には焦ったのだろう。
「……ありがとうございました、スカーレットさん。命を救っていただいて」
ようやく言えた感謝の言葉。 すると、彼女は意外にも静かに頭を下げた。
「私からも感謝を言わせてほしい。君がいなければ、私一人では負けていただろう」
「いや、そんな……頭を上げてください!」
俺は慌てて手を振る。 あの英雄が、俺なんかに頭を下げるなんて。
だが、スカーレットさんは真剣な顔で続けた。
「君のあの魔法……S級の相手にも通用していたんだぞ?もっと誇りを持つべきだと思うぞ」
誇り。 その言葉に、俺は少しだけ俯いた。
「誇りなんて……実は、僕……スキルが無いって理由で、幼馴染のパーティから追放されたんです。 それで、ここに置き去りにされて……」
言葉にするのは、思った以上に苦しかった。 でも、スカーレットさんは黙って聞いてくれた。
そして、意外な反応を見せた。
「は?……君ほど優秀な支援魔法の使い手はいないだろうのに。なんで前のパーティは追放したんだ……?」
驚いたのは、俺の方だった。 スキルが無いことを馬鹿にされるか、驚かれると思っていたのに、まさかのべた褒め。
「お世辞は大丈夫です……では、本当にありがとうございました。失礼します」
俺は頭を下げて、その場を離れようとした。 だが、背後から慌てた声が飛んできた。
「ま、待ってくれ!君、いやルイ君!私はルイ君をスカウトしたい!」
「……???」
思わず振り返る。 スカーレットさんは、真剣な目で俺を見ていた。
「ルイ君の魔法は、太陽の護り手でも通用する。いや、むしろ必要だ。私たちのパーティに、来てくれないか?」
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お読みいただきありがとうございます!
最序盤の戦闘パートはここで終わりです。
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