4-3
感動の再会が終わって、私とシャイアは礼拝堂の奥にある小さな部屋に通された。
部屋にいるのは私とシャイア、それから小柄な老婦人。
透ける白いベールをかぶった彼女は、礼拝堂に住み込み、日々神に祈りを捧げながら孤児院の子供たちの面倒を見ているのだろう。
前世で言うところのシスターというか、住職というか。ざっくり言うと神職に就いている人。この国では「神子」と呼ばれている。
貴族の生活が合わなかった人が神子になることもあれば、行く宛てのない孤児が神子になる事もある。
愛する妻を亡くして憂いの中で神子になることもあれば、罪を償う為に神子になる者もいる。
神を信じ、神の為に清く正しく美しく生きるという心さえあれば、誰でもなれる。
礼拝堂で一心に祈りながら孤児たちの世話や訪れる信者の相手をしなければならないわけで、その生活は楽ではないと思うけど。
老婦人は私とシャイアにお茶を淹れてくれた。
手つきから見ると多分貴族の出身。
そしてララ様の母方の祖母なんだろうな、どことなく似ているし。
私は頭の中で貴族名鑑をめくる。
男爵家の先代当主夫人くらいかな。
「本日はご足労頂きありがとうございます。私はここで神子をしております、ルルー・パプルと申します。どうぞルルーとお呼びください」
当たった。
パプルと言えば北の方にある男爵家で、先代には確か六人の子どもがいたはず。
今は長女がパプル男爵家を継いでいるから、ルルー様は引退して礼拝堂に来たのかな?
「ララが失礼をいたしました。あの子は私の末娘の子どもなのですが、早くに母親を亡くして孤児院で暮らしております。パプル男爵家の籍には入っておりますが平民のような生活をしておりまして」
「失礼ですが、あの子の父親は?」
シャイアの問いかけに、ルルー様は目を伏せる。
「お恥ずかしい話ですが、とある高貴なご当主の夫君であられる御方でして……」
それだけわかれば十分だ。
ララ様は、表に出せない、不義の子。
源氏物語でも若紫は妾の子だけど、源氏物語とこの世界では大きく異なる部分がある。
源氏物語で若紫の父親は、妾を持つことが許される立場だった。
けれど、正妻の加減で、若紫は娘として認められなかった、という事になっていたはず。
一方、この世界では、ララ様の父親は妾を持つことは許されていない。
複数の配偶者を持てるのは「当主」のみであり、当主夫君という立場である彼は、妾を持つことはできない。
もし妻以外と関係を持ったとすればそれは浮気であり不貞であり許されざる行為であり、婿入り先へ反旗を翻すような行為でもある。
ちなみに私は次期当主なので、その気になれば何人でも夫を持つことができます。
さらにシャイアは次期当主夫君なので、浮気は許されない立場のはずです。
シャイアは好き勝手しているけどね。
話がそれてしまった。
つまりララ様の母親は既婚者と関係を持ち、出産前後で捨てられた、ということになる。
母親が亡くなったので、祖母であるルルー様がララ様を引き取ったという形らしい。
「あの子は見ての通り、とても愛らしい見かけをしておりますので、これまでにも何度か誘拐のような目にあっているんです。最近十歳になったこともあってか、特に危険な目にあいやすくなってきて……」
ルルー様のいう事はわかる。
セキュリティの甘い孤児院にあんな美少女がいれば、そりゃあ誘拐したくもなるだろう。
「パプル男爵領には戻られないのですか?」
「お恥ずかしい話ですが、現在当主である長女が、ララの母親の事を酷く嫌っておりまして。あの子が亡くなってからも、ララのことをよくは思っていないのです」
なるほどね。
領地に帰っても守ってくれる人はいないのか。
私は源氏物語の血縁関係を思い出して推測する。
若紫は、藤壺の宮の兄の娘だったはず。
つまりこの世界の皇后様の兄……という事は、ララ様の父親はヴォラリー・イレーグル侯爵夫君か。
彼は皇帝の息子として生まれたが、皇位継承権をめぐるいざこざがあって、彼の父親は退位した時に一代公爵になって、ヴォラリー様もまた、皇子から一代公爵令息という立場になった。
一代公爵は名前の通り一代だけのもの。
父親が死んだ後にヴォラリー様が貴族であり続けるには、どこかの家に婿入りするか、養子になるか、お金で爵位を買うか、功績を立てて爵位を貰う必要がある。
ヴォラリー様はイレーグル侯爵令嬢エリザベス様と結婚して、侯爵夫君の座を得たというわけね。
「なんとかしてあげないといけませんね」
物憂げな表情で考え込むシャイア。
ルルー様はシャイア様を見、それから不安そうに私を見た。
シャイアの浮名を知っているのか、はたまたシャイアがララを気にかけることで私の怒りを買わないか不安になっているのか。
私はにこっと笑う。
「この件は一度持ち帰らせてください。悪いようにはしませんわ」
ルルー様にそう告げて、シャイアを連れて家に帰ることにした。
「どう思う?」
帰宅途中の馬車の中。シャイアに問いかける。
「ララ様のこと? 可愛いと思うよ」
「そうじゃなくて」
私も可愛いとは思うよ。喋り方にはびっくりしたけど。
「可愛いだけじゃなくてとても利発な子なんだ。また会いに行ってあげてくれるかい?」
「私が?」
お気に入りなら自分で相手をしたいんじゃないの? と思ったんだけど、シャイアは思ったより真剣な顔で告げた。
「君に、会いに行ってほしい」
そう言われて、なんとなく、頷くしかできなかった。
まあ仕事も一段落したし、明日は人に会う約束もなかったはず。
様子を見に行ってみようかと思う。
知らない間に死亡フラグが帰ってきても嫌だもんね。
後書き
状況説明回です。
シャイアの義母の兄の娘(ただし不貞の子)がララになります。
どこまでも繋がる家系図!!ギリシア神話かよ!!ってなります。
まあ光源氏はゼウス様ほど子だくさんじゃないですけど…。
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