芍薬
春本 快楓
プロローグ
ひすいとの出会いは、決してきれいな物じゃなかった。
この日、私は昼休みに学校を抜け出して近くの川に来ていた。カッターナイフを手に。
初めて自分の手に刃を入れようとした時、恐怖に襲われるどころか、溜まっていたドス黒い何かがあと少しで解放される、と清々しさまであった。
自分の左手に刃先をあてる数秒前にナイフがポンとすっぽ抜けた。と、思ったら視界が急速に回り、目前は青一面になった。
荒い息が聞こえた。この瞬間私はなぜか、男に……されると思った。そしてその事に対して諦めていた。もう、抵抗する事なくその身を捨てよう、と自分はからっぽになっていた。
でもすぐに気づいた。この人は、自分自身を傷つけようとしていた私を助けてくれたという事に。その男が私を倒した後すぐに離れたからかも知れない。今思えば、カッターナイフがすっぽ抜けたのも彼の仕業だろう。
延々と広がる空を見て、私は今しようとしていた事を冷静に捉えるようになった。そして、遂にはこのような醜い事をし出さずにはいられなくなったのだと思うと、またこれから先もずっとこんな悲しい思いをしていかなければならないのかと思うと、込み上げてきてわんわんと泣いてしまった。この頃は、自分がおばあちゃんになった未来どころか、仕事をしている大人になった未来までも想像できなくなっていた。それぐらい私は切羽詰まっていた。
男は、息を切らしながら私の左手をとった。それから、
「よかった」
そうぼそりと言った。その言葉を聞いて、私の泣く勢いはさらに増した。
その男、ひすいは背中をさすりながら、私が泣き止むまでずっと待ってくれた。
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