ライブハウスへようこそ
菅原暖簾屋
ライブハウスへようこそ
入学
ガヤガヤと身内単位で固まった集団がおしゃべりをする光景にひとつため息を吐く。
遠方から越してきた俺に友人など存在するわけもなく、入学式と入学最初のホームルームを終えた疲労感を覚えつつも帰宅準備を進める。
なんのことはない。二度目の高校生活など感傷を覚えるわけもないだけである。
「おーい」
保護者と生徒が祝いの食事に行く話などで満ちている教室で、俺の隣の席になっている少女が声をかけてきた。オレンジの髪を右に一つ結びにした女だった。
「なにようだ」
「なにようってウケる。君も一人っしょ? どこまで? 方向一緒ならご一緒してよ」
「……バスで新宿駅までだが」
「お、奇遇じゃーん。自己紹介しながら帰ろうぜぇ~」
なんか距離感のバグった女だ。特段断る理由もないので了承し、ごった返す一年生用の教室を抜け出す。校門にある入学式と書かれた看板を横目にオレンジ女と高校から坂道を下って一〇分の位置にあるバス停に向かう。その道中もこの女の喋りは止まらない。
「アタシは
「珍しくはあるな」
「でっしょー? でもでも結構悪い子なんだよアタシ!」
「本当に悪い奴は自白しない」
「ええ~? アタシ悪い子だから今日も親来てくれなかったんだよ。キミもそうっしょ?」
「悪ぶり思春期女と俺の環境を同一視するな」
面倒な奴に絡まれたと頭を抱えたくなりながらも、到着したバス停の椅子に腰を下ろす。何故か清水も俺の横に座った。
何だコイツという視線を向ければ、彼女はエヘヘと満面の笑みで俺を見ている。
「ねぇねぇ、まだ名前訊いてないよ」
「和同開珎」
「嘘。アタシの右の席なんだからシミより前の五十音でしょ~」
「……
吐け吐けウリウリ〜と、整ったネイルをしている右手の人差し指で俺の頬をグリグリと押す清水にイラりとしながらも本当の名前を教える。それに満足したのか「伊織ね」と俺の名前をつぶやいた。
「ねぇ、伊織君は部活決めた?」
「入らない。そもそも、俺は基本的に毎日午前中で早退する」
「えっ? 出席日数とか大丈夫なん?」
「卒業後の進路も決まっている。建前上高校に通うだけだ」
「ええ~、もっと学校生活楽しもうよ!」
「学校生活より人生楽しんでいるので遠慮する」
タイミングよく到着したバスに乗り込む。雛鳥のように俺の後ろをついてきた清水が俺の隣に当然のように座る。何故こんな時に限って単独の席が空いていないんだ。
ゆっくりと動き出したバスだったが、対照的に清水のなぜなぜ攻撃は速度を増す。
「ねぇねぇ、なんで午前中で早退するの?」
「……そうしないと仕事に差し障るからだ」
「仕事ってなーに?」
「職業、生業、業務。好きなものをどうぞ」
「そうじゃなくてー!」
プリプリと怒る彼女にハハハと乾いた笑いで反撃し、初日故スカスカな鞄に数枚だけ入れていたフライヤーを渡す。そのフライヤーには『ネスト』と大きな文字が躍る、俺の経営するライブハウスが写されていた。
「チラシ?」
「フライヤーと言え。それが俺の店だ。俗にいうライブハウスって奴だ」
「む、知ってる。バンドとかがオウイエーする場所!」
「お前のバンド印象浅いな」
「シツレイ!」
再びウリウリと俺の頬を指でグリグリと押す清水に呆れながら、湯水のように湧き出してくる彼女の雑談に適当に相槌を打つ。
そんなことをダラダラ続けていると、徐々に目的地の新宿駅前に近づいてきた。下車の準備をする他の乗客たちと同じように荷物をまとめていると、清水の表情が微妙に曇っていた。
「降りるぞ」
俺のその言葉にハッとした清水はヘラヘラと笑って鞄を抱える。
どうにも彼女の態度が不審で、何故だか放っておけなかった。
「じゃ、また明日ね」
明らかに作り笑いをした彼女に、思わず俺は声をかける。
「おい、清水」
「……なーに?」
「あー、そのだな」
俺たちの降りたバスがビープ音を立ててドアを閉め、エンジンから低音を発しながら出発する。今から俺がやることは、ただのナンパにしか見えないんだろうな。
「予定がないなら、店に来るか?」
思いもよらなかったであろう俺の言葉に、清水の目は大きく見開かれた。
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