ロールブレイカー ~前世の知識でシステムバランス崩壊~

犬宰要(けんざいかなめ)

不遇のタンクと古代文明の謎

第1話「街道の出会い」

「た、助けっ!」


 息を切らしながら、獣人が街道を駆け抜けていく。大きなバッグを背負い、必死に何かから逃げているようだった。片手に握られた剣で後方を牽制しながら、誰かに助けを求めている。


 その後ろから、巨大な影が地面を揺らしながら追いかけてくる。体長は人の三倍はあろうかという四足歩行のモンスター。大きな爪と牙を持ち、体毛は小型のナイフが敷き詰められたように生えている。体当たりするだけで相手をずたずたにできる、攻防一体型の危険な生物だった。


 レエヴンは逃げる獣人とモンスターの間に躊躇なく割って入った。


「討伐開始!」


 左手に装備している小ぶりな木製の盾を構える。迫りくるノートリアスモンスターの大きさは自分の三倍はある。ノートリアス級と呼ばれるこの手のモンスターは、通常複数人のパーティでなければ討伐は不可能とされている。単独で立ち向かうなど、常識的に考えて自殺行為だった。この木製の盾で防げるはずがない。誰がどう見てもそう思うだろう。


 目の前に餌が来たことで、モンスターは大きな口を開き、牙を向けてレエヴンに襲いかかった。その巨大な爪の一撃は、どんな相手でも容易にミンチにできる威力を持っている。


「甘く見るなよ」


 レエヴンは木製の盾でノートリアスモンスターの攻撃を捌き、時には受け、完璧に足止めした。困惑したモンスターは、今まで誰も生き残ったことのない必殺の一撃を放つ。巨大な爪の打ち下ろし——相手をミンチにする攻撃だった。


「待ってたぜ」


 その一撃は、立ちふさがった冒険者ではなく、攻撃を放ったノートリアスモンスター自身の顔面に突き刺さった。顎下から爪が脳天を突き抜けている。振り下ろした腕は、ありえない角度で折れ曲がっていた。


「受け流し率100%からの返還率500%、クリティカル率100%にクリ倍率250%くらいかな」


 相手の力をそのまま返すのではなく、数倍にして跳ね返したのだ。ただし、木製の盾は耐えきれずに壊れてしまっていた。


「おっと、必要経費だな……」


 レエヴンはあたりを見渡すと、逃げ惑っていた獣人が呆然と立ち尽くしているのを見つけた。


「よっ、あんた大丈夫か?」


 片手を上げて助けた獣人に挨拶をする。


「は? え?」


 今起きたことが信じられないという表情だった。この世界の常識では、今の光景はありえない。相手の攻撃を受け流し、何倍にもして跳ね返すなど——。


「あ、あなたは一体!?」


「ああ、オレは冒険者だよ」


 レエヴンはカードを取り出した。そのカードはミストロットと呼ばれており、持つ者には特別な力を与える古代のアーティファクトだ。彼が自己紹介のようにカードの形をしたミストロットを助けた人に見せる。


「え!? タンクロール?? 荷物持ち??」


 だが、彼が持っていたミストロットは外れだった。冒険者たちには使えないとされている者である。唯一の長所は頑丈であることだが、火力がなく戦闘に貢献しない。やれることは荷物持ちくらい——いわゆる不遇ロールだった。


「あ、いや、すまない。古物商会ヘイズテリアルの者だ。助けてもらって感謝します。それよりも先ほどの強さは一体? タンクロールなんですよね……?」


 助けられた獣人は困惑しながらも、礼を言った。しかし、その表情には「なぜこんなことが可能なのか」という疑問が浮かんでいる。


「それよりも古代文明について知らないか? 古物商会っていうとそういう品を扱ってる。つまり色々知ってるよな?」


 レエヴンは更に前のめりになって尋ねた。モンスターを倒したことよりも、古代の謎を解き明かすことの方が彼には重要だった。


「もし何か情報を知ったら教えてくれ、オレは謎を解き明かしたい」


「あ、あんた名前を教えてくれ」


「オレの名前はレエヴン、冒険者だ」


 その時、遠くから複数の足音が近づいてくる音が聞こえた。レエヴンと同じような装備をした者たちだった。彼のパーティメンバーが追いついてきたのだ。


「ミンクス、遅かったな」


「あんたがいきなり走るからでしょ。無理だし、追いつくの厳しーし」


 レエヴンは肩を竦めながら笑った。毒々しく、悪党といっても過言ではない装備をした仲間が到着する。装備をしている者も、どことなく顔色が悪いように見える。


 ミンクスは息を切らしながら文句を言う。彼女の装備は他の冒険者とは明らかに異なっていた。


 古物商会の獣人は、この奇妙なパーティを見て首をかしげた。タンクロールなのに圧倒的な強さを見せた青年と、見るからに不気味な装備の少女。そして貴族のような佇まいなのに冒険者の格好をしている騎士風な少女と、七本の剣を帯刀している異国の服をまとっている青年。この組み合わせは一体何なのだろうか。


「それにしても、すごいモンスターを倒したんですね」


 古物商会の獣人は、倒れたノートリアスモンスターを見ながら言った。


「なんでそのモンスターの動きが分かるんだし?」


 ミンクスが疑問を口にする。


「ん? ああ、パターンがあるんだよ。こいつは右足を一歩下げた後に必ず突進してくる。そのあとに爪を水平にして、突きのような打ち下ろしの攻撃をしてくるんだ」


 レエヴン自身も、なぜそれを知っているのかよく分からなかった。ただ、何となく分かったのだ。まるで以前にも戦ったことがあるような……。


「古代文明の謎を解き明かしたい」


 レエヴンは再び古物商会の獣人に向き直った。


「紐解いていくとそこには古代文明の嘆きが隠されていることもある。オレが興味があるのは、失われた技術や知識なんだ」


 その言葉を聞いて、古物商会の獣人は何かを思い出したような表情を見せた。


「実は……最近、妙な遺跡の話を耳にしまして。街道沿いにいくつか突き出ている柱のようなものがあるでしょう? あれについて調べている学者がいるんです」


「本当か!?」


 レエヴンの目が輝いた。ついに古代文明への手がかりが見つかったのだ。


「詳しいことは街で聞いてください。私はこれで失礼しますが……またお会いできたら、その時はもっと詳しい話を」


 古物商会の獣人は深々と頭を下げると、街道を再び歩き始めた。


 レエヴンは地面に突き刺さった柱のようなものを見上げた。今まで何となく見ていたそれが、突然大きな意味を持って見えてきた。


「なぜあいつはあのスキルが使えるんだ!?」


 遠くで、今の戦闘を見ていた他の冒険者たちがざわめいている。


「し、知りません!」


「足手まといのタンクロールじゃないのか!?」


「そ、そうだ。お前はタンクのはずだろう!」


「ああ、タンクロールだ」


 レエヴンは堂々と答えた。彼らが理解できないことは分かっていた。しかし、それは問題ではない。重要なのは、古代文明の謎に一歩近づけたことだった。


 ミンクスは仲間の反応を見ながら、小さくため息をついた。


「あーし、なんか面白いことになりそうだし、楽しみだし」


 レエヴンは倒したモンスターを見下ろしながら、自分の手を見つめた。なぜこんなことができたのか。なぜモンスターの動きが分かったのか。そして、なぜ古代文明にこれほど惹かれるのか。


 はっきりとは思い出せないが、確かに知っている感覚があった。この世界には、まだ解明されていない大きな謎が隠されている。そして、自分こそがその謎を解き明かすのだと——。

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