第33話 魔法少女ルーちゃんと宇宙間最終小戦争 ②
言葉通り、椎名さんはきっかり十五分後に田園に現れた。誰も乗っていない車椅子を押しながら。
夜の田園地帯に、美人が
椎名さんは、ボロボロの地形とギタギタの私を見て一瞬表情を失っていた。
だが、そこは椎名さん。
「派手にやったね」
と、それだけ言ってあとは普通に接してくれたのだ。
崩壊したグネグネのあぜ道の上を、器用に車椅子を押しながら椎名さんが近づいてくる。
よく見ると、今日も彼女は刀のようなものを背中に背負っていた。田園の中に横たわる私を見下ろす彼女。椎名さんの真上では、欠けのない月が空で笑っている。
「ブリギオル? だっけ。やつらのボス的存在を倒したんだって?」
「はい、なんとか」
もしかしたらその残骸がまだ私の中にいるかもしれないとは、一応伝えないでおく。まだ私は椎名さんと博士を完全に信用したわけではないから、弱みになるかもしれない部分は隠しておいた方がいいだろう。
「博士も喜んでいたよ。ブリギオルの死体はないのかな? 解析すれば、博士にも君にも利益があると思うけど」
「それが、ブリギオルを倒してからしばらくすると、塵のようになって消えてしまったんです」
これは、嘘ではない。
「そっか。それは残念」
目を細めて笑う椎名さん。
彼女は車椅子を脇に置いて、私に手を差し伸べてくれた。彼女の手を掴む。すると椎名さんが、その細身のどこにそんな力があるのだと首を傾げたくなるほどの怪力で私を田園から引き揚げた。彼女はそのまま、私を空の車椅子に座らせる。
「ごめんね、今回はこれしかなくて」
「はぁ」
なんで
と、突っ込みたい気持ちを抑え、助けてもらっているという立場を思い出した私は素直に礼を言うのだった。
「ありがとうございます。助けてくださって」
「いいんだよ。で、どこまで送ろうか?」
「とりあえず、
椎名さんにラボまで運んでもらうという案は、ゲトガーと話し合いをして決めたものだ。そこで私は、春木博士の正体を直接突き止めるつもりだ。
正体のわからない相手のアジトに、全く力が使えない状態で向かうのは合理性に欠けるとゲトガーはずっと言っていたが。
『大丈夫。なんとかなるって! 殺されそうになったら殺し返せばいいんだから! 方法? そんなのはそのとき考えるよ!』
と、私の脳筋案でゴリ押し続けたら。
『まあ、殺すなり実験なりするなら、最初に俺らが訪れた時にやってるか……。わかった。いこう』
言って、ゲトガーはしぶしぶと折れてくれたのだ。案とは? 話し合いとは? 一体なんだったのか。
毎回ごめんね、ゲトガー。
「この場所は、このままにしてていいんですか?」
「うん。うちのものに直させておくよ」
椎名さんの言い方から、ラボのメンバーは博士と彼女だけではないということが窺い知れた。
もしその人たちが全員敵なら、少し面倒なことになるかもしれない。
……うん。ゲトガーになんとかなるって言ったけど、なんともならないかも。
そういえば博士は、研究所の中にはエイリアンに対抗する
うーん、なんだか。研究所に向かうのはすごく悪手に思えてきた。
まあ、いっか!
私の頭では、難しいことはなにも考えられない。
椎名さんは、私を乗せた車椅子をしばらく押して、夜の公園に入っていった。周りに誰もいないことを確認し、公園の端にぽつりと立つ電話ボックスに近づいていく。
椎名さんは私を右腕だけでひょいっと抱え、片手で器用に畳んだ車椅子を左手に持って、電話ボックスの中に入った。
私は、両手が塞がった椎名さんのために受話器を取り、彼女の顔に近づけた。
「ありがとう。気が利くね」
椎名さんが私に礼を言ってから、受話器に向かって呪文のようなものを唱える。
「ギンコ、アイゼンフート、カメーリエ、ラップス、キルシュブリューテ」
しばらくすると、電話ボックス自体が振動し床がゆっくりと下降していく。
一分程度の下降を経て、私たちは分厚い扉の前に到着した。
「この扉はラボ直通だから、このままいくね」
私と車椅子を両脇に抱えたままの椎名さんがセキュリティ認証を済ませると、大仰な音を立てて扉が開いた。中から漏れる光が、私たちを招待するかのようだった。
「一応、なにが起きてもいいように心の準備をしておけよ」
小声で言うゲトガーに、私は小さく頷いて返事をした。
私は、椎名さんの手によって再び車椅子に乗せられた。体の方は随分と回復し、今なら手足の先くらいなら動かせそうだ。が、この情報はまだ椎名さんには伏せておこう。
扉を越えた先は、以前きた時と同じ大部屋であった。しかし、入ってきた扉が違うようで、今回は博士の背中ではなく横顔が見えた。
相変わらず机に向かってなにかしている春木博士が、私たちの存在に気が付いたようで、ひらりと片手をあげた。
「ああ、おかえりなさい。椎名さん。それに、閏さんも。よくきてくれましたねぇ」
相変わらずの覇気のない表情と声で、合法ロリエイリアン馬鹿こと、春木博士は私たちのことを歓迎してくれた。
「ブリギオルを倒したんですってねぇ」
「はい。ぎりぎりでしたけど。なんとか」
私が言うと、博士は満足そうに頷いた。
「それはそれは。お疲れさまでした」
私に向かって小さく頭を下げる春木博士。思わず私も、彼に倣って会釈をしてしまう。
「あの、博士。委員長は……。もう一人のエイリアン憑きの子はどうなりました?」
「それが、まだ解析が上手くいってなくてですねぇ。井黒さんなら、まだあちらの部屋で眠ってますよ。まあ、中の……彼女の人格が目覚めることはないでしょうがねぇ」
「そうですか」
委員長はもう駄目でも、ルドヴィグはまだ生きているようだ。
「閏さんの方はどうですか? 自身のパワーアップはかなり進んでいるようですが」
「見てわかるんですか?」
「僕の眼鏡は特別制ですからねぇ。あなたの中のエイリアン濃度が高くなってきていることはわかりますよぉ」
春木博士は、わざとらしく指で眼鏡の位置を直してみせた。
「その調子だと、魔法少女には着実に近づいているようですねぇ。では、盟約者の方はどうですか? 誰か候補などはいました?」
……きた。
私は、穴が空いてしまうほどに春木博士の顔を凝視するが、彼の笑顔ははりついたようにびくともしない。これでは、博士の感情を読み取ることができない。それとも、彼は心の底から笑っているだけなのか。
「私は」
そこで言葉を切り、私は視線の先に博士を据えて言う。
「私とゲトガーは、盟約者は博士じゃないかと思っています」
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