第24話 魔法少女ルーちゃんの日常。と、その崩壊。 ④


 学校を離はなれる。辺りを新緑に囲まれた遊歩道を歩く。


 相変わらず空は澄み渡っていて、雲も星もUFOも、どこにだって存在しな……。

「い?」


 きらりと。空でまたたいた光芒こうぼう

 それは、海よりも広大な青の中を我が物顔で横切って。すぐに空のどこかへと消えてしまった。


 今のはなんだったんだろう。真昼の流れ星?


「ゲトガー。今の見た?」

「いや。なにかいたか?」

「もしかしたら、UFOかもしれない」


 私は今日、コンタクトを付けてきている。

 他の人には見えていなくても、あれがUFOなら私にだけは見えているはずだ。逆に、誰か他の人にも見えているのならそれはUFOではないと言えるだろう。ゲトガーのときのように、迷彩機能が故障していなければ。


「そういえば。ゲトガーは目がないけど、見えてるの?」

「見えている。お前の首から、三百六十度」


 ふぅん? だからゲトガーはルドヴィグから逃げていた際に回避の指示ができたのか。


「飛行物体だったらまずいな。きっと俺たちを殺しにくるぞ」

「魔法少女になるためのエサが向こうからやってきてくれるとは、ありがたいね」

「まあ、お前ならそう言うか」

(――ルドヴィグの寄生紋パロテクトを一部食ったんだ。今更こいつが雑兵に殺されるとは思わないが。問題は何匹やってくるか、だな)


「エイリアンがくるかもなら、腹ごしらえしよっか。ゲトガー」


 帰路から逸れ、私はコンビニに寄った。

 うまい棒二本と、ガリガリ君二本を買う。

 会計をしてから思ったのだが、どうやら私は無意識のうちにゲトガーの分まで購入してしまっていたようだ。本当は、一人分でもいいのに。


 再び帰り道を歩きながら、私はガリガリ君の袋を二つとも開けた。


「二個も食うのか?」

「一個はゲトガーに、だよ」

「む?」


 右手で持ったガリガリ君を自分の口に含み、左手で持ったガリガリ君を首の包帯の間からゲトガーの口に突っ込んだ。辺りには誰もいないようだから、きっと大丈夫。


 歩きながら、二人して、静かに氷菓を口に含む。ソーダ味は西日で火照った私たちの体を優しく冷やしてくれた。


 アイスの表面に浮かぶ水滴が垂れないように気を付けながらアスファルトを踏みしめる。


 バクバクとアイスを食べながら、ゲトガーが言う。


「見返りは?」

 あまりにもなゲトガーの物言いに、私は思わず吹き出してしまう。

「……あはは。なにも求めないよ」

「なんだ。俺はてっきり、デルデドの情報でも吐かせるつもりかと思ったぞ」


 どうやらゲトガーは、もうガリガリ君を食べ終わったらしい。首の口からアイスの棒を抜き取る。そこにはゲトガーの鋭い歯型が付いた普通の木の棒が存在した。はずれ。


「じゃあ、その情報をちょうだいよ。ゲトガーの仲間の話、聞かせて」

 アイスの最後の一口を棒から引き抜く。こっちもはずれ。


「俺には仲間なんていない。お前らの言う、友達というやつもいない。だから、話せることは少ない」

「ゲトガーは孤独なんだね。私といっしょじゃん」

「お前なんかと一緒にされてたまるか」


 毒を吐くゲトガー。ひどいなー。デコピン。

「いてっ! ……俺が知っているのは、ブリギオルと、今回一緒にきたルドヴィグのことぐらいだぞ? ブリギオルは王だし有名だから知っていて当たり前だが、ルドヴィグに関しては今回、地球にくる際に初めて話した」

 そうなんだ?


「それにしてはなんか、昔からのバディ感醸し出してなかった?」

「そうか? 俺は仕事に徹していだだけだが。同僚との円滑なコミュニケーションは仕事をする上で最重要だろう」


 私は、ゲトガーの言葉に思わず感心してしまった。

「ゲトガーってもしかして有能なの? 君が人間なら、地球ですぐに出世できそうだね」

「ああ。寄生したのがお前じゃなかったら地球探索という任務は滞りなく進んでいただろうよ」

(――本当に運が悪かった。しかし)


「お前の瞳が映す世界は新鮮だ。これは、お前以外に寄生していては味わえなかった感覚だろう」

「感謝してもいいんだよ?」

「するわけないだろう。いいことと、お前が呼び込む災難の量との釣り合いが全く取れていない」

 真面目なトーンで言われてしまった。


「ルドヴィグは? どんなやつなの?」

 言いながら、私はうまい棒を二本開封した。コーンポタージュ味。


「少ししか話してないが、あいつはわかりやすいな。野心家で革命家きどり。自分が一番凄いと信じて疑わないピュアな野郎だ。地球にくる際も、どうやったら星に貢献できるか。地位を高めたら俺はどうするか。未来のことばかりを話していた」

「ふーん。なんだか、ゲトガーとは正反対って感じだね?」

「そうだな。俺は冷静で合理的だ。……む。これ美味いな」


 ゲトガーは、自分の口に突っ込まれたうまい棒を咀嚼しながらそう言った。ゲトガーは、チープな味の物がお気に入りなのかもしれない。

 ……まあ、私が安い物しかあげてないだけなんだけれど。


「性格が正反対だからこそ、あえて二人が地球探索班に選ばれたんじゃない?」

「いや。俺はブリギオルに直接選ばれたんだが、実は、ルドヴィグは自分で立候補したんだ。野心家のあいつらしいが……」

「ふぅん」

(――迷彩機能が故障していたことといい、なにかひっかかるんだよな)


 私は、うまい棒を顔と首の口に全て入れた。二人で黙って咀嚼し、同時に飲み込む。


「じゃあ、ブリギオルについても教えてよ」

 私の問いにゲトガーは、ああ、とだけ短く呟いた。


「最初に言っておきたいことだが。もしもブリギオルに出会ったら、すぐに逃げろ」

「どうして? 死ぬから?」

「死ぬだけじゃない。無残に死ぬからだ」


 なんだそれ?

 私は首を傾げながら顎の辺りを掻いた。


「別に私は、今更どんな死に方をしても構わないけど」

「お前は本当、緊張感のないやつだな」

「完全な魔法少女になる前に死ぬのは嫌だけどね」

「はいはい」

 軽くあしらうゲトガー。私の扱いに慣れるな。


「俺らの住む星……今回は、おっさんの言葉を借りてデルデド星と呼称しよう。ブリギオルはデルデド星で一番偉い王のような存在だ。それでいて、死ぬほど強い」

「どのくらい? 私より」

「当たり前だアホウ」

(――こいつはどれだけ自分に自信があるんだ?)


「デルデド星と他の星との間で、戦争が起きたことがある。きっかけは確か、漂流するゴミが邪魔で、その発生源がどちらの星かでもめたとかそんなしょうもないことだ」

「そんなしょうもないことで戦争をしないでよ」

「ちょっと、黙っててくれるか? 一旦」


 怒られてしまった。私はふてくされて、うまい棒の袋を手で摘まんだり引っ張ったりして遊んだ。楽しい。


「デルデド星と敵の星の戦力差は歴然だった。こちらが二百の軍勢だとしたら、あっちは二千はいた。ざっと、十倍だな」

 ゲトガーは、淡々とそう語る。

 今しれっと、デルデド星人の勢力について言及したな。ブリギオルがこなくても、ルドヴィグみたいなやつが二百人近くも一気にきたら、さすがにやばいんじゃない?


「言っとくが、ブリギオルはデルデド星人が二百人たばになっても勝てんぞ」

 私の心を読んだかのように、ゲトガーが言った。


「まあ、ともかく。もう予想はできていると思うが、二千の軍勢を相手に、ブリギオルはたった一人で挑んだんだ。それで、あいつ一人で敵の星を壊滅させやがった」

 話が荒唐無稽すぎて、ちょっとよくわからない。


「ふぅん」

「少しは驚いたりしろよ、感情ないのか脳髄マシーンガール」

「いやいや。十分驚いてるよー」


 食べ終えたうまい棒のゴミをコンビニ袋に入れ、縛る。


「ブリギオルはどうして一人で戦ったの?」

「あいつは、デルデド星人全員を家族のように思っている。だからあいつは、他のデルデド星人を傷つけたくないんだ」

「いい人……いいエイリアンじゃん」

はたから見ればそうかもな。おっさんが俺たち全員のことを指して義理堅い性格とまとめていたが、その印象も、デルデドを代表するブリギオルからくるものだろう」


 ゲトガーの語り口からは、自分の星やブリギオルを称賛するような感情は読み取れなかった。


「まあ、ルドヴィグとブリギオルについてはわかったけどさ。ゲトガーについても教えてよ?」

 腕組みをしながら言う私に、ゲトガーが気の抜けた返事を返した。

「俺?」

「うん」


 気が付けば私たちは、人里離れた田園地帯に足を運んでいた。帰路から離れ、適当に歩きすぎたかもしれない。


 暮れかける夕景が、水田に映りこむ。その上に影を刻むのは、私だ。

 蛙たちの歌を聞きながら、私はなんとなくあぜ道を歩く。泥が靴に付くことも気にせずに。


「ゲトガーは、どうして友達が一人もいないの?」

「お前にだけは言われたくないんだがな」


 ゲトガーの苦笑が涼風に乗って、消える。

「その方が合理的だからだ。他人と一緒にいると、考え事が一つ増えるだろう。常に自分以外のなにかに気を割くのは窮屈だし、非合理的だ。だから俺は、一人で生きたい」

「なんて冷たいエイリアン」

「黙れ」

「きみの理想に反して、私と一緒になっちゃったね。残念」

「うるさい」

「……ふっ。ま、お前といるのも意外と悪くないがな……。お前だけは特別だ、ルー」

「勝手に俺の心の声を代弁するな。俺が思ってもないことを。くそっ、脳がかゆくなる」

 咳払いをしてから、ゲトガーが続けた。


「小娘。お前はどうして一人で生きている」

「え、私? 私は……」


 視線を前にやる。

 山の稜線を茜色に浮かび上がらせているのは、空からそそぐ陽光。

 この太陽の光は、ゲトガーの星をも照らしているのであろうか。熱いオレンジの灯火が、私の瞳でも燃え上がる。


「運がなかったんだよ。私は、家でも学校でもどこでも、誰からもゴミ箱の中に捨てられたボロ雑巾みたいに扱われた」


 つんとする痛みが、喉を乱暴にくすぐった。


「絶望の中、魔法少女だけが私の生きる希望だった。魔法少女になるために、死なないために生きていたら、いつの間にか周りから人はいなくなっていた。おかげで生きやすくなったけどね」

「そうか」

(――だからこいつは、病的なほどに魔法少女に固執するのか。この終わった性格は、育ってきた環境が生み出したものなのだろう。だから、恐らく、この小娘に罪はない。たぶん。きっと)


「……」

「どうしたの? ゲトガー」

「いや……」

(――なんだ? この感情は。俺は、こんなモンスター娘に同情しているとでもいうのか? 馬鹿げている。馬鹿げている、が。しかし、まぁ……)


「死ねない理由が一つ増えたかもな」

「え? なんて?」

「ふん。なんでもな――」


 ゲトガーの言葉が、途中で途切れた。

 それもそのはず。私も、急に目の前に広がった光景を見て、息を呑んだ。


 唐突に、辺りに漂う気配が変わる。

 瞬きを一つする間に。


 世界が、様変わりしてしまっていた。


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