第13話 新米魔王少女ルーちゃんと愉快な仲間たち ②


 椎名さんとともに森の中を散策した。

 辺りはルドヴィグが散らした木の残骸が多く、少し移動するだけでも一苦労だ。


 やばい。早くしないと委員長の死体が動物に持っていかれちゃうかも……。


「ゲトガー。委員長って死んだのかな?」

「どうだろうな。ルドヴィグの寄生紋パロテクトは半壊したから、死んでいるとは思うが。まあ、生きていてもあの娘の意識が戻ることはないだろうよ」


「そっかー。いやさ、死んでたら食べやすいけど、生きてたら食べづらいからさ。あ、その場合は殺せばいいのか」

「もう、突っ込まねぇからな」

 ゲトガーが呆れたように言った。


「申し訳ないけれど、閏さん。彼女の死体は食べないでほしいな。あの死体は博士が研……丁重に葬るからさ」

「えー。じゃあ、一部だけでもいいですからー」


 命を助けられた手前、椎名さんには強く出られないなぁ。

 表面上は従うフリをしておこうかな。


「うーん。そうだね。君の体内のエイリアン……ゲトガー君、だっけ。彼の濃度を高めたいなら、寄生紋を少し食べるだけで十分だと思うよ。なにも、肉を食べなくても」


「へー。そうなの? ゲトガー」

「そうだな。今、お前の体の中で一番俺の濃度が濃い部分が首だ。それと同じで、ルドヴィグの寄生紋にも、たっぷりと俺にとっての栄養が入っている」


「じゃあ、それで手を打ちましょう、椎名さん。私は委員長の寄生紋を少しいただく。あとはそちらにお渡しする。これでどうですか?」

「うん。わかったよ」


 そのまま私は、椎名さんが操縦する手押し車の上に乗っていた。

 これはなにも、出会ったばかりの椎名さんに労働を押し付け、自分だけ楽をしている図々しきことここに極まれりなルーちゃん、というわけではなく。ただ単純に、初めての変身の反動が大きくて体が上手く動かせないのである。


 右腕だけでこれだと、全身変身すれば私はいったいどうなってしまうのだろうか。まあ、少しずつ変身に慣れていけばいいのだろうけれど。


 椎名さんが押す手押し車の中で揺られながら、私は気になっていたことを彼女に訊ねた。


「そういえば、私たちこんなに大規模に暴れたのに、野次馬とか全然やってきませんね」

「それは、彼らの迷彩技術の賜物たまものだよ。ね、ゲトガーくん」


 椎名さんが私を見下ろす。きっと、ゲトガーのことを見ているのだろう。


「彼らは、薄い透明の布のような道具を有している。ただ、これは生命を覆っても効果が薄いらしいんだけどね。……それを使用し、この森全体に大規模な迷彩効果を生んだんだ。また、飛行船にも迷彩機能は搭載しているようだが、今回そちらは上手くいかなかったらしいね?」


(――こいつ。どこまで俺たちの事情を把握している?)

「……女。お前、どうしてそこまで俺たちの技術に詳しい」


「私が詳しいのじゃなくて、博士が詳しいだけさ。褒めるのなら博士を褒めてね。宇宙人くん」

「おい。地球には厄介な人間しかいないのか?」

「あはは。その中には私のことも含まれているのかな?」

 椎名さんが楽しそうに笑う。


「でも、どうしてゲトガーたちがこそこそと行動する必要があるの? 地球を侵略しにきたのなら、もっと派手に動けばいいのに」

 そこまで言って私は、ゲトガーとルドヴィグがなにを目的として地球にきたのか、それすらも知らないことに気が付いた。


 私は、ゲトガーのことを知らない。なにも知らない。

 成り行き上とはいえ、今はこうやって一つの体をいっしょに生きているのに。

 うーん。

 ……拷問したら、教えてくれるかな?


「俺たちは、ただの偵察隊だからな。まだ目立つわけにはいかない。だから迷彩を施した」

 と。

 意外にもゲトガーは、自分の立場を明かしてくれた。それが事実かどうかは私にはわからないのだが。


「君たちの目的は、やっぱり地球侵略なのかい?」

 椎名さんの問いに。

「さあ。どうだかな」

 ゲトガーは余裕そうに答えた。


「歯、全部折っても言わない?」

 私が右手を開いて首に向けると。

「言わ……言わ、なない」

 ゲトガーは震えながら答えた。


「まあ、今は折らないよ。必要に駆られたら折るけど」

「折るのかよ」


「そういえば、どうして私と委員長は森を認識することができたの? 迷彩がかかってたんだよね?」

「あん? 森に迷彩を施したのは、俺たちが着陸してからだからだろ」

「ふぅん。じゃあ、椎名さんもずっと見えていたから、私たちを追いかけてこられたんだね」

「それもあるけれど。私は迷彩を無効化できるコンタクトをしているからね。どっちにしろ、私には見えているよ」

「それも、博士って人が作ったんですか?」

「そうだよ」

「嘘だろ? おい。そいつの知能だけ地球の文明レベルを超えすぎだ。そいつは何者なんだよ?」

「んー」


 椎名さんは誇らしげに、テストで百点を取った息子のことをママ友に自慢する一般的ないい母みたいに、こう言った。


「ただの天才だよ」


 そこまで言って椎名さんは、前を向いたまま足を止めた。

「ん。話をしていたら……。いたね」


 椎名さんの足の先。

 うず高く積まれた木々の残骸の上。


 そこに、手足を投げやりに投げ出した、生気のない委員長の姿があった。

 そう、見た目はほとんど委員長に戻っていた。頭上に咲く、一部が欠けた寄生紋パロテクトを除いて。

 あと、制服が破けてほとんど半裸であった。あれま。


「胸が上下してる。よかった。まだ息はありそうだね」

 そう言って、椎名さんは手押し車を傍らに置いて委員長の救出に向かった。


「……あいつは無事じゃあねぇぞ」

 ゲトガーは、静かに口を開く。


「再生能力もあって、肉体は無事のようだが、中身はルドヴィグだ。脳を完全に支配されちまってるからな。もうあの娘はお前の知ってる娘じゃない。娘は死んだ」

「うん。知ってるよ」

 私は、無感情で、無表情で答える。


「寄生紋が、粉々じゃなくってよかった」

「……。だな」


 しばらくすると、椎名さんが委員長を横抱きにして木片の山から降りてきた。委員長には、椎名さんが着ていたであろう上着が被せられていた。


「それじゃあ向かおうか」


 椎名さんは、委員長を手押し車に押し込んでから言った。狭いっす。


「どこへですか?」

「ふふ」


 彼女の口元がシニカルに緩んで。


「私と博士の、研究所ラボ、だよ」

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