第11話 ありえんほどにエイリアン ⑪


「すまないが、今はこれが限界だ」

「ううんッ! 十分だよ!」

「少し、敵っぽいか? 見た目」

「……プッ、あははっ!」

 エイリアンに気を遣われ、思わず私は微笑んでしまう。


「いや、かっこいいよ。ありがとう、ゲトガー。私は、まどかちゃんより、ほむらちゃん派だから」

「? そうか」


 横合いを流れるルドヴィグの木の腕に爪を刺し、体勢を整えてから、私はそのまま腕を伝ってやつの巨体に向かって駆け上がっていく。


「これが、変身。あとはステッキと魔法だが」

「うん」

「お前の魔法とステッキは、両立している」

「どういうこと?」

「爪ではなく、右手の平でなにかに触れてみろ」


 私はゲトガーの言葉に従い、顔面めがけて飛んできたルドヴィグの拳を右手の平で受け止めた。


 踏ん張りはしたが、山のような巨体の一撃を片手で受け止めきれるはずもなく、私は後方へと吹き飛ばされる。

 宙を回転しながら右手を確認すると、そこにはルドヴィグの木の欠片が握られていた。


「強く握り込め」

 ゲトガーの言う通りにすると、その木片はぐしゃりと潰れて姿を変え、方々(ほうぼう)から黒い牙の生えた禍々しい木片の剣となった。


「それがお前の魔法だ。そして、ステッキでもある。俺たちの種族は、触れたものに対して自身の影響を及ぼすことができる。今のルドヴィグがいい例だ。その力を応用し、触れたものをステッキ……つまり武器に変える魔法に仕立て上げてみたんだが、どうだ?」

(――少し無理やり過ぎただろうか?)


「……ぅ。……ぐす」


「娘?」

(――泣いているのか? まずい。やはり、魔法とステッキを一括りにしたのは手を抜きすぎたか? 殺され――)


「かっこよすぎるよぉ……。こんなん、最初は敵だったけど後半で味方になって人気投票ではいつも主人公と一位の座を取り合うほどの人気のあるクール系の魔法少女じゃんかぁ……」

「……」

(――感激の涙だったようだ。こいつ、案外扱いやすいぞ?)


「小娘。そのステッキには俺の力が込められている。普通の武器よりは多少威力が出るだろう。それを駆使しながら、ルドヴィグの体を駆け上れ」

「オーケー。なにか上に弱点があるの?」

「……ああ」

(――娘にはあまり俺たちの弱点を晒したくはないが、そうも言っていられないだろう)


寄生紋パロテクト。俺たちが他の生物に寄生すると、紋様が頭のどこかに現れる。それが俺たちの弱点だ。ルドヴィグの寄生紋を叩き壊せば、俺たちにも勝機はある」

「なるほどね。だからゲトガーの牙を殴ると悶絶するんだ」

「わかったら二度と殴るなよ。クソが」

「どうしよっかなー」

「おい」


 私はにははと笑ってから。

「というか、絶対にその弱点を狙わないと駄目なの? あいつ、私の片耳吹き飛ばしたから両耳えぐってやりたいんだけど」

(――こいつ、こわっ)


「駄目だ。そんな余裕はないことぐらいわかるだろう」

「わーかったよー」

 呟きながら、私は目の前を蠢く幹に向かって木片の剣――ステッキを一閃。

 すると、なんの抵抗感もなく、ルドヴィグの腕の一部が切断され、道が形成された。


「凄いじゃん、ゲトガー」

「これでも出力はかなり低い。頭のおかしい誰かが脳を弄ったせいで、俺の本体が髄液とともに外に流れ出てしまったからな」

「そんな人いるんだ。怖いね」

「ああ。どうやらそいつは、脳を垂れ流しすぎて記憶を少し失っちまったらしい。かわいそうなやつだ」


 私は、左手で首にデコピンをしてから。

「思ったけど、ゲトガーってなんだか魔法少女の使い魔とかマスコットみたいだよね。アドバイスとかくれるし」

「そうなのか?」

「だから、なんかかわいい名前で呼んでいい? きばまる、とかどう」

「絶対にやめろ」


 ルドヴィグの攻撃を避け、ステッキで防ぎ、先へと進む。


 ステッキで道を切り開きながら、私はなんとかルドヴィグの肩の辺りにまで辿り着いた。ステッキは、ボロボロになる度にルドヴィグの樹皮から拝借して、取り替えた。


 木で編まれたルドヴィグの巨大な顔は、元の委員長の面影を残してはいなかった。その顔の上には、枝……いや、幹を織り込んだような冠が浮かんでいる。

 その姿はさながら、森に巣食う深山幽谷の天使のようで。


 私は、胸に手を当てて深呼吸をした。表情を引き締めて前を向く。


 新米の魔法少女と、巨躯のエイリアンが対峙する。

 お互いの道は分かたれた。私と委員長、そしてゲトガーとルドヴィグの立場は半分同じで半分は違う。


「じゃあ、終わらせるよ。委員長、ルドヴィグ」

 なんて恰好はつけているけれど。ゲトガーの再生は追いつかず体はボロボロで、初めての変身で体力も根こそぎ持っていかれている。

 はやく終わらせないと、気を失ってしまいそうだ。私は今、立っているのもギリギリの状態であった。


 山々が鼓動する。ルドヴィグが吠えたのだ。


 私は、今までに使用したステッキの残骸をかき集め、右手の爪ごとそれらを握り込んだ。それらは合わさり、一本の黒い槍のようなものが形成される。


 ルドヴィグはこちらを一瞥。

 すると、彼の体を形成するツタが。木が。幹が。枝が。葉が。根が。花が。一斉に剥がれ落ち、私に向かう。


 私は間髪入れず、ルドヴィグの幹冠……寄生紋パロテクトに向かって、槍をぶん投げる。


 強化された私の右腕による一投は風を穿ちながら直進する。

 それはさながら黒の流星が如く。

 黒曜の煌めきを軌跡にしながら、木を薙ぎ、幹をえぐり、葉を破り、根を千切り、花を散らせる。


 ルドヴィグの動きがもう少し早ければ、私の槍はルドヴィグの木の包囲網を突破することができなかったかもしれない。

 しかし、ルドヴィグは森と同化し、大きくなりすぎた。その巨体から繰り出される攻撃は、槍の一投に比べればあまりにも遅く――。


 快晴の下。木々の花火が跳ね狂う。


 黒曜の流星が、ルドヴィグの冠を貫き、うがった。


 空を割るその一投。それは、天使への冒涜であり、山の化身への反逆であり、宇宙人たちへの挑戦状であった。


 かくて新米魔法少女の私は、エイリアンを討つことに成功した。

 黒の一筋が空の彼方へ消える頃、ルドヴィグの体の崩落が始まる。


「っわ。とと」

 足場がなくなり、私はなにもない空へと放り出された。重力を思い出しながら、木々とともに一緒に地面へと落下していく。


「なんとかなったの?」

「なんとかなったな」


 様変わりした右手を、太陽に掲げる。伸びた黒の爪が少しずつ元に戻り、変容していたドレスの部分も元の制服に戻っていく。


 木片に包まれ、落下しながら、私は右手を自分の胸に抱いた。


 とにかくまあ。


 私はなんとか。

 エイリアンをやっつけて。


 それから。


 かねてからの念願であった、魔法少女になることができたのだった。

 ……右腕だけ。

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