第14話来襲

 私のマギとお兄様のセイクリッドの力でかなり旅程は縮める事が出来ている。15日は掛かろうという所を、重量軽減で馬への負担を減らし、馬の力を上げてやり、お兄様の回復を掛ける事で10日まで縮めた。あと3日以内に王子やレイニーアが気付いて追いかけて来ない限りは私達の結婚には間に合わない。


 情報網はサイとヘクト叔父様の影の間で形成している。ヘクト叔父様はとっくにこちらへ向かっている。


 何かがあればキイから連絡の梟が飛ぶ筈だ。目撃情報などが出ないよう、私とお兄様は、セイクリッドの『擬態』で髪の色も目の色も、顔立ち自体も別人のものへと変えてある。そうして街を歩き、式場までの距離や時間を計って、後は結婚指輪を2人で選んだ。ドレスもタキシードも、今度はきちんと自分達の目で選ぶことが出来た。それだけでこの別邸に来た意味があるように思う。


 宝飾品なども、デート感覚で選んで、カフェでお茶をする。あちらではなかなか出来なかった事の一つだ。変装していても相手はお兄様だ。嬉しい。町の人にはジーナとラッフェ、と名乗り、ただの結婚前の若い平民のカップルだと認識されている。


 婚姻2日前にはヘクト叔父様がこちらに到着し、同時に梟がこちらへ飛んできた。足元に巻かれた紙にはこう書かれている。


『決行日9日前。王子とレイニーアがそちらへ向かった。軍馬に軽い馬車を選んで速度を重視している、気をつけたし』


 軍馬。どうだろうか。間に合うものだろうか。中継で馬を交換出来るならば、ギリギリ間に合うかも知れない。しかし、それより何故場所が解る?これもレイニーアの知識なのだろうか。何処までパーソナルデータを知られているのかを考えるとゾッとする。


 梟を休ませてやった。水と食料を用意してそっとクッションに横たえてやる。


 ヘクト叔父様は変装した私達の姿に目を瞠ったが、「見事に平民に化けたな」と小さく笑いながら言う。


「どうする?念の為、その姿で婚姻するか?パッと見相手が踏み込んだ際に一瞬の躊躇くらいは期待できる」


「…名前さえ間違わずに記載すれば問題ないですよね」


「そうだな。あとは神父の唱える名前だけは誤魔化せん。神父は連れて来れなかった。こちらで探すことになるが、信頼できる者かどうか選ぶ余裕まではない。何せこちらの事情に明るくない」


「ヘクト叔父様は充分頑張って下さって居ます!…ドレスや指輪などは好みの物を自分で選べたのです。表面的な式だけなら何度だってやり直せます。今回は確実に記帳する事を目的としていますので、変装した姿でも構いません」


「制約が解ける日の朝一で向かうぞ。その心算で居ろ。神父を調達してくる」


 念の為、ヘクト叔父様にも擬態の魔法を使い、すっかりその辺に居る平民と変わらない姿となる。鏡を見た彼は苦笑しながら自分の顔をなぞっていた。


 前日、流石に不安と期待と緊張感で眠れなかった私は、お兄様のベッドへ潜り込み、眠れないまま2人、お互いの体温で暖めあった。朝一、眠れはしなくても緊張感で目が冴えている私達は、朝の用意を済ませ、式場へヘクトとサイと共に駆けつける。さっと着替え、薄化粧を施す。我慢だ、今回はせめてもの2人で選んだドレスと指輪だ。


 タキシードを着たお兄様は、擬態していても格好良くて思わず笑みがこぼれた。やはり私のお兄様は世界一だ。


 2人で神父の祈りの言葉と誓いの言葉を聞き、誓いのキスを交わす。いざ記帳をしようとペンを握った所でスッと神父の手が私とお兄様の手に触れる。硬い感触。魔石?のようなものが腕に触れている。2つの石が触れており、体が動かない。カッとしてマギを発動しようとするが、目の前は赤くならない。


 ヘクトが駆けつけようとした所で、バンッと式場のドアが乱暴に開き、兵と共に王子が石ごと私の腕を取る。悔しい事に純粋な力では敵わない。


「離せ…、お兄様!」

「アリル!!!」


 お兄様には兵が同じ事をしている。カアッと頭に血が上るが、薄いピンクにチカチカと目の前が点滅するばかりだ。革バンドで見えない石を更に固定され、涙が零れる。


「間に合ったな。うちにも腕のある間諜が居るとは考えなかったのか。平民に擬態しても可愛いなアリル」


「酷いですよ、こっちで式をするならもっと早く教えてくれてもいいじゃないですか!気付くの遅れて焦ったんですからね!その姿も格好良いですよデュラン様!」


 レイニーアはお兄様が動けないのを良い事に、背後からぎゅうっと抱きついている。殺すぞ。


「神父。祈りの言葉をやり直しだ。新郎は俺の名だ」


 王子の名と私の名で、祈りの言葉が捧げられる。私はそれに全力で否定の言葉を叫ぶ。


「五月蝿いな。口も動かせぬように出来なかったのか、レイニーア」


「そうなると意識ごと刈って仕舞いますけど」


「まあいい。マギを抑えるだけでも良くやった。褒美はそいつとの新居程度でいいのか?」


「うちは男爵家ですからね。新たに家を用意するのが難しかったから、それで充分嬉しいんですよ、リベル様」


 神父の祈りをそんな雑談で流し、リベル王子が記帳に名前を書く。その隣に私の名を書かせようと言うのだろう。無理矢理にペンを握らされ、私の手ごと文字を書こうと王子の手が動いた。


 嫌だ。嫌だ。女神様、お願いです。あの祝福を下さったという事は私は兄と結婚するのが最善なのでしょう!――嫌だ!!


 パキ、と小さく音が鳴り、一気に目の前が真っ赤に染まった。攻撃力のあるバリアが瞬時に展開され、リベル王子がバヂッ!という音と共に弾き飛ばされる。雷混じりの突風が5度、王子を叩きのめしながら、式場の外へと放り出した。


「お兄様!」


 お兄様の革バンドを切り裂き、お兄様が結界を展開して兵を弾くのを確認する。同じ風で飛ばして兵は式場から叩き出された。


「何なの!?紅水晶とイラクサのアミュレットがただの石に…どうやったらこんな…!!」


 お兄様へと近づこうとするレイニーアだが、結界に阻まれて近づけない。私は記帳を見た。忌々しいリベル王子の署名を睨む。小さな火で焦げる様に文字だけが消えていく。王子がふらふらとこちらへ戻ってきた時には、文字はもう消えていた。王子が目を瞠る。


「俺の名が――…」


 台の上に落ちていたペンで王子は再度自分の名を刻もうとするが、何度ペン先を押し当てても1文字も書くことが出来ない。リベル王子の目が険しく眇められる。


「やってくれたなアリル…!このままずっと記帳出来ぬなら、俺は欠陥品として王太子になる事は出来ないだろう…!これがお前の報復か!」


「貴女が心から愛する女性が出来れば、きっと文字も書けるようになるでしょうよ」


 神父に風弾を放ち、台の前から排除する。その間に台の周り3m程を私の結界で覆ってしまう。お兄様も合わせて同範囲に2重の結界が張られた。


「賄賂で動くような生臭坊主に出来た事だ、やり方さえあっていれば良いならば私が務めよう」


 ヘクトがさっと結界内に侵入し、神父の位置を取る。私とお兄様の婚姻の祈りを唱え始めた。


「~~ッ!!まだよ!」


 レイニーアが中央に葉が封じられた透明な玉を結界に押し当てると、結界がじわりと孔を穿たれていく。そんなものまであるのか。祝詞は終わり、お兄様が急いで名前を記入される。


 あけられた穴から、もふりと白い煙が侵入し、急速に意識が狩りとられて行くのが解る。私は腕に切り傷を作ってなんとか意識を保ち、意識が落ちる寸前で自分の名を書き終えた。


 すると、ぶわっと状態異常を解除する清らかな風が吹き、女神が降臨する。――あの時と同じだ…。妖精達が花を撒いて祝福してくれ、女神様が私の傷を癒してくれる。


 そしてレイニーアの方を厳しく睨みつける。この様子だと、王子は期限付きだが、レイニーアは一生記帳出来ないかも知れない――。けれど、レイニーアはそれを気にするよりも、私達の婚姻が成った事のほうが重大な事のようだった。


「嘘よ…、だってアリルは悪役令嬢で、デュラン様には私の方が…。どんなズルをしたらこんな結末になるのよおかしいでしょう!?アリル!!後は貴女が死ぬくらいしか結婚する方法がないわ!恨まないでよね…!!!」


「…それ以前にお前、多分記帳出来ないぞ」


 女神はまだレイニーアを厳しく睨みつけている。


 帳面とペンをレイニーアに渡してやる。


「ッア!!!」


 触るだけでもダメージがあるようで、手が震えている。


「そんな筈は…ッ」


 何度ぐいぐいと線を引こうとしても全く線は引けていない。レイニーアの顔が真っ青になり、漸く自分が女神に酷く睨まれている事に気付いたようだ。


「何故!!世界に愛されている筈の私を女神が!?これも貴方の仕業なのアリル!?」


 血走った目で私を睨みつけるレイニーア。


「この世界はゲームじゃない。皆生きてる、現実なんだレイニーア!!」


「馬鹿な事を言わないで!エンディング…バッドでもハッピーでもいい…エンディングにさえ辿り着ければまたやり直し出来る筈なんだから!!今回がもしダメでも、次の周回ではあたしが勝つわ!!」


 風でペンと記帳を回収し、レイニーアを突き飛ばす。


「目を醒ませ!そんな事はありえない!お前が居ようが居まいがこの世界は続いていくんだ!」


「うるさああああああああい!!」


 それまで怒りの表情で睨んでいた女神が、悲しさに顔を歪め、涙を流し、式場は光に包まれた。

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