第13話 思い通りにならない憤り

《sideカルナ》



 私の胸の奥は、まだ怒りが煮えたぎっていた。



 あの男、奴隷を従えると公言して、はばからない悪党。


 ギルドの扉をくぐって去っていく背中を見ながら、思わず奥歯を噛み締めて、歯ぎしりしてしまう。



「……ふざけてるわよ。あんな言い草……!」



 椅子に腰を落とした瞬間、拳を机に叩きつける音が鳴った。周囲の冒険者たちが一瞬びくりとしたが、カルナは気にも留めない。



 グルガンが医務室に運ばれていく。



 それを横目で見ながら、静かに座るセフィーナが、紅茶のカップを手にしながらため息をつく。



「お姉さん、声が大きいです。……目立ってしまいますよ」

「目立つくらいでいいのよ! 私は怒っているんだから!」



 肩を震わせて怒らせたまま、低く吐き出すように続ける。



「子供を奴隷に? それはいいわよ。この国では奴隷制度が認められているんだもん。だけど、奴隷だって人権はあるわ! その尊厳を蔑ろにしてはいけないはずよ」

「そうですね。それは私も賛同します」

「でしょ! 人の人生を手駒に? それで正義を語るなですって! ……あいつ、正義どころか人の心を持ってないじゃない! 悪魔よ悪魔! 実は魔族とかない?」



 もう一度机を叩けば、銀のカップが揺れる。


 セフィーナは落ち着いた目で私を見つめ、わずかに眉をひそめた。



「それはないでしょうね。悪魔や魔族はわざわざ冒険者ギルドになど連れてきません。彼の行いは確かに褒められるものではありません……。ですが、否定できない部分もありましたでしょう?」



 それがさらに腹が立つ。



 妹の言葉に怒りで呼吸が止まりそうになる。


 胸の奥に刺さった言葉が疼いた。



「お前がこいつらの一生を面倒見るのか?」



 あの男の冷たい声が、耳の奥で反響する。



 わかってるわよ。私は誰かを養っていけるほどの余裕はない。



 子供を養う覚悟もないのに、正義を振りかざしてしまった。



 言葉を返せなかったのは、まさにそこだった。



「……っ!」



 あいつのいうことが正しいからこそ、悔しさと腹が立って仕方ない。



 髪をかき上げて、ため息を吐く。



 セフィーナは視線を伏せながらも、静かに告げる。



「それに……グルガンを一撃で昏倒させた。あの力、ただ者じゃありません。低ランク冒険者だというのに……きっと、冒険者登録をしていなかっただけで、相当な実力者だと思われます」

「わかってるわよ!! 今は、厄災が起きる前兆がある。実力者はいくらでも必要よ。あいつが本当に実力者なら、勝負して奴隷になってもいいくらいよ」



 私たちは元々貴族家の生まれだった。


 だけど、領地を魔族に襲撃されたことで、領地を奪われ魔族を倒すために実力をつけてきた。


 二人でも十分に冒険者としての実力はつけたけど、まだまだ足りない。



 頭ではわかっているけど、心臓がまだ早鐘を打っている。



 怒りと、屈辱と、そしてわずかな恐れが混ざり合っていた。



「あんな奴に……勝負してやりたい。剣で叩き伏せてやりたい」



 手が剣の柄を探る。だけど、鞘から抜くことはできない。


 セフィーナがかすかに首を横に振った。



「できません。私たちはAランクになったばかりです。王国からの遠征任務も控えています。……子供の世話をしている余裕も、無駄に揉めて名を落とす余裕もありません」

「……っ、わかってるわよ!」



 あいつの顔を思い出して、天井を睨んだ。


 あの男の不気味な笑みが、脳裏に焼き付いて離れない。


 低ランクにして侮れない力。冷酷で計算高い立ち振る舞い。


 だが、それ以上に気に入らないのは。



「……人の人生を弄んでるくせに、妙に自信に満ちたあの態度よ」



 魔族と同じ! 人の人生を喰いものにする奴は許せない。



 カルナは拳を握りしめたまま、燃えるような瞳を閉じた。


 勝負したい。叩きのめしたい。だけどできない。


 その憤りが、胸の奥で消えぬまま燻り続けてしまう。

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