第4話 冒険者登録
ステータスを割り振って、次にやったのは、ウルを洗うことだった。
一応は、領地に対して令嬢を救って、盗賊のアジトを討伐する貴重な情報を提供したということで、伯爵いくつか褒美を貰い受けた。
その一つが奴隷だったウルであり、この貧民街にある古びた家だ。
貧民街の上下水道は共用で使える井戸から水を汲んで使う。
今回は、石鹸代わりの灰を混ぜた。
「ひゃっ……つ、冷たいです……!」
「我慢しろ。お前、このままじゃ獣臭くて人前に出られねぇからな」
毛並みに指を突っ込むと、土埃と汗が絡みついている。
水はすぐ濁り、桶の底が見えなくなった。
ガシガシ洗って、布切れで拭いてやると、獣人らしい白灰色の毛がふわりと膨らんだ。
本物の石鹸やシャンプーがあればもっと綺麗になるが、そこまでの資金はもっちゃいねぇ。
ウルは恥ずかしそうに尻尾を垂らしていたが、顔を上げると少しだけ誇らしげに胸を張った。
おうおう、美少年だなこりゃ。
ガリガリだから、たくさん食わしてやらねぇとな。
「……どうだ?」
「ご、ご主人様。僕、きれいになりましたか?」
「ああ。人前に出せるくらいにはな」
「へへ」
「ほら、体を拭いたら、服を買いに行くぞ」
「えっ? 服ですか?」
「ああ」
次に、商人通りの露店へ向かった。
手元の金は、馬車からくすねておいた金貨数枚だ。
大体、金貨一枚あれば、市民街で一年は暮らせる。
これぐらい盗むのは朝飯前だ。
だが、全部使い切るわけにはいかない。
今後のことを考えれば、最低限の食料と装備を整えるだけだ。
「パン二つと干し肉を……あとスープも頼む」
「ありがとうございますだんな、銀貨一枚です」
どうやらゲームの知識通りの市場価格で間違いないようだ。
金貨一枚、100万程度。
銀貨一枚、1万。
銅貨一枚、1千。
鉄貨一枚、1百。
端貨一枚、1。
金貨の価値と端貨の差は大きくあるが、間の通貨がなければこんなもんだろう。
交渉を挟んで鉄貨八枚まで値切った。
「あっ、あの同じ物を食べてもいいのでしょうか?」
「うん? 当たり前だろ。これから働いてもらうんだ。しっかりと体力をつけてもらわないとな」
「あっ、ありがとうございます! じゃ、床で」
「おいおい、汚いだろ。一緒にテーブルで食え!」
「えええ!!! ですが、僕は奴隷で」
「そういうの気にしないから」
俺はウルを椅子に座らせて、フォークやスプーンの使い方を教える。
最初は戸惑っていたが、食べ始めると涙を流し始めた。
うーん、この世界の奴隷の価値が悪すぎるよな。
とにかく食事を終えた俺たちは、装備を整えために鍛冶屋に入る。
「ご主人様、僕にまで……」
「お前は奴隷でも仲間だ。手ぶらじゃただの荷物だろ?」
ボロボロの服を脱ぎ捨てて、子供用の服を数着と、冒険者用の革の防具一式をお揃いで買っておく。
「この装備の手入れは、ウルがするんだぞ」
「はい! 喜んでさせていただきます!」
いや、面倒なことをやらせるのに、どうしてそんなに嬉しそうなんだよ。
ウルは目を丸くして、何度も頷いた。
その足で、冒険者ギルドへ向かう。
石造りの建物。
冒険者ギルドの看板を見つけて、本当にゲームの世界なんだと感動してしまう。
盾の前で二本の剣を交差させるような看板。
扉を開ければ、中は喧騒と酒と鉄の匂いに包まれていた。
ごろつきみたいな奴らが睨んでくるが、俺は慣れている。盗賊団の酒盛りの方がよっぽどヤバかった。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか?」
「登録だ。二人分」
「二人とは、そちらの獣人の少年でしょうか?」
「ああ、確か冒険者登録は十歳からできたよな?」
「出来ますが、危険な仕事ですよ?」
「わかってるよ。だけど、見ての通り獣人で身体能力も高いんだ」
カウンターの受付嬢に心配される。
だが、攻撃力や速度に関しては俺よりも高い。
「ぼっ、僕! 頑張ります! ご主人様の役に立ちたいです!」
「そっ、そう? 無理しちゃダメよ」
「無理なんてしてません! ご主人様は、美味しいご飯を食べさせてくれて、僕にも装備をちゃんと買ってくれました!」
いや、当たり前のことを言ってどうした? だが、ウルの言葉を聞いた受付嬢がなぜか納得したように頷く。
「確かに?! わかりました。登録を許可させていただきます」
腑に落ちないが、銅貨を差し出して羊皮紙の名簿に名前を書いていく。
ウルは文字が書けないということで、俺が代筆する。
俺は文字を書くのも問題ないようだ。
「はい、これで正式に冒険者です。まずは薬草採取や野犬の退治依頼がよろしいかと」
「両方受けるよ。薬草。試したいことがあるんだ」
「承知しました。ご無理はなさらないでくださいね」
「ああ」
依頼書を受け取って、外へ出る。
森の入口。
「ウル、耳と鼻を使え。薬草は、この辺りだと《ヒーリングリーフ》ってやつが一番多い」
「ヒーリングリーフですか……?」
「ああ。見た目はただの雑草だが、お前の花なら、甘くてしょっぱい匂いを嗅ぎ分けられるはずだ。特徴としては葉脈が青く光ってる。それを探せ」
ウルは地面に鼻を近づけて、しきりに匂いを嗅いでいた。
しばらくすると、尻尾を振って手招きする。
「ご主人様、これ……! 匂いが他と違います!」
「おう、当たりだ」
俺は葉をちぎり、鑑定アイコンを開いた。
【ヒーリングリーフ(初級回復素材)】
画面に表示された文字に、思わず笑みが漏れる。
(やっぱりだ。ゲーム知識が通じる。この世界はEternal Rebirth Onlineのルールで動いてやがる……!)
俺はウルの頭を軽く撫でた。
「いいぞ。よくやった。お前のスキルである野生感覚と、俺の知識を組み合わせりゃ、稼ぎ放題だ」
「ほんとに……? 僕も役に立てますか?」
「ああ、立派な索敵役だ」
少年の瞳が、ぱっと光を帯びた。
袋いっぱいに薬草を詰めながら、俺は胸の奥で確信した。
市民権も、商人の資格も、冒険者の肩書きも手に入れた。
……あとは稼ぎだ。
俺はもうただの盗賊じゃねえ。この世界で勝ち組になってやる。
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