第1話 罪は認めた方が楽になる。
俺は頭の中でこれからの計画について考えていた。
この世界が本当にゲーム通りなら、一攫千金なんて夢じゃない。
大金持ちになって、たくさんの女からモテて、人生でやりたいと思っていたことが全てできるはずだ。
欲望なんて、捨てろ? お金を稼ぐのは悪だ?
バカか! 結局、それらは金を稼げない奴の言い訳だ。
だって、俺がそうだったから。
俺の家は貧乏だった。働いても働いても心は満たされない。
いくらでも欲しい物があるのに、金は有限ですぐになくなってしまう。
だが、この世界は俺に夢をくれた。
時間をかければ、お金を稼ぐことができる。
自分の好きなことを好き勝手やっても、それがゲームだからと許された。
こんなにも素晴らしい世界に転生できたなら、俺は絶対に幸せを掴んでやる。
夜を裂くように馬車は走った。
荷台の隅には、まだ怯えた様子の奴隷少年と、今は眠る伯爵令嬢。
やがて東の空が白み始めた頃、令嬢がうっすらと瞳を開いた。
「……ここは……」
「気がついたか?」
俺は御者として、馬の手綱を握りながら、ちらりと後ろを振り返った。
彼女はしばらく状況を飲み込めずにいたが、盗まれた馬車の中と気づいて、眉を寄せた。
「あなた……盗賊団の一味……よね?」
「ああ、それは間違いない。だが、こんな機会を待っていたんだ」
「こんな機会?」
嘘をつくわけじゃない。
これは本当のことであり、だけど、少しだけ作り話だ。
ここで、境遇で嘘をつく意味はない。
「俺は盗賊団の端くれだった。犯罪者だ。だが……このまま続けるつもりはない。真っ当に生きたいんだ」
令嬢の瞳が驚きで見開かれる。
俺は続けた。
「助けたのは、ただの善人ぶりじゃない。俺にとっても利がある。……お前の領地に入れてくれ。俺が犯罪者であることは隠さない。だが情状酌量がほしい。その代わりに盗賊団のアジトの場所を全部吐く」
言い終えると、しばし沈黙が続いた。
風の音と馬蹄の響きだけが夜明けの道に鳴り響く。
「……つまり、取引をしたいと?」
「そういうことだ」
令嬢は身を起こし、裾を整えると、貴族らしい気品を取り戻した。
「わたくしはエバンス伯爵家の娘。この領地を治める父の名にかけて、命を助けてくれた恩を無下にはしません。ですが、あなたが攫わなければこんなことにもなりませんでした」
それは肯定でも否定でもない言葉。だが拒絶ではなかった。
「盗賊の一味であったことは重い罪です。ですが、あなたが真っ当に生きたいという気持ちを私は尊重したい。密告が真実であるなら、領にとっても大きな利益となるでしょう。父に裁定を仰ぎます」
胸の奥に重かった鉛のようなものが、わずかに軽くなる。
「……助かる」
俺は短く返した。
♢
昼頃、エバンス伯爵領の城郭都市に近づいた。
高い門と壁に囲まれた街が見えた。
普通なら、ここから先は盗賊団の一員など一歩も入れない。
だが令嬢は堂々と名乗りを上げた。
「エバンス伯爵家の娘、イレーネが帰還しました。こちらの方に救出されました。父に直接会わせてください」
兵たちは目を丸くし、すぐに門を開いた。
俺はその様子を横目に、手綱を握り直した。
今はまだ罪人。だが、うまく転がせば手柄に化ける。
盗賊団の隠れ家、宴の洞窟。酒樽と盗品で溢れたあの場所を告げれば、領軍は確実に動くだろう。
そこで盗賊団が一網打尽になれば、俺の立場も変わるはずだ。
(……悪党らしく、悪党を売って得をするってわけだ)
俺は心の中でほくそ笑んだ。
馬車はゆっくりと、辺境の伯爵領の中へと進んでいった。
♢
伯爵領の門は堅牢だった。高い石壁と鋭い槍を構えた衛兵たち。
馬車が近づくや否や、兵士たちが一斉に槍を交差させて進路を塞いだ。
「止まれ! 名を名乗れ!」
俺が声を発する前に、伯爵令嬢が身を乗り出した。
「わたくしはエバンス伯爵家の娘、イレーネ・エバンスです! 今すぐ父上にお伝えなさい!」
ざわめきが走った。
「お嬢様だと……?! ご無事で……!」
衛兵たちは慌てふためき、門を開き始める。だが、その視線はすぐに俺と奴隷の少年へと移った。
「そいつらは何者ですか?!」
俺は馬車を降りる間もなく、槍を突きつけられた。
「俺は……」
言いかけた瞬間、兵士の一人が叫んだ。
「こいつは盗賊団の一味だ! 縛り上げろ!」
抵抗する間もなく、両腕を後ろで縛られ、地面に押し倒された。
「待ちなさい!」
鋭い声で制したのはイレーネ嬢だ。
彼女はすぐさま馬車を降り、泥に裾を汚すのも気にせず俺の前へ立つ。
「この男は確かに盗賊団に加わっていました。ですが、わたくしを救い、ここまで送り届けてくれた恩人でもあります」
衛兵たちが顔を見合わせる。
「……しかし、盗賊に情けをかけるわけには」
「父の裁定を待ちなさい。少なくともこの者は、アジトの場所を知っている。放っておけば領の損害が拡大するだけよ」
その言葉に、衛兵たちは渋々うなずき、俺を引きずって門内へと連れて行った。
伯爵の館では大騒ぎになった。
娘の無事な帰還に領主エバンス伯爵は泣き崩れ、家臣たちが慌ただしく走り回る。
だが、その場に縛られた俺が連れてこられると、空気は一変した。
「こやつ……盗賊ではないか! 今すぐ斬り捨てよ!」
「待って!」
イレーネ嬢が前に出て、父の剣を止めた。
「この男がわたくしを助けてくれたのです。彼は自分の罪を認めた上で、真っ当に生きたいと申しております」
伯爵は険しい表情を崩さない。
「罪は罪だ」
「では、盗賊団の居場所を提供したらどうですか?」
令嬢の一言に、場の空気が変わった。
「……何?」
俺はすぐに頭を垂れた。
「俺がいた盗賊団のアジトは、森の奥の洞窟だ。中には酒樽や盗品もそのまま残ってる。今ならまだ全員が揃ってるはずだ」
ざわめきが広がる。
伯爵は長い沈黙の後、重々しく言った。
「……確かめる価値はあるな。もしそれが真実なら、この者の命は繋いでやろう。罪は消えぬが、情状酌量の余地はある」
縛られた手首がまだ痛む。だが、確かに光明は見えた。
(……これで、ただの罪人から一歩抜け出せるかもしれねぇ)
俺は泥の上で膝をつきながら、胸の奥で静かに笑った。
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