勇者
maru.
勇者
魔法剣士リオ・クラウスは、王立魔法学園の中で誰もが認める落ちこぼれである。
「勇者になりたい」
そう口にしていたのは、まだ幼かった頃。
絵本の中で剣を振るう英雄たちに胸を躍らせ、世界を救う存在に憧れていた。
だが、現実はあまりにも残酷だった。
学内試験は常に最下位。
呪文の詠唱は遅く、魔力の制御もままならない。
実技訓練では転倒し、魔法具の扱いでは毎回トラブルを起こす。
嘲笑と冷笑。それが彼の日常だった。
ある日、先輩が冷たく言い放つ。
「おいリオ、また遅れてるぞ。魔法具の整備もろくにできないのか?」
「いえ、すぐやります!」
別の日、中庭で庭掃除をしていると、教師に声をかけられる。
「魔法を使えばすぐに終わるだろ? どうしてそんなに遅いんだ」
「すみません、すぐ片付けます!」
そんなリオの姿を、塔の高所から見下ろす男がいた。
大魔法使いグレオル・ザムナ。
王立魔法学園の教師であり、学内最高位の魔法官の一人である。
彼の机には、リオの成績表が何枚も積まれていた。
「リオ・クラウス……才能の兆しすら見えんな」
グレオルは冷たく呟く。
だが、その瞳にあったのは失望でも蔑みでもない。計算だった。
「……ただ、使い勝手は悪くない」
口元にわずかな笑みが浮かぶ。
後日、魔法官会議の場で、グレオルはこう告げた。
「リオ・クラウスを、私の研究室に配属させたい」
周囲は驚き、すぐに称賛の声があがる。
「落第生を受け入れるなんて、なんて慈悲深い……!」
それこそが、グレオルの狙いだった。
“寛大な聖人”のように扱われながら、実際は評判と雑用係の両方を手に入れようという、彼らしい打算である。
「彼のような子が一番伸びるんですよ」
穏やかに微笑みながら、そう語った。
かくしてリオは“選ばれた”。
「大魔法使いグレオル様のもとで学べる!」
リオは心から喜んだ。
それはまるで、神様が与えてくれた奇跡のようだった。
だが、待っていたのは“修行”という名の雑務だった。
春は魔法炉のスス掃除で焼けつく熱に耐え、
夏は炎天下の屋根修繕に汗と埃まみれで励み、
秋は落ち葉が舞う中庭を一人で掃除し、
冬は凍った水路を素手で開通させる。
それでも、リオは手を止めなかった。
「これは……修行だ!」
彼はそう信じていた。
グレオルの言葉には、無意味なものなど一つもないと。
ただひたすらに、純粋だった。
そして、五年が経った。
同級生たちは優秀な魔法使いとして巣立ち、卒業試験に挑んでいった。
だが、リオは未だに一つの魔法すら満足に扱えないままだった。
「……潮時か」
グレオルは呟いた。
彼にとって、もはやリオは“処分すべき案件”だった。
過剰な労働を課していた事実が露見すれば、自身の立場が危うくなる。
だから、“試験”という名の処分が下された。
南方の
かつて魔獣が封印された危険指定区域。
同行者なし。支援魔法なし。通信手段も遮断。
与えられたのは、錆びた短剣一本だけ。
「五年間の集大成だ、君ならできる。……魔獣討伐、期待しているよ」
グレオルの口元には、かすかな笑み。
「はい。全力で挑みます!」
リオはまっすぐに頭を下げた。
だが現実は、やはり残酷だった。──いや、計算通りだった。
監視使い魔が送ってきた映像には、瓦礫に埋もれたリオの姿。
血に染まった装備。
魔力反応はゼロで完全な“死亡”判定。
「処分完了」
グレオルは無表情のまま、除籍の書類に印を押した。
数日後、学園では卒業式典が開かれていた。
グレオルのもとには、生徒や同僚が集まり声をかける。
「お疲れ様でした。あの落第生をここまで導いたのは、立派な功績ですよ」
グレオルは目を伏せ、悲しげな表情を作る。
だが、内心ではこう思っていた。
(死してなお評価を上げてくれる、優秀な駒だった)
──その瞬間、空が裂けた。
学園全域に張り巡らされた防御結界が悲鳴を上げる。
蒼白い光の柱が天から降り注ぐ。
空間が捻じれ、時間が凍り、すべての術式が沈黙。
そして“それ”は、現れた。
形はない。
だが、確かに“ここにある”という実在感。
その“何か”は、声なき声で語りかけた。
『五年間の素晴らしい修行、ありがとうございました!』
声ではなかった。
だが、そこにいた全員が理解した。
それは、リオ・クラウスだった。
場内に戦慄が走る。誰もが動けなかった。
ただ一人、グレオルだけが気づいた。
自分の手が、震えている。
(なぜだ……なぜ震えている……?)
恐怖を理解できなかった。
だが本能だけが、理解していた。
自分は、“とんでもないもの”を目覚めさせてしまったのだと。
翌朝、リオ・クラウスの名は、学園の記録から完全に消えていた。
成績も、記録も、証言も。
彼の存在を覚えている者は、もう誰もいなかった。
ただ──
北方の魔境で起きた“大厄災”と、それに立ち向かった”名もなき者”の噂だけが、静かに語り継がれていた。
ある者は、それを神と呼び、
ある者は、それをただの人間と語った。
そして、子どもたちは、それにこう名付けた。
──勇者、と。
勇者 maru. @maru_no_novel
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