第25話 三人の旅路

 そして翌朝。

 輝く太陽に青い空、白い雲!

 今日はとっても良いお天気だ。かき混ぜるスープもいい香り。

 私達の持ってた保存食と貰った香草、アディに提供して貰った食材でとっても豪華になった。

 香草は少し外見に違いがあったりしたけど、ほとんど元の世界と同じみたい。

 せっかくなので今日はパセリを使おうと思います!


 先に起きてたユイトが川の方から帰って来るのが見えて、私は手を振った。


「おはよー、ユイト!」

「ハルカ、魚が取れたから焼いても良いか?」

「勿論! ……っと。アディ。ねぇ、アディ。ちょっと、そろそろ起きてくれないと困るんだけど?」

「……ぁあ。今、起きる」


 ユイトが私より早く起きて川に行ってたのとは対照的に、アディは寝ぼけ眼のぼんやり顔。

 ほどいた長い髪は見る影も無い程ぐちゃぐちゃで、後頭部側だけ絡まって跳ねている。布を被って木に寄りかかるだけで、よくそこまで爆睡できるよね。


「アディぜんぜん起きないからビックリしたよ。料理してる間も寝てたし。私が悪い人だったらどうするの?」

「殺気を感じれば……起きる」


 ホントかなぁ。ぼそぼそとしたダルそうな声は、どう考えてもまだ夢の中だ。

 ユイトが無言で、持っていた魚をベチっと彼の顔面に押し付けた。


「ギャッ! な、生臭いッ。ヌルヌルする! ――《洗浄クリーン》っ。何をするんだッ」

「働かざるもの食うべからず、だ。魚の下ごしらえくらいは手伝え」

「……チッ」


 アディも流石に目が覚めたみたい。ユイトって案外容赦ないんだね。意外な一面だ。


(おっと。ぼーっとしてたら私の方が遅くなっちゃう!)


 二人はもう塩焼きの準備に取りかかってる。ユイトは当然、目が覚めたアディも手さばきはかなり早い。私は慌てて椀にスープをよそっていく。そして、最後にパセリをぱらり。


 じゃん! 燻製肉のスープです!


 固い干し肉は細かく刻んでから、じっくり煮て旨みを抽出。

 野草と塩を加えて味を整え、最後に細かく千切ったパセリを振りかければ、香りも栄養もバッチリだ。

 ちょうど二人の作業も終わったみたいで焚火の周りに魚の串が刺さる。

 手が空いた所を見計らって私はスープの器を差し出した。


「はい。冷めないうちにどうぞー」

「ありがとう、ハルカ。すごく良い匂いだ。昨日の香草を使ったのか?」

「そうなの。アディも食材を提供してくれたしね。いつもと一味違うよ! ほら、アディもどうぞ」

「……想像以上だな。お前、料理もできたのか?」

「失礼! 昨日の夜は咄嗟で大したもの作れなかったけど、けっこう気を使ってるんだから」


 アディがスープの器を取って口を付ける。そして、軽く目を見開いた後、無言でスプーンを動かし始めた。


「ウマいな。野営でここまで美味いスープが作れるのか」

「試行錯誤しましたからね」


 えっへん。ダテに少ない食材で苦労してきてないのです。

 ユイトも尻尾をブンブンと振っている。


「塩気がきいててウマイ! なんだか疲れが取れる気がする。いくらでも食べれそうだ」

「分けてくれたアディに感謝だよね」


 塩気は人間の体に必要不可欠。だけど、森じゃ手に入らなくてちょっと気になってたんだ。かなり歩いてたしね。

 私もスープを一口。


「ん~っ。おいしいっ。塩最高っ」


 パンチにかけてたスープにしっかりとメリハリがついた。

 燻した肉のスモーキーな香り。干して凝縮された肉の旨みがスープに溶け込んで、パセリの爽やかな香りが食欲をそそる。


 うん。パセリも正解。

 やっぱり新鮮なパセリは香りが鮮烈だね。

 三人で焚火の周りに輪になっていると、ふと疑問がわいて来る。


「そういえば、アディって私たちを変な目で見たりしないよね。村でも一人だけ違うというか、無理してる感じでもなかったし」

「ああ。獣人の耳と尾は魔族の証だとか、黒髪は魔獣になる、なんて迷信か。別に、俺はこの国の出身でもないしな」

「その魔族って何なの? ちょっと気になってたんだけど」

「おとぎ話に出てくる角と尾を生やした闇の神の眷属だ。『悪いことをすると魔族が来てお前を食っちまうよ』ってな。――だが、魔獣やあの巨人のような魔物と違って、見たことがある奴なんていない」

「ま、待て。他の国では獣人は、普通に暮らしてる……のか?」


 カラン、とスプーンが鳴る。手を止めたユイトが呆然とした表情でアディを見つめていた。


(そうか)


 ユイトは生まれた時から奴隷だ、って。

 アディが気まずそうに視線を逸らす。


「……どうだろうな。詳しくは知らん。ただ、獣人族が多い国では人族の肩身が狭い。黒髪を高い魔力の証として大切にする地域もある。そんなものだ」

「そう、なのか……」


 それから黙々と私達の静かな食事は続いた。ユイトが何を考えているのかは分からない。だから私達も何も言えなかった。

 食器や野営の跡を片付けて身支度を整える。ユイトは少しぼんやりしてるみたいだけど、手はしっかりと動いていた。

 アディの縮小魔法がかかった魔法の袋に私達の荷物も一緒に詰め込めば準備は完了だ。


「さて、そろそろ次の町――レディルボードに向かいたいんだが……」

「ユイト、気分どう?」

「ああ。すまない。いつでも行ける」


 まだ少し気分は悪そうだけど、仕方ないよね……。きっと私にはどうにもできない問題だ。彼の背をさすってあげてると、アディの声が響いた。淡い黄緑色の燐光がふわりと浮かぶ。


「――《風迅飛翔ラピッドウィンド》。動けるなら早く行くぞ。日没までには次の野営場所を見つけたい」

「ちょ、ちょっと待って!? それ何!?」

「飛翔魔法だ。長距離の移動には必須だろう。まあ、《身体強化ブースト》を使った獣人族の速度には劣るが」


 確かに、ユイトが魔法を使った時の速さは凄い。けど、私がいるからここまで歩かせてしまったんだった……。


「まさか使えないとは言わないな?」

「今、完全に察してくれたのに敢えて言ってるよね!?」

「さあ。どうだろうな?」


 ぐぬぬぬっ! 


 この人、頭の回転早いのに悪用しかしないんだから!

 ユイトが私をかばうように前に出る。


「ハルカは初心者だ。ゆっくり歩いて行っても良いだろう!」

「六日かかる道をか?」

「む、六日!?」

「魔法を使えば休憩を挟んでも二日で着くんだがな」


 アディがニヤニヤしながら私を見る。

 ユイトはついて来てくれてるけど、アディは私がお願いしてるだけだし強くも言えない。それに、黒の森から歩いてくるだけでクタクタだったのに、あと六日!?

 村長さんの家で休ませてもらったけど、リアルな数字を聞くと歩く前からドッと疲れてくる。

 どんよりしてる私にユイトが叫んだ。


「ハルカは俺が運ぶ!」

「なら話は早い。重量があると魔力を消費するだろ。交代で運んでいこう」

「わ、私の話は……」

「今すぐ飛翔魔法を覚えるか、荷物になるかのどちらかだな」

「~っ、りょーかいですっ! 二人ともお願いします!」

「素直で結構」

「ハルカ、その……すまない。あまり揺らさないようにする」

「ありがとユイトっ」


 彼の優しい言葉が身に染みるけど、申し訳なさもひとしおだ。

アディは本当に性格が悪い!

 本格的な荷物扱いだし、しかも重量って。

 女性に向かって重量!?

 でも私だけ移動手段が無いんじゃ文句も言えないんだよね……。後で絶対に覚えてやるんだから!


 ――そして二人の背に揺られ、途中休憩を取りながら数時間。


「よし、この辺で良いな」

「はぁ……ようやく、着いたよ……」


 フラフラとアディにの背中から下りる。酔いはしなかったけど精神力を消耗した。膝をつきかけた私を彼が見下ろす。


「お前は魔力消費ゼロだろう。感謝の一つくらいしてもらいたいんだが?」

「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す! でも、ふざけてスピード出したの許してないんだからね!?」

「おい赤髪、さっきのアレは何だ? ハルカが怖がってただろ」

「ああ、思ったより魔力消費が激しくてな。少し制御を間違えた」

「む――ッ!」


 間違い!? あれが!?

 しかもサラッと私の重さのせいにして!

 アディの運転は途中までは普通だった。でも、慣れてすこしウトウトしてた時に思いっきりスピードを出されて、真後ろに吹き飛ばされるかと思った。

 彼がしっかり肩越しに笑ってたのを見逃さなかった。


「あのね――っ」


 文句でも言おうとした時、緊張したユイトの声が私を遮った。


「――獣がいる」

「え? どこ?」

「早いな。何匹だ?」

地割熊グランドベアが五頭。奴らは群れないはずだが……足音がおかしい。魔獣化してるかもしれない」

「町が近い。被害が出る前に倒しておくべきだろう」

「よしっ! ちょうど体を動かしたかった所!」

 各々が武器を構え、呪文が唱和する。


「「「《武器強化エンチャント》/《身体強化ブースト》/《雷刃サンダーエッジ》!」」」


 弾ける燐光、輝く刀身。

 二人の体が素早く前に飛び出していく。

 ――その光景を見た瞬間、目の前に数日前の光景がフラッシュバックした。

 泥まみれた大きな怪物と悍ましい叫び声。飛びかかったユイト。そして、彼の、赤い血――


「――うっ」

 思わず口元を覆った途端、ナイフから光が消えた。

 マズい。もう二人は戦ってるのに、こんなところでもたもたしていられないっ。

 ここまで運んでもらって、戦闘も役立たずじゃ私、本当にただのお荷物になっちゃう!

 私は慌てて刀身に魔法を込め直す。


「エンチャントッ。――あれ? エンチャント! ねえ、エンチャントって言ってるのに!」

 何度魔力を込めようとしてもいつもみたいに発動しない。魔力が流れる感触が、分からない。


 魔法が――使えない?


 目の前がグラリと揺れたような気がした。

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