第10話 犬系男子はどんでもない美男子でした


 ビームを放った余韻が抜けないまま、地面に転がって冷たい土の感触を満喫していたら、心配したユイトにベッドに放り込まれてしまった。

 意識はあるから大丈夫と言ったんだけど、問答無用で寝かされて布でぐるぐる巻きにされたら体力が枯渇した私が自力で抜け出すのは難しい。

 彼が外に出た隙に、もぞもぞと体を動かしながらなんとか拘束を緩めて一息をついた。


「……はぁ。もう少し上手くできるかと思ったんだけどなぁ」


 結果は散々。気持ちだけじゃダメそうだ。

 ベッドの上でごろごろと左を向いてみたり、右を向いてみたり。考えることは向いてないけど、今は考える以外にすることもない。


(アレってどうやったら出たんだっけ?)


 イライラしてたら急に、って感じだけど、確かに体の中で何が動いた感覚があった。

 それが分かるようになったんだから、私だって無駄に落ちたり吹き飛んだりしてるばかりじゃないし、少しは成長してる……と思う。

 うん。ほんっっっの指先ひとつ分の成長だとしても、自分を褒めるのは大事だ。


「こう……体の中を、動かす感じだったよね……」

 熱々のスープを飲んだ時みたいに、自分の中のナニカを意識する。さっき使ったばかりなせいか、なんとなく感覚が残っていた。


(これを、手の平に集めて……)


 仰向けになって、天井に手を翳してみる。と、

 ――ぎゅるん

 そう、嫌な感触が手の平に集まり、パチパチ金の燐光が散る。


「う、うわ!? と、と、とっ!」

 あんなに出なかったのに、出たと思ったら今度はビーム癖がついたみたい。

 飛び出しそうになったナニカをなんとか引っ込めた。

 危うくユイトの家を吹き飛ばすところだ。


「危ない、危ない」

「……ハルカ」

「ゆ、ユイト!?」


 慌てて声の方向を振り向くと、扉の前で鍋を持った彼が仁王立ちしていた。ゴゴゴと背景に炎が見えそうなくらいのお怒り顔だ。


「オレは安静にしてろって言った」

「ご、ごめんっ。出すつもりはなかったんだよ? さっきもすぐには出なかったし。まさかと思って」

「まだ制御できないのに、無理をするのはダメだ」

「う、ごめんなさい。心配かけて。本当に、もうやらないから」

 彼の大きな耳が伏せられて、尻尾がしんなりと丸まってる。

 何だか泣きそうにも見えた。


(……軽率だったな)


 私にも魔法が使えるようになるかと思って、つい、急ぎ過ぎた。

 ユイトは持ってきた鍋をベッドに置いて横に腰かける。中には茶色い手の平くらいの木の実と、黒いベリーが沢山。新しい葉っぱが艶やかな果実の間から覗いてる。


(わざわざ取ってきてくれたんだ……)


 それなのに、私ときたら。

 布の隙間から這い出して、鍋の反対側に座る。


「ごめんね。そんなに心配してくれると思わなくて。感覚を忘れないうちに、使い方を思い出しておきたかったんだ」

「……いや、いい。説明をしなかった、オレが悪い」


(ん? 説明?)

 彼の神妙な面持ちに嫌な予感が頭をもたげる。


「せ、説明って……。何?」

「――魔力を使い過ぎると、命を削る」

「えええ!!?」

「だから、倒れた後、また使うと思ってなかった」


(それは、そうッ!)


 知ってたら絶対にやらないよ!

 この世界の常識、怖すぎない!?

 私、魔力ってどのくらい使ったっけ。冷や汗が背中を伝っていく。


「わ、私、今までかなり使っちゃったかも……。マズいかな?」

「持っている以上に使わなければ、大丈夫だ。ハルカは魔力が多いんだろう。でも、限界を越えたら、分からない」


 それって……端的に言えば、


 ――『死』?


 恐ろしい想像にゾワリと肌が粟立つ。


「あ、あのッ!! ちなみに、その限界って、自分で分かる!?」

「慣れれば、こう……グッと中身が減ってきて……ガリガリするから、分かる」

「えっと……が、がりがり……?」

「そうだ。ガリガリする」

「へぇ……」


(感覚的過ぎて参考にならない!)


 でも頷いた彼は至って真剣な表情。全くピンとは来ないけど、制御できるようになるまで、無茶しない方が良いってことだけは分かった。


(『ガリガリ』かぁ……)


 取り合えず、今は元気。眩暈も落ち着いたし、ちゃんと座っていられる。体の中にも違和感も無いと思う。

 大丈夫、なのかな?


「はぁ……私が知らないことだらけだ。本当に、気を付けないと」

「具合は、もう良いのか?」

「うん。おかげさまで元気になりました! これ、持ってきてくれたのって食べて良い果物?」

「ああ。甘いから、食べやすいと思う」


 ユイトが一つ、茶色の実を取って皮を剥く。皮の内側はほんのり赤くて不思議な色。果肉が蜜柑みたいに分かれてるのに薄皮は無くて、つるつると白い。蜜柑型ライチみたいな感じ。

 ぼんやり眺めていると、彼が一つ摘まんで、私の口元に差し出した。

 じゅわりと染み出た透明な果汁が、彼の指をツゥと伝う。


「ほら、ハルカ」

「へ!? む、剥いてくれなくても食べられるよ!」

「本当か? さっきは、指一本も動かせてなかった」

「ぐっ!」

 ベッドに転がされた時の事を思い出す。体力が根こそぎもっていかれたせいで、地面に落ちたアイスクリームみたいになっていた。


「もう休んだから大丈夫だよ! 本当に! 全然無理してないし、自分で剥けるから……って、固!?」

 同じように鍋から一個取って指に力を入れたけど、皮に沈み込む気配も無い。軽々剥いてたように見えて厚みはなかなかだ。形は全然違うけど、文旦とかそんな感じ。

 彼が訝しげに眉を寄せる。


「やっぱり、まだ……」

「いや、疲れてないよ!? 本当。純粋にこれ、皮が固くてっ」

 これは、簡単に剥けるユイトの方がおかしい。私の感覚だと包丁案件だ。

 うんうん唸ってると、彼は直接口に入れるのは諦めて、剥いたものと取り換えてくれた。


「これで良い?」

「あ! ありがと~。んむっ!? これ、凄く甘いっ」

 ごまかしたくて慌てて口に放り込んだけど、予想外のおいしさに驚いて目を見開く。

 凄くジューシーで繊細な甘さ。酸っぱくも苦くもないし、淡い甘みでいくらでも食べれらそう。

 あっという間に一つ食べてしまうと、残った皮と交換に新しいものが手に乗せられる。

 見上げたユイトと視線が合った。彼は目を細めて、何か眩しいものでも見ているみたいだ。


 それがなんだか物凄くくすぐったくて――

 純粋に心配してくれてるのに、その目が、男の人に免疫が無い私にはどうにも落ち着かない。

 白い実の六つに分かれた房を半分ずつにして彼の手に押し付けた。


「これ、半分もらうから! ユイトも食べてっ」

「もう要らないのか?」

「一人で食べるより、二人で食べた方が美味しいから。ね?」


 彼は首を傾げながら、一つ房を取って口に含む。

 クセなんだろうな。汁気がついた指先をペロリと舐める。そういうちょっとした仕草が妙に色っぽく見えて……ちょっと、困る。慌てて視線を逸らして一房取って口に入れた。


(やっぱりすごく美味しい)


 ほんのり華やかな香りもして、お花の蜜をそのまま果物にしたみたい。それに、やっぱり誰かと一緒に食べるのって良いな。


「美味しいね」

「ああ、凄くおいしい。知らなかった」


 ユイトの声が弾む。

 そういえば彼もここで一人暮らししてたんだもんね。なんか親近感。

 私はまたすぐに食べきってしまったけど、彼は意外にゆっくり食べていた。

 というか、一房取る度に長い前髪を背中側に寄せて、食べてる間に落ちてきた髪を頭をぶるぶると振って散らす。


(前髪、すごく邪魔そう)


「その髪、良かったら切ってあげようか?」

「髪を?」

「たしかハサミ持ってたと思うんだよね」

 薪の上に置いたカバンの中を探してみると、予想通りすぐに使い慣れた黒い柄が顔を出した。


「あったあった。ねぇ、ユイトがさっき被ってた布ってどこにあるの?」

「外の、オレが座っていた所に置いてきた」

「少し借りて良いかな?」

 不思議そうな表情で頷く彼は、ちょうど食べ終わったみたい。その手をグっと引く。


「じゃあ、こっち来て! 部屋の中で切ると掃除大変だから!」

 外に出ると焚火の傍、見覚えのある布がくしゃくしゃに丸まってる。

 彼に座ってもらって、パンと落ちた布を勢いよく広げ、それから首にふわりと巻き付けた。

 かゆい所ございませんか~なんて。言ってみたいけど、ネタが分からないと思うから自重。


「前髪は目にかからないくらいにする?」

「ぁ、後ろも……できれば、切ってほしい」

「伸ばしてる訳じゃないの?」

「勝手に、伸びた」

 ずいぶん長いとは思っていたけど、願かけとかじゃなかったのか。

「よし! それでは、ズバッといっちゃいますか!」


 そして、しばらく――


(……どうしようっ)

 私はハサミを持ったまま絶句した。


 バッサリと切られた短い髪。つたない技術で整えた髪はてんでばらばらに飛び跳ねてる。

 後ろ髪は目立たないけど、前髪は目の上どころか眉上。そこで及び腰になったせいで、顔周りの毛は少し長めのまま顎くらいまで多めに残ってる。


 ――けど、

 スッキリした前髪のおかげで、ユイトの顔立ちがハッキリ見えた。

 垂れた伏し目がちな宝石色の瞳。長い睫毛がミステリアスに影を落としてる。形の良い鼻筋と厚めの小さな唇。

 キリっと上がった太い眉毛は凛々しくて、褐色に焼けたしなやかな身体つきと相まって野生動物みたいだ。


「ハルカ?」

「え! あ、ううん! なんでもない!」

 整った顔立ちについ見惚れていた。

 だって、向こうの世界なら芸能人にだってなれそう。


 ――って、


(ダメダメダメ! お世話になってる人を変に意識するのは良くない!)

 ミーハー心を振り払い、慌てて布を取ってバサバサと振った。

「ちょっとこれ、洗って来るね!!」

「ハルカ!?」

 声を背に森の中に走る。

 私、とんでもない事をしてしまったかもしれない!

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