バー・シェイク・イット

地崎守 晶 

バー・シェイク・イット

 最終電車の警笛が店内に忍び込んでくると、静止していた老バーテンダーの腕が動き出した。

ガタン、ガタン、ガタン。すばやく、小刻みに。カウンターを揺らす振動とシンクロして、カクテルをシェイクする。朧気な照明を反射する銀のシェイカーは、電車の通過する騒音と振動、疲労と酩酊の中にあっていつ見ても幻想的だ。


環状線の高架の下で怪しげな手相占いと肩を寄せ合うちっぽけなバー。狭いカウンターは5人も座れば満員だが、他の客が入っているのを見たことは数えるほどしかない。

 20メートルも歩けば駅と歓楽街があるのだから当然ではある。より明るく賑やかなほうへ酔客は誘引されるものだ。

 心身に重たい澱が溜まるといつもここに来る。白い髭と皺を刻んだバーテンダーは注文以外何も聞こうとしない。黙ってそこにいて、カクテルを作るときに一風変わった所作をするだけ。

 電車のせいで揺さぶられるのを逆手に取ったフォーマンス。それを眺め、キックの効いたカクテルを口にしていると、肩が軽くなる。気楽になっていい、と思えるのだ。 


 そのバーの名前?

 あまり教えたくないが、そうだな。あのカクテルが薬になるかもしれない誰かのために。

 そのバーの名前は――

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バー・シェイク・イット 地崎守 晶  @kararu11

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