ミッドサマー・アポカリプス
風若シオン
第1話 終末世界で夏は始まる
「夏です! 先輩、夏ですよ!!」
後輩の声が突然、響き渡る。
「世界、滅んじゃいました!!」
見渡す限りに広がる快晴の空、そして荒野。
「さっきまで僕たち、砂浜で寝てましたよね!?」
ある夏の日、ビーチで昼寝していたら。
──世界が滅んでいた。
「よし、いったん状況を整理しよう。さっきまで俺達は海まで遊びに来ていたな? そして昼寝をした。で、起きたらこうなっていた」
「そうです先輩、僕たちさっきまで海にいました! こんな乾いた不毛の大地みたいなとこじゃなくて!」
周りに目を向けても、広がっているのは乾燥した地面だけ。パラソルに荷物、海水浴場に来ていた他の客はおろか、眼前に波音を立てていたはずの海そのものが消えている。
「……夢か、もっかい寝れば醒めるだろ。おやすm」
「寝ないでください先輩っ!! さっき僕もそう思って二度寝したんですよ、そんで起きても何も変わんなかったから先輩起こしたんです!」
現実離れした事実に、二度寝を決め込もうとした俺の肩が揺すられる。どうやらこの物語、夢オチではないらしい。どうせ奇想天外キテレツ展開が待っているのだろうが。いや、待っていてくれ。
目を開くと、俺が起きるまで大層不安な思いをしていたのか、後輩はアワアワした表情をしている。
「そうか、なら起きて行動しなきゃな」
「そうですよ、何かしないと」
「じゃあ、とりあえず1時間くらい歩くか」
「……そうしましょう」
地平線の彼方まで、空と大地だけが広がっている。そもそも今、俺達が必要としている何か(この状況に関する有識者、或いは本当に世界が滅んでいるなら生存に必要な物資)が存在するとして、それは4km以上遠くにあると見て良いだろう。
俺と後輩は歩き始めた。
「とりあえず先輩、私と何か話しましょう」
「そうだな、じゃあ。……なんでいつもとキャラ違ったの?」
「ひゃっ!? ……べ、別に私はいつもどおりですよ?」
「普段はデキるクールキャラだが、動揺すると素が出ると。美味しい設定だな」
「〜〜〜ッ!! ば、バカにしないでください!」
「悪い悪い、ちょっと可愛がってしまった」
「かわ……良いですよもう、話変えましょう」
「どんな話をしようか」
「ラーメンの話をしましょう」
「暑いから却下」
「めんどくさいですね! じゃあ……」
「あぁ、……」
それから俺達は、1時間ほど喋りながら歩いた。
「ペロッ……これって、海ですよね」
「よく得体の知れない液体舐めたな……海なのか?」
池くらいのサイズの、海だったであろう塩辛い水たまりを見つけた。生き物の気配は無い。
「……もしサバイバルするとして、これが飲み水になるんですかね。他に水源なさそうですし」
「そうだなぁ……どうやって塩抜くんだっけ、忘れちゃった」
「……私もです」
「……これ、長期戦になったら詰むな。というかもうほぼ詰んでるな」
「……そうですねぇ、なんとか遮蔽物だけでも欲しいです。日差しが強すぎて」
「だよなぁ。日焼け止め塗ってるとはいえ、いつまで保つかわからんし」
「「よし、叫んでみるか」」
2人同時に立ち上がり、大きく息を吸う。
「「誰か、いませんかー!!!!!」」
……人間の声って、4km以上遠くまで届くのだろうか?
なんて考えていると、
「……れ……ませ……」
「えっ、今のって!?」
微かに人の声が聞こえた。
「先輩! 人、いたみたいですよ!!」
「……いや、これは違う」
地平線まで誰も視えていないのに、声が聞こえた。ということは、
「……多分、近くに壁がある」
「え、ホントですくぁッギュ!?」
僕の方へ飛び出した後輩が、視えない壁にブチ当たったかのようにひっくり返る。いや、"かのように"ではない。近づいて腕を伸ばすと、向こう側は視えるのに、手が何かにぶつかる感触がした。
「あだだ……せ、先輩どういうことですかこれ」
「解らない。でも取り敢えず、ここには何かがあるってことが判った。つまり、恐らくここは閉ざされた空間。そして壁が眼の前にある。なら、」
「することは、ただ一つ! ですね!!」
てやぁーーーッ!!
助走をつけて、後輩ちゃんが不可視の壁にドロップキックをお見舞いする。が、如何せん不可視の壁だ、後輩ちゃんは目測を誤ったらしい。蹴りの反動を得られず、足から着地出来ずにドサッと転がる。
が、地面に投げ出された後輩ちゃんの足が何かをブチ抜いた。
「な、こ、これは……?」
虚空がヒビ割れ、その奥には異様が広がっていた。
夕焼けに赤く染まる教室が無限に続いている。
「な、なんですかこれ……いくつもの机に椅子、黒板。学校とかの教室、ですよね?」
「そのはず、だが……」
ゆっくり足を踏み入れる。足元から、ぺた、と音がする。自分たちが水着のままで、裸足だったことを思い出す。後ろから、ぺた、ともう一つ足音がする。さらに一つ、ぺた、と音がして、後輩ちゃんが俺の横に立った。
「夕暮れの教室に水着姿で2人きり、ですね」
そう呟く後輩ちゃんの表情は、西日に朱く染められていて見えない。多分、後輩ちゃんも俺の表情は見えていないだろう。
2人で机に腰掛け、少し話をした。
「先輩、最初は先輩に見えませんでしたよ。すぐに誤解だ、って言ってくれたら良かったのに」
「よく言われる。人付き合いは苦手なんだ」
「そうかもしれませんね」
急に後輩が言葉を切る。俺が吸っていた酸素は、二酸化炭素に成り損ねる。
「先輩は、…………………………………」
コホン、と後輩ちゃんはわざとらしい咳払いをして、
「すみません、良い言葉が見つかりませんでした! テヘッ!」
ちろっ、と舌を出した。俺は息を吐いた。
「……いや、キッツ!!!」
「なんだとぅ〜〜〜!!!」
がおーっ! とこれまたわざとらしい仕草をして、後輩ちゃんが机から腰を浮かせる。そしてバランスを崩し、
「す、すみません……僕っ、……………………………」
「………………………………………」
俺の胸元に倒れ込む。
後輩ちゃんが怪我をしないよう、抱き留める。
互いの心音が融け合って、共鳴する。
すると床が砕け、俺たちは宙に身を投げ出された。
カラン、瓶と氷がぶつかる音がする。
気付けば俺たちは、祭りの屋台が立ち並ぶ、どこかの境内に立っていた。
「……先輩、私たちなんで水着でお祭りに?」
「……なんでだろう、マジでわからない」
「でも、誰もいませんね」
「そうだね」
俺と後輩は歩いた。どこにも人影は無かった。
「ふふ、なんだか楽しいですね」
「そうだね、楽しい」
しばらく歩くと、石段が見えた。花火の音が聴こえてくる。
「行きましょう、先輩!」
「ああ!」
俺たちは石段を登り始めた。
途中で、俺は足を踏み外した。それに気付いた彼女に抱き留められて、事なきを得た。小さな花火が、胸元で爆ぜた。
2人は階段を登り切った。
花火を見た。
光の華が咲き、2人は輝きに飲み込まれた。
「先輩」
「どした」
「なんだかすごく、……えーっと」
やっぱりいつの間にか、僕らは砂浜に寝転んでいた。
ここまでどうやって来たか、これからどこへ行くかなんて判らない。ただ、今の僕は彼女が何を言おうとしているかが解る。
2人は駆け出して、叫んだ。
「「……夏!!」」
僕ら以外、全てが消えた終末世界で
──未知の世界が、産声を上げた。
ミッドサマー・アポカリプス 風若シオン @KazawakaShion
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