1 面接
「……本当にここか?」
雑居ビルの入り口で、猛はスマホとぼろぼろになった入居表示を見比べた。文字が掠れて全く読めない。かろうじて一階に小児科が入っていることだけはわかった。
怪しい求人に応募の電話をかけると、「ではすぐに面接試験をいたしますので」と返答され、こうして指定された住所へと出向かされた。服装はなんでもかまわないということなので黒いTシャツに普通のズボンを履いてきたが、それでいいのかは不安が残る。エレベーターすらない雑居ビルに足を踏み入れるのはためらわれたが、これも時給五千円のため。意を決して埃まみれの階段を上がる。ショートメッセージで送られてきた住所は三階だった。三階にたどり着くと摺りガラスの扉がある。
(「NSS」……? 組織名か?)
もう一度SMSを確認した。場所はどうやらあっているようで、すりガラスの扉を押し開けた。途端に漂ってきた薔薇のような香りが鼻腔をくすぐる。ボロボロの外観とは対照的に落ち着いたシックで上品な内装をしていた。カウンターの向こうで男が微笑む。
「こんにちは。面接の方ですか?」
「あ、はい。小松菜川猛と言います」
「NSSへようこそ。すぐに準備いたしますので、奥の部屋へどうぞ」
服装や出で立ちを見咎められることなく通された。変な間違いをしなかったことに安堵して胸を撫でおろし、男の差す扉の向こうへと入る。パイプイスが三脚並んでいて、二人の男がそのうち二脚に腰かけていた。
「あ、こんにちは!」
「どうも……?」
「あなたも面接の人ですか? 座っていいみたいですよ、どうぞ!」
猛よりいくらか年下の青年がにこやかに話しかけてくる。猛は彼の指さす開いていたパイプイスに腰かけた。
「あなたも、ってことは、君も……?」
「はい! 集団面接なんですね!」
パイプイスの前には長机と一脚の椅子。そこは無人だった。確かに面接会場のようだが、入って待機させられるのは初めてだ。猛に話しかけてきてる青年のさらに奥にいる中年の男は小さく背を丸め、不安げに周囲を伺っている。
「にしてもここ、わかりにくい場所ですよね。迷いませんでした?」
「あ、ああ……少しだけ……」
「やっぱ迷いますよね!」
にこにこと擬音が付きそうなほど笑った青年は面接前とは思えないほどリラックスした様子だった。猛はその穏やかな態度に関心しつつ、多少緊張していた自分の肩の力が軽く抜けるのがわかった。そのまま談笑に興じていると、きい、と猛が入って来た扉とは別の扉が開いた。扉の向こうから目立つ真っ赤なジャケットを羽織った女が現れた。襟につけられた金色のバッジが蛍光灯の光で輝いているのが見える。
「全員、お揃いですね」
女は猛たちを見回したあとに頷いて、ゆったりした口調で声をかけてきた。猛が席を立って頭を下げると、青年と中年の男もそれに倣い立ち上がった。
「ああ、大丈夫ですよ。どうぞおかけになってください」
女は長机を挟んでおかれていた椅子に座ると、手元にあったファイルを開きながら首に下がった名札を掲げる。
「NSSの
「よろしくお願いします」
猛たち三人の声が綺麗に揃った。京極はふんわりと笑うと、ジャケットの内ポケットからボールペンを取り出して背筋を伸ばす。
「それでは、面接を始めさせていただきます。お名前をお願いします。右の方から」
「小松菜川猛と申します」
「
「
「ご年齢は?」
「28歳です」
「24歳です!」
「47歳です」
「格闘技や射撃のご経験はありますか?」
「……ありません」
「高校まで柔道を習っていました」
「ありません」
ほとんど普通の質問ばかりされているが、猛は違和感を覚えた。普通の面接では聞かれることを聞かれない。やはりよくない求人だったか、と据わりが悪くなる。それでも今帰るのは負けたような気がして、猛は質問に喰いつくように答え続けた。
「_____では、最後の質問です」
不意に京極が声のトーンを落とした。彼女の纏う雰囲気も柔らかいものから少し硬いものに変わる。猛は身を固くした。
「お金を貰えて、犯罪にならない。その条件下において____あなたは人を殺しますか?」
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