第6話 トップアイドルとの対面
クロッズ青空との仕事の日、私は1日中ソワソワしていた。
あのクロッズの青空と会えるなんて。しかも家に行けるなんて。
ファンではなかったのだが、アイドル界の頂点にいると言っても過言ではない人と会えると言うことに、胸が高鳴っていた。
いつものように送迎車が到着し、乗り込んだ。向かった先は高級住宅街でもある広尾。
やっぱりスーパーアイドルともなると住んでる場所も違うのかと窓からの景色をぼーっと眺めていた。
閑静な住宅街の中に入っていくと大きな家の前に着いた。珍しく今回はマンションではないようだ。
大きくて高い壁に囲まれた住宅のようで、外からは中を見ることができない。
広尾の一等地にこんな大きな家があるなんてと感心してしまう。
運転手がインターホンを鳴らし名前を伝えると大きな門が開いた。
中に入ると広めの芝生があり、大きなプールやテラスもある。まさにリゾートホテルのような空間だった。
こんな豪邸は今まで見たことがなかった。
初めての豪邸に辺りをきょろきょろと見渡してしまう。
運転手が車のドアを開け、どうぞとエスコートをしてくれた。
お時間になりましたらお迎えに上がります。
そのまま玄関のインターホンを鳴らして中にお入りくださいとだけ言い、去っていった。
一人残された私は大きすぎる家を見渡しながら、恐る恐る玄関に向かった。
すると遠くから何かが駆け寄ってくる音が聞こえてきた。
ハッハッと声のする方を振り向くと小さなクリーム色のポメラニアンが私目掛けて駆け寄ってきていた。
きゃ、可愛い。どうしたの。と私が頭を撫でると嬉しそうに尻尾をフリフリしている。
まるで笑っているようで、その可愛さに自然とこちらまで笑顔になってしまう。
私が辺りを見渡すと庭に面した二階のベランダに誰かがいるようだ。
私がハッと気付き目をやると、その男性はヒラヒラと私に手を振った。
初めまして。青空です。
その子はわたあめ。そのまま2階に上がってきてください。
思いがけない場所から登場した青空にドキッとし、遠目からでもオーラを感じた。
なるべく平常心でいなければと深呼吸をし分かりましたと軽く会釈をし、ドキドキしながら玄関に向かった。
玄関の扉をそっと開けると、わたあめは物凄い勢いで階段を駆け登って消えていった。
私は玄関に用意されていたスリッパを履き、広さに驚きながらもゆっくりと階段を上がっていった。
階段を登った先は何平米あるかも分からないくらいに広いリビングがあり、そこに青空がわたあめを抱えて立っていた。
初めまして、るなさん。今日はよろしくお願いします。
近くで見る青空はテレビで見るよりも瞳がキラキラと輝き男性であるのに美しく見惚れてしまうほどだった。
白川るなです。よろしくお願いします。私がたどたどしく挨拶すると、緊張していることに気付いたのか、コーヒー好きですか。よければ飲みましょう。とソファに案内してくれた。
二人でソファに腰をかけ、辺りを見渡すとまるでモデルルームのようで無駄なものが一切置いていない空間だった。
こんな広い空間に一人で住んでいるのかと驚きを隠せいない。
犬はお好きですか。
青空の突然の質問に私ははい、猫より犬派です。と答えた。
青空はよかったと少し微笑み、わたあめは僕の癒しなんですと膝に乗ったポメラニアンを優しく撫でている。
るなさんはこの仕事始めて何回目ですか。
今日で三回目です。
そうなんですね。と青空はしばらく何か考えるような仕草を見せ、僕は何度かドル隊を利用させて貰っているんですけれど、こんなお綺麗な方見たことないです。と真顔で言った。
いえいえ、ありがとうございます。
お世辞かもしれないが、青空にそんな風に言ってもらえるなんて、と少し喜んでいる自分がいた。
でもこの人非恋愛依存なんだよなぁと考えていると、私の考えていることを見透かしているかのように青空の方から実は僕非恋愛依存なんですとカミングアウトしてきた。
事前に聞いてはいたが、そうなんですねと答える以外変と字が思い浮かばなかった。
でも一度だけどうしても忘れられない女性に会って。と青空は突然話し始めた。
それは深く聞いてもいいのだろうか。
私が返答に困っていると、それを察したのか聞いてくれますか。と青空の方から尋ねてきた。
私ははい、勿論と答えると彼は嬉しそうに話し始めた。
小学生の時、オーストラリアに家族で行ったことが会って、そこで出会った方なんですけど。
ちなみに僕の両親は離婚していて母と妹が1人いるんです。
オーストラリアに行ったのも当時まだ両親が離婚する前で、向こうで働いている父に会う目的で行きました。
ですが父は何故か僕と妹には会ってくれなくて、母だけ父と会うことになったんです。
母が父と会っている間、宿泊先のホテルのプールで遊んでいてと母に言われて、当時の僕はせっかくオーストラリアまで来たのになんでお父さんは僕と会ってくれないんだって大泣きしていたんです。妹の方が逆にあっけらかんとしてプールで遊べるんだからいいじゃんって感じだったんですけれど。
母は僕が泣いているのを気にもせずにすぐに戻るからと父に会いに出かけてしまいました。
当時はまだ知らなかったんですけど、離婚の話をするためにわざわざオーストラリアまで行ったみたいです。
僕は仕方なく妹を連れてホテルのプールに向かったんですけれど、涙が止まらなくて。
そうしたら僕と同じくらいの女の子が近づいてきて、日本人だよね。どうしたのって声をかけてくれたんです。
私はその話を相槌をしながら静かに話を聞いていた。
僕は初対面の女の子に泣き顔を見られたのを少し恥ずかしく思いながらも、誰かにこの寂しさを伝えたくて、お父さんに会いに来たのに僕達と会ってくれないんだって正直に打ち明けました。
その子はろくでもない父親だねって小学生が言わないような大人びたセリフを呟いて妹と僕の手を取りました。
せっかくここに来たんだから楽しもうよ!
彼女は明るくて笑顔が似合う太陽みたいな女の子で、一緒にウォータースライダーを滑ったり、浮き輪でプカプカ浮いたりして遊んで。遊んでるうちに、彼女は自分のことについても話してくれました。
彼女の親は自分に無関心であまり話さないし、気にもかけてくれないんだと少し寂しそうに呟きました。
私が今ここからいなくなっても気付かないし悲しまないかも。そう言って彼女は突然プールから上がると、水深のある方へ飛び込みました。
大きな水しぶきが上がり、数秒立っても浮いてこない彼女に妹は不安になったのかお兄ちゃん!と声をあげました。
僕は勢い良くプールを一旦出て、彼女が飛び込んだ場所目掛けて飛び込みました。
彼女は水中から水面を見上げているようでした。
僕に気付いたのか微笑みながらそっと手を伸ばしたので、僕は彼女の腕を取りました。
そこはまるで二人の世界のような、言葉じゃ表せないんですけど、音がなくて感覚だけが研ぎ澄ませているような、お互いがお互いを必要としてるなんとも言えない不思議な感覚だったんです。
たったの数秒のはずなのに時がゆっくり進んでるような気持ちになって。
水中からパッと二人で顔を出すとプールサイドで妹が不安そうにお兄ちゃんと涙を浮かべながらを呼んでいました。
そんな彼女は僕を見つめて、ありがとうと恥ずかしそうにしてました。
なんだか僕も照れてしまって、いいよ。と不思議な空気が流れて。
彼女はビックリしたでしょ。悲しさ吹っ飛んだ?ときらきらした笑顔を見せて。
僕も拍子抜けしてしまって、僕を驚かせるためにしたの?と聞くとそうだよ!だって私水泳習ってるから泳げるもんと自慢げな表情を浮かべました。
子供ながらに天真爛漫な彼女に魅了されてしまったんですよね。
一緒にいると放っておかないような、けど芯のある自立した女の子に僕には映ってました。その子はそのままお母さんに呼ばれてじゃあまたねと嵐のように去ってしまったんですけど、僕は彼女のことが帰国した後もなぜか忘れられなくて。
彼女にまた会いたいってその時思ったんですよね。
話が長くなったんですけどまた、どこかで会えるかもしれない。俺が目立つ存在でいればその子に気づいて貰えるかもって小学生ながらに思って、それがアイドル目指すきっかけになったんです!と青空は私に話してくれた。
私はそんな些細な理由でアイドルを目指したことに驚きを隠せなかったが、ここまで努力してトップアイドルまで登りつめた人に対して口には出せなかった。
それでアイドル目指してトップに登りつめたの凄すぎます!
トップではないけどと青空は苦笑しながらも嬉しそうだ。
最初のきっかけは彼女に気付いて貰うためだったけど、歌とダンスをやっているうちに自分の好きなことなんだなって気付いて。今は自分の好きなことを仕事にできてるので、きっかけをくれた彼女には感謝してるんです。
会ったばかりなのに、こんな長々とした話、すみません。
いえ、全然。トップアイドルの方の忘れられない人ってどんな人だろうって気になったのでアイドルを目指すきっかけになったお話、聞けて嬉しいです。
ちなみにその子とは会えたんですか。
青空はにこっと微笑みそこは想像にお任せします。と答えた。
え、ここまで話して教えてくれないんですか。と私が拍子抜けした声を出すと、青空はハハハっと声をあげて笑った。
彼はアイドルの中で断トツの人気を誇るだけあって、今まで見てきたどのアイドルよりも圧倒的にオーラが違った。
自分の推しているAトレインでさえも越える何かを持っている気がする。彼の瞳は、ずっと見ていたら吸い込まれるような不思議な感覚がした。
テレビの勝手なイメージでクールで物静かな人だと思っていたが、実際はお喋りで気取らない彼に私は内心驚いていた。
ドル隊として来たからには行為をしなければいけないのだろうが、何故か青空とはしたくないと皮肉にも思ってしまった。
仕事として割り切るしかないが、でも何故自分がそんな感情を抱いているか、言葉では説明ができない。
彼があまりにも美しいからだろうか。
私が青空の顔を見てそんなことを考えていたからか、僕の顔になんか付いてます?といたずらっぽく聞いてきた。
いえ、ごめんなさい。私は慌てて視線を落とし誤魔化すようにテーブルに置かれたコーヒーを飲んだ。
るなさんは非恋愛依存って言葉ご存じなんですか。
唐突の質問に私は動揺し、えっと、恋愛依存症の逆と言うことでしょうかと聞き返した。
勿論知ってはいるが、スパドルの存在をアイドルに教えて良いのか会社の決まりが分からなかったので、曖昧な返事しか出来なかった。
まあ、簡単に言うと、そうですね。人を好きになれない人を指すみたいで。さっきさらっと言いましたけど、そう言えばるなさん非恋愛依存って言葉知ってるのかなと思って。
青空がアイドル唯一の非恋愛依存だと言うことは事前に聞かされていたが、実際に会って私は妙に納得した。
人並み外れたオーラを纏っているからだろうか、特定の人と付き合っている姿を私は想像出来なかった。
男性アイドルの方で1人非恋愛依存の方がいるって聞いてはいたんですけど。青空さんだったことにはびっくりしました。
アイドルで非恋愛依存俺だけだったんだ。それは知らなかったなと青空は驚きつつも、だから気に入ったドル隊は何回でも会えるんですよねと口にした。
私は返答に困ってしまった。青空はどのくらいの頻度でドル隊を利用しているのだろう。
ちなみに今まで気に入ったドル隊はいたんですか。
どこまで聞いていいのか分からなかったが、私は気に障る質問ではないか不安になりながらも、恐る恐る聞いてみた。
いや、それがいないんですよね。
失礼な言い方になっちゃいますけど、見た目は綺麗でも中身がないというか、面白味がないというか。
あと自分で言うのもなんですけれど、この外見なので好かれることが多くて。
好きっていう感情が垣間見えたり、気になる対象として見られると急に冷めるんですよね。
自分でも性格悪いなと思いますけど、ちょっと変わってますよね。
いや、そんなことないです。
私も同じと言ったら差し出がましいですけど、好意を持たれると冷めるの分かります。
もしかしてですけど、るなさんも非恋愛依存だったりしますか。
青空がカミングアウトしたから言ってもいいだろうと思い、私はそうなんです。と打ち明けた。
すると青空は今日一番と言って良いほど嬉しそうな表情になり、まじですか!よかった。僕たちいい友達になれますね!と手を差し出した。
私が握手をすると青空は嬉しそうに繋がれた手をブンブン振った。
初めて女性の非恋愛依存の方とお会いしました。
ドル隊に何人かいると聞いてはいましたが、るなさんだったとは。
ちなみにるなさんとはそういう、何て言うか、行為とか、求めたりしないので安心してください。
こうやって、何気ない話をして友達みたいな関係でいたいです。
私は頭の中で?でいっぱいになった。
青空から性的な行為をしなくていいと言ってきたではないか。ドル隊を利用している人で性的なことを求めない人もいるのだろうか。
青空は私の困惑している表情に気付いて口を開いた。
実際の所この職業していると女性の友達ってなかなか出来なくて。
非恋愛依存の方であれば、恋愛に発展しないし、安心して仲良くできそうだなと思ったんです!
るなさんとは、長く友達みたいな関係でお付き合いできたらなと思ってます。僕の話し相手になってくださいと照れた表情を浮かべた。
なるほど。そう言うことかと納得し、嬉しいです。ありがとうございます。と答えた。
青空の言葉は素直に嬉しかった。
性欲を満たす存在としてではなく、ひとりの人間として見てくれていると感じたからだ。
そして青空の言葉に内心ほっとしている自分もした。彼と身体的な関係を持ちたくなかったからだ。
るなさんはドル隊に入ってからまだ日が浅いですよね。
えぇ、そうですね。
唐突なんですけどドル隊に関することで、ちょっと確認したいことがあって。
今から言うこと誰にも言わないって約束してくれますか。
初対面なのに私が口を割らないと信用しているのだろうか。会ってから次から次へと色んなことを話す人だなと内心思いながらも、分かりました。誰にも言いませんと答えた。
すると青空はほっとした表情を浮かべ、話し始めた。
一週間くらい前かな、街を歩いていたら突然小さな男の子を連れた女性に話しかけられたんです。
その日は買い物でもしようかなって思い立って珍しく一人で表参道をプラプラしていて。
軽く変装はしていたんですけど、その女性にばれちゃったんですよ。
私はうんうん、と話の続きを待っていた。
そうしたらその方突然話し始めて、本当は口外禁止なんだけど、この子は俺との子ですって彼女の側にいた男の子を指差して言ったんです。
私は開いた口がふさがらなかった。
青空は話続けた。
最初はこの女性頭がおかしいのかなって思ったんですけど、身なりもきちんとされてるしそんな風には全く見えなくて。子供は確かに俺に少し似ているような気もするし。
そのまま無視して行こうかとも思ったんですけど、気になってしまってどういうことですかって聞いたんですよね。
そうしたら、その女性がある会社から俺の精子を買って体外受精したと言ってきたんです。
俺それ聞いて怖くなっちゃって、びっくりしてすぐその場を離れちゃったんですけど、そんなことって可能なのかなって。
青空の話を聞いて、彼は既にドル隊の会社が裏で行っていることに感づいているのかもしれないと思った。
私も今日聞いてしまった衝撃的な会話を誰かに話さずにはいれなかった。
まだ確証はないですけど、もしかしたらドル隊の会社がアイドルの精子を売ってるかもしれません。
青空はえ。と驚きのあまり固まってしまった。
本当に今日たまたま会社の人たちが話しているのを聞いてしまったんです。誰の精子がいくらで売れたって話してるのを。
青空は本当に!?とびっくりした様子だ。
私の推測ですけれど、性行為をする時の器具に精子を搾取する機械が取り付けられてると思うんです。
毎回その器具はドル隊の業務が終わった日か翌日までに会社に返却しなければいけない決まりになっていて変だなと思っていたんです。
なるほど。そうだったんですか。と青空は妙に納得していた。
だとすると、ドル隊と行為した数だけ俺の子供が街にいるかも知れないってことですよね。
どこの誰かも分からない女性との子が。青空の表情はみるみる真っ青になっている。
そう考えたら気持ち悪いと言うか。本人の許可なく行っていることに対しても納得いかないし。
でも証拠もないからどうすることもできないっていう。
そうですね、私もその話を聞いて今の会社に不信感を抱いてしまって。
もしもこのことが事実だとしたら、犯罪まがいなことしてる組織にいたくないなって。
二人して暫く沈黙した後、青空は口を開いた。
るなさん、ダメ元で聞くんですけど僕と一緒に精子売買している証拠を集めてくれませんか。
思いがけない言葉に私はえ、と声を詰まらせた。
真実が知りたいんです。勝手に僕と血の繋がった子供が世の中にいたらと考えると怖くて。
こうして頼めるのも、るなさんしかいないんです。
ちゃんと報酬もお支払します。
そうは言っても青空の頼みはすぐには受け入れられなかった。
仮にアイドルの精子売買が行われていたとして、どのように証拠が取れるのだろうか。
今日会社で盗み聞きしたやりとりを録音しておけばよかったと後悔した。
青空が証拠を集めたくても、会社内部に潜入しない限りなかなか証拠集めは難しいだろう。
考えてみると私の方が自然に会社内にも入れるし、怪しまれずに他の社員の会話を録音することも可能だ。
そして私も真実が知りたいとも思っていた。
本当はこのまま仕事を辞めようと思っていたが、青空にとっては私にしか頼めないことでもあるし、目の前の困惑している彼を見て、放っておけないと感じた。
私は暫く考え、分かりました。協力しますと勇気を出して口にした。
るなさん、本当ですか!?協力してくれてありがとうございますと青空は嬉しそうに深々と頭をさげた。
いえ、私も真実が知りたいですし。
でも、もしも仮に精子を売っていたとして、いったい誰がどのように購入してるんですかね。
きっと高額でしょうし、お金をある程度持っている人に声をかけるのだろうけれど、売り込み方も難しいような気がして。
私が頭を悩ませていると、実はその表参道で声を掛けてきた女性、僕のコンサートで見たことがあるんです。
確か関係者席にいたと思うんですけれど、関係者席と言うことは、内部の誰かと繋がってる可能性もあると思うんですよね。
すごい、コンサート会場のファンの顔も覚えてるんですね!と私が驚くと人の顔を覚えるのは得意なんですよ。
その方はたまたま近くの席にいて、派手めな服を着ていたので目立ってたんですよね。綺麗な方だったし。
なるほど!私は人の顔覚えるのが苦手なので、その記憶力羨ましいです。
そこで私はふと、気付いた。
アイドルの精子の売買が実際に行われているとしたら、青空さんの価格は高額だと思うんですよね。
だからもしも私と行為をしないとなると精子を持ち帰られなくてお金にならないから、私たちのペアって会社的には損害でしかないですし、外されてしまうと思うんです。
証拠を掴むためにも、行為はしたほうがいいのかもしれません。私が言うのもなんですが。
青空はなるほどと腕組をした。
そして何か閃いたような表情になり、分かりました!それでしたら俺ひとりで抜いてきます!と勢いよく口にした。
その言葉にわたしはえぇ!?と驚いた。
私が唖然としていると、問題ないです。
世の中の男はみんなやってることですからと笑った。
私はそうしたらこれと青空にちつこを手渡した。
恥ずかしながらも青空にちつこの説明をする。
恐らくこの中で射精をすると、精子が搾取される仕組みになっているんだと思います。
青空はまじまじとちつこを見つめ、こんな風になってるんだ。すごいな。と感心しているようだ。
言いづらいし申し訳ないんですけど、じゃあお願いできますか。
青空は恥ずかしい話、最近はドル隊に任せっぱなしだったから自分で抜けるか不安ですけど。ちょっと一旦失礼しますね!
家主いなくて変な感じですけど、良ければくつろいでいてください。
そう言って青空はパタパタと階段を降りていった。
青空にひとりでさせるのもなんだか申し訳ないが仕方がない。
しかもトップアイドルが一人で抜きに行くというこの奇妙なシチュエーションに私は思わず失笑してしまった。
暫くして青空が帰ってきて、恥ずかしそうにちつこを手渡した。
ちゃんと綺麗な包みに入れていて、見えないように隠されていた。
ありがとうございます。これを持ち帰って、可能な限り行方を追ってみます。
あまり無理はされないでください。
もしも裏で動いているのがバレたら消される可能性もあるので。
け、消される?!そんなのドラマの世界ではないだろうか。
青空は私の反応に苦笑いを浮かべながら、流石にそれはないと思いますけど、相手は大手の芸能事務所でもありますし、気を付けた方が良いってことです。
なるほど。確かにそうですね。気を付けます。
バレずにできるかかなり不安だが本当に大丈夫だろうか。
何かあったときのために連絡先交換しておいたほうがいいですよね。
このアプリだったらバレないと思うので、これでやり取りしましょう!
青空は私にスマホを貸してくださいと言うと、慣れた手付きでアプリをダウンロードしIDを紐付けてはいっと私に手渡した。
このアプリマイナーの連絡手段で芸能人もよく使ってるやつなんで、バレないと思います!
明日事務所に行くので、連絡しますね。
なんだかるなさんに頼りっぱなしで申し訳ないです。
僕明後日からツアーなので返信は遅くなるかもですが必ずお返事しますので。
よろしくお願いします。
今日は初対面なのに色々一気に話しちゃってすみません。しかも証拠集めの協力までしていただいて。と青空は申し訳なさそうに言った。
いえ。テレビで見る青空さんとイメージが違って、お喋りで明るい方だと知れて楽しかったです。
証拠集めも可能な限り協力します!大学四年は割りと時間があるので。
そっか。るなさんはまだ学生なんですね!
いいな。俺も青春したいと青空は笑った。
ちなみに俺は今年23歳なので歳も近いし、全然タメ語で話しましょう!
これから俺の女友達になってくれる人だし!ね、るな!といたずらに笑う彼はまだ少年のような幼さも垣間見えた。
この人はこの笑顔でどれだけの人を魅了してきたのだろう。
テレビでは見ない表情豊かな彼を見るのは、なんとも不思議な気分になった。
うん、分かった!タメ語にするね!青空って呼んでも言い?
もちろん!なんだか新鮮で嬉しいな。
次会うのも楽しみにしてる!
敬語に戻ってるのなしだからね!
分かったよと私は笑った。
この歳で新しい友達できるのなんか新鮮だなと嬉しそうにニコニコしている。
そろそろ時間だね。今日はありがとう!
青空が玄関の扉を開くと既に運転手が庭で待機していた。
どうか無事でと青空と握手を交わし私はまたねと車に乗り込んだ。
車窓から窓を覗くと青空は門から車が出るまで見送ってくれていた。
あっという間に時間が過ぎてしまった。
テレビでしか見たことがなかった人と、実際に会ってお喋りしていた時間はなんとも不思議な気分だった。
自分は一方的に知っているから、初対面のような感じはしなかったが。
でも、青空に会ってテレビでの印象と違うなと感じたことに、無意識のうちに彼はこういう人だと決め付けてしまっていた自分に気づき、この仕事をする上でも気を付けなきゃいけないなと感じた。
思い込みって駄目だな。実際に自分の目で見て、相手と会話して初めてその人が分かるのに。
きっとAトレインも私の中ではきらきらと楽しそうにダンスをしていて輝いているイメージしかないが、彼らもそれぞれの悩みがあったり本来の自分を隠してる部分もあるんだろうなとふと思った。
今日青空に出会えたことは、自分の感情の気づきもあり、なんか良い日だったな、と沁々と感じた。
彼の精子売買疑惑の件は調査する羽目になってしまったが、青空とも仲良くなりたいし、良しとしよう。
帰りの車の中で、私は久しぶりにワクワクするような感情に浸ったのだった。
翌日の朝、私はドキドキしながらちつこを持って事務所に向かった。
なんとなく送迎車より自分の足で向かいたかった。
事務所に着くといつもの通りエントランスから入った。
自分の名前を警備員に伝え入ると、私はまず、この間スタッフ同士の会話を盗み聞きをした場所である休憩室に向かった。
こっそりと休憩室を覗くと今日は誰もいないようだった。
仕方なくちつこを渡すためにいつも案内される部屋へ向かった。
ノックをして部屋に入ると白衣を着た研究員の人が、こちらにお名前と今回ちつこを使用したお相手の名前をお書きくださいと言われ、言われた通りに記入する。
新しいちつこを受け取り、ありがとうございました。と丁寧にお辞儀をされた。
私は思い切ってアクションを起こしてみることにした。
あの、毎回こちらにちつこをお届けするのが手間なのですが、必ずお返ししなければいけないのでしょうか。
研究員は私の質問に少し驚き、社内の決まりで使用したちつこは回収することになっているんですと答えた。
どうしても時間が取れない場合はバイク便で送っていただく方も稀にいますが、基本的には使用して24時間以内には持ってきていただく決まりがあります。
そうですか。分かりました。ありがとうございます。
私は軽く会釈をしてそそくさとその部屋を後にした。
やっぱり疑えば疑うほど怪しすぎる。色白ですらっとしたドル隊らしき人とすれ違い、彼女もちつこを持ってきているのだろうなと思いながらお手洗いに向かった。
ほとんど収穫がなかったな。どうしよう。
私が手を洗っていると、はい、青空さんのスパムを今お持ちします。と無線を使って話している声が聞こえてきた。
私がひょこっとトイレの出口から顔を覗くと、先ほどちつこを手渡したと思われる女性が急ぎ足でどこかに向かっているようだ。
スパムってなんだろう。
私は見つからないようできるだけ足音を立てないように追いかけた。
するとその女性は扉を開けて部屋の中に入っていった。
わたしはその扉にそっと耳を近づけてどうにか音が聞こえないか聞き耳を立てた。
しかし中での音は全く聞こえない。勇気を出して少しだけ扉を開けてみると、周りに人らしき人はおらず、さらに廊下が続いているようだった。このまま向かってみてもいいのだろうか。なんだかゲームをしているみたいだ。
物音がしない廊下を歩くのは抵抗があったが、人影もなかったので、進んでみることにした。誰かと遭遇してしまったら、道に迷ったことにしようと心に決めてドキドキしながらも小走りで廊下を進む。
しばらく歩くと先ほどの研究員と合わせて3人程の人が顕微鏡を見ながら作業をしているようだ。
私は音が出ないようスマホのカメラを起動した。
ちなみに録音はスマート時計で会社に入る前から起動していた。
青空さんのスパームと一致しました。
先ほどスパムと聞こえたがスパームと言っているようだ。
確認ありがとうございます。と先ほどの研究員が受けとる。
今回はいくらで売れるんでしょうね。
本当にそれね!これだけで一生あそんで暮らせるくらいお金出す人もいるんだから。
世の中にはとんだ金持ちがいるのねー。
じゃあこれ、販促課に持っていきますね。スパームは英語で精子のことだ。
やっぱり。青空の精子を売っているんだ。とその会話をまた聞けた上に録音まで出来たのだからかなり付いている。
だが、まずい早く隠れなきゃ。私は辺りを見渡し隣の誰もいない部屋にさっと忍び込んだ。
パタパタと小走りで戻っていく研究員の音が聞こえる。私は息を殺してじっと机の裏にうずくまっていた。
暫くしてあたりが静まったのを確認すると、私はさっと部屋を出て元きた道を戻った。
どうにかバレずに戻れた。と思い静かに扉を閉めて、元きた廊下を歩き出すとなんと突然目の前に鈴木秘書が現れた。
私はまさかの人物に思わずわっ、と声を漏らした。
あれ、杏梨さんなぜこちらに?
私はびっくりして一瞬言葉を詰まらせたが、気を取り直し、ちつこを渡しに来たのですが道に迷ってしまって。方向音痴なんですよね。と苦笑いを浮かべた。
そうだったんですか。
昨日は青空さんとのお仕事でしたよね。
トップアイドルとのお仕事いかがでしたか。
え、えっとやっぱりオーラが違いました。きらきらしていると言うか。
私が無難な感想を伝えるとちょうどよかったです。青空さんのことで少しお話がありまして、お時間よろしいでしょうか。
青空のことで、一体なんだろうと不安を感じながらもはい、大丈夫です。と冷静を装った。
私は内心ドキドキしながら鈴木秘書に付いていく。
まさか私たちの計画がばれてしまったのだろうか。
部屋に入りお互い向かい合って椅子に座ると、早速ですがと鈴木秘書が話し始めた。
今回お呼び出ししたのは、杏梨さんには青空さん専属のドル隊になっていただきたくお話しをさせていただきました。
青空さんの専属ですか?
そうです。青空さんと杏梨さんは同じ非恋愛依存なので杏梨さんの同意が取れれば問題なく進めさせていただこうと考えているのですが、いかがでしょうか。
まさか昨日の今日で話が進むと思っていなかった。青空もそうだが会社の対応の早さに驚いた。
青空さんも良い方だったので、私は問題ないです。と伝えるとそうですか。よかったですと鈴木秘書はほっとしたようだった。
杏梨さんもご存じの通り、彼は親会社の一番の稼ぎ頭ですから、彼からの要望は可能な限り応えているんです。
なので、杏梨さんが了承してくださったこと、感謝いたします。と頭を下げた。
いえいえ、そんな。あんなトップアイドルの方に気に入っていただけたようで嬉しいです。
と当たり障りのない言葉を伝えた。
ちなみになのですがご存じの通り青空さんは多忙スケジュールなのでできる限りの日程は彼に合わせていただきたく思います。
もちろん、お給料はその分アップさせていただきたく思いますので、こちらの金額で如何でしょう。
そういって鈴木秘書は持っていた紙を差し出した。そこに書かれていた提示額は今の給料の2倍だった。
それほど青空にお金をかけているということだろう。
こんなにいただいていいんですか?
まだ学生の私にとっては、かなり大きな金額のため不安を覚えた。
勿論です。
青空さんの都合で動いていただく形になるので今回の提示額が妥当であると会社で判断した結果です。
そうですか。
私自身今後自分がどうなるかわからないし、稼げる時に稼いでおいた方がいいのかもしれない。
ありがとうございます。お仕事頑張ります。
鈴木秘書は私をじっと見つめ、そうですか。杏梨さんがやる気のある方で安心しました。と微笑んだ。
少し間があったのが気になったが、私は愛想笑いを浮かべた。
ちなみに以前専属になる場合、そのアイドルと同じマンションに住んでいただくとお話したかと思いますが、青空さんは戸建なので、その対応が難しいんです。
そのため、青空さんのご自宅に行く際は毎回厳重な送迎車を会社で手配させていただきます。
ちなみになぜ青空さんは他のアイドルと違って戸建なんですか。と私が尋ねると、鈴木秘書は確か私の記憶ですと、青空さん、プールがお好きみたいでプール付きの家を希望されていたんですよね。
マンションにもプールがあるところもありますが、完全にプライベートなプールがいいとのことで、特別対応で会社が用意した家みたいですよ。
かなりご自宅が大きいのでびっくりしたでしょう?
プライベートプールが欲しくてあんなに大きな家に住んでいるのかとスケールの大きさにびっくりしてしまう。
それも忘れられない彼女の思い出のためだろうかとふと考えが頭をよぎった。
すると鈴木秘書は、突然引き止めてしまってすみませんでした。ご予定もあるでしょうし、今日はお帰りください。出口までお送りします。と何やら腕時計に目線を落とし、次の予定があるようだ。
鈴木秘書に別れを告げ、無事に会社を出れたことに安堵した。
しっかり証拠も取れてラッキーだった。早速そのことを青空に連絡し、その足取りで向かった先は、前のバイト先だった。
突然バイトを辞めるような形になってしまい、まだ挨拶もできていなかったのだ。
バイト先に着くと、岩田シェフがいつものように仕込みをしていた。
こんにちは。私が声を掛けると、シェフは振り返りえ!杏梨ちゃん!どうしたの?と嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきた。
なんだか突然辞めるような形になってしまってご挨拶もまだ出来ていなかったので、と私は道中に買った菓子折りを手渡した。
わざわざ、いいのに。忙しい中ありがとう。
よければ何か飲んで言ってよ。何がいい?
ありがとうございます。そしたらホットコーヒーをお願いします。
オッケー。好きなところ座ってて。
シェフはサッとコーヒーをマグカップに注ぎテーブルに座っている私の前にそっと置いて、自分も腰を掛けた。
仕込みは大丈夫ですか。と私が尋ねると、今日はちょうどディナータイムが遅めだから少しゆっくりできるんだとコーヒーを口にしながら答えた。
ところで杏梨ちゃん、藤田さんのところでバイトを始めたんだって?
シェフは聞いても大丈夫なのかなと様子を伺う感じで、私に質問をしてきた。
まぁ、そんな感じです。と答えると、そっかぁとシェフは肩を落としたように見えた。
本当は杏梨ちゃんには卒業までうちで働いて欲しかったんだけどね。
お客さんからも杏梨ちゃんの接客は好評だったし、実は杏梨ちゃん目当てで来ていたお客さんもいたんだよ。
と悲しげに言った。
そうだったんですか。私も出勤最終日があの藤田さんが来た日で最後になるなんて思っても見ませんでした。
ご迷惑をかけてしまって本当にすみません。
そんな杏梨ちゃんが謝ることないよ。鈴木秘書にどうしても杏梨ちゃんをお貸しくださいと言われちゃってさ、大事なお客様でもあるし断るに断れなくてさぁ。
お給料も全然違うだろうし、そこは杏梨ちゃんに決めて欲しいって伝えたんだ。
そうだったんですか。
もう働き始めてるんだよね?大丈夫そう?
シェフは私がどういう仕事をしているのか大体想像がつくのだろう。
言いづらそうにしているのがなんとなく伝わってきた。
私もなんだか気まずくなって、えぇ。まだ全然慣れてはいないですけれど、もう少し続けてみようかなって思ってます。
そうかぁ。まさか杏梨ちゃんが藤田さんの元で働くようになるとは想像もしてなかったよ。
くれぐれも無理はしないでね。
はい、ありがとうございます。
後、あの藤田さんとは二人きりにはならない方がいいと思うよ。本人にはくれぐれも言わないで欲しいけど。
え。どういうことですか?私が聞くと、シェフは小声で杏梨ちゃんだから言うけどと気まずそうに話し始めた。
あの藤田さんは、見て分かる通り綺麗な人が好きなんだよ。
だから杏梨ちゃんも狙われないか心配でさ。
そんな、藤田さんと私が関係持つなんて絶対にないです。
そう言うと、シェフはさらに小声になり絶対に言わないって約束してくれる?杏梨ちゃんにだから忠告しておきたいことがあるんだけれど。と真顔で私に聞いてきた。
私は何故だか少し緊張し、唾を飲み込んだ。
わかりました。誰にも言いません。最近秘密を聞くことが多いなとふと思った。
シェフは一呼吸置いて話し始めた。
他の芸能関係に勤めている社長に聞いた話なんだけれど、あの人裏で悪いことをやっているらしくて。
狙った女の子の飲み物とか食べ物に睡眠薬を入れてお持ち帰りしているらしいんだ。
え。どう言うことですか?!
私は驚きを隠せなかった。あんな大きな会社の社長がそんなことをするのだろうか。
しかもタチが悪いことに、記憶のない状態で相手の同意なしに体の関係を持ってさ、あんまり言いたくはないけれど避妊をしないらしんだ。
ええ!と私は開いた口がふさがらなかった。
そんな非道なことする人がいるんですか!
私のあまりの驚きようにシェフの方がびっくりしているようだ。
本当に、人格を疑うよね。
しかも狙う子が杏梨ちゃんの立ち位置のような同じ会社で働いている綺麗で若い子だったり、まだ売れていない俳優やタレントのたまごの子だったりしてさ。かなり悪質だよね。
それは、かなりひどいですね。
それでさ、避妊をしない訳だから妊娠する人も中にはいて。出来たら必ず産ませるように仕向けるんだって。
どんな脅しをしているのかそこまでは知らないけれど、あれほど大きな会社の社長だからさ、権力で何でも出来ちゃうと思うんだよね。
被害にあった女性は結構いるらしくてさ。藤田さん、かなり杏梨ちゃんのこと気に入っていたから、今後絶対に仕掛けてくると思う。
二人で食事に行こうとか、どんな感じで誘ってくるかは分からないけれど。
マジで気をつけて。
シェフの目は真剣そのものだった。
そんな、言いづらいこと、私に教えてくださってありがとうございます。と私は頭を下げた。
するとシェフは、いいのいいの。杏梨ちゃんは長くうちに勤めてくれたし、親戚みたいに思ってるからさ。
もしも俺が言ったことがバレたとしても後悔はしないよ、それで杏梨ちゃんを守れたならよかったって思うよと微笑んだ。
今教えてもらったことは、口外しませんと伝えた。
でも藤田さんはなんでそんなことするんでしょうか。
何でそんなことするのか藤田さんのことは俺も分からないけど、ただの性癖なのか、自分の子孫をたくさん残したいとかなのかな。異常行動すぎてよく分からないや。
ですよね。藤田さんには気をつけます。私もそんなに長く勤めるつもりはありませんし。
そうなんだ。ずっと杏梨ちゃんのこと心配してたからさ、今日こうやって話せてよかったよ。ありがとう。竹内くんも心配してたよ。また会いにきてあげて。
彼が出勤するのもレアだけれどね。とシェフは笑った。
私もお話しできてよかったです。
ありがとうございました。と伝え店を出た。
私は家に帰りすぐに青空に電話をかけてみた。
確かツアー中だったけど忙しいかな。
暫く呼び出し音を鳴らしたが、電話に出なかった。
その日の夜、お風呂から上がるとタイミングよく電話が鳴った。青空からだった。
連絡遅くなってごめんと青空は電話に出るなり早々謝った。
ううん、今日は話したいことがたくさんあって。少し時間もらっても大丈夫?
勿論!と青空はいい、今日あった出来事を全て話した。
話終わるとるな、本当にありがとう。でも藤田さんはかなり要注意人物だね。と声のトーンが暗くなった。
しかもさ、研究者たちの精子売買の音声が取れたんだよね。それ、結構証拠になると思う。
無くさないようにその音声コピーしてもらって、今度うちに来るときに持ってきてもらってもいいかな?
うん、もちろん。
そしてもう一つ、るなって会社のスマホも支給されてるよね?
私がうんと答えると、それ、位置情報入っていると思うんだよね。と青空は冷静に言った。
話を聞いてると鈴木秘書の来るタイミングがるなの位置を把握してるように感じて。
確かに。タイミングとしてはピッタリだった。あんな風に鉢合わせするものなかなかなさそうだし。
そういえばるなにも話いってるとは思うけど、正式にるなが俺の専属のドル隊になる許可貰えたから、詳しいことはまた会った時に話そう。
ツアー終わったらすぐ召集かけるから!それまでくれぐれも藤田さんには気をつけて。
うん。分かった。ツアー頑張ってね!
うん!ありがとう!
そういって電話を切った。
藤田社長の話を聞いて、あんなにダンディな感じなのに恐ろしい人だったとはと衝撃が大きかった。
真実を突き止めるまでに私は無事でいられるんだろうか。
なんだかモヤモヤしてしまい、その日は不安でなかなか寝付けなかった。
次の日は久しぶりの大学だった。レオと蓮斗、彩綾と学食でランチを一緒にする約束をしているので、それを楽しみに授業を受けた。
お昼のチャイムがなり、急ぎ足で食堂に向かうと、レオと蓮斗が座っていた。
杏梨久しぶりー!と蓮斗が大きく手を振った。
レオとはこの間泣きながら語ったぶりだったので、少し気まずそうに久しぶりっとはにかんだ。
3人で喋っていると紗綾が遅れてやってきた。
レオがいることで、周囲の視線を感じたが、本人はさほど気にしていないようだった。
そういえばさ杏梨は就職先決まったの?
蓮斗が思い出したように私に聞いてきた。
あっという間に十月ということもあり、ほとんどの人は就職先が決まっていた。
紗綾はメーカーの事務職として蓮斗は商社の営業職として既に内定している話を聞いていたので、私の就活問題が気になったのだろう。
私は本当のことは口が裂けても言えないなと思いつつ、そうだね、お父さんの会社に就職するつもり。とだけ答えた。
一番バレにくいと思う嘘をついた。
そっか。杏梨のお父さんアパレル系の社長だもんね!と紗綾がすかさず聞いてきた。
うん。お父さんの会社だし融通も聞きやすそうだなっていう安易な考えなんだけどね。
嘘をついていることに少し心が傷んだが仕方がない。
蓮斗は親父が社長って羨ましすぎるなー。
容姿端麗で親社長って恵まれすぎだろ。と冗談目かしに呟いた。
レオは変わらず芸能の仕事続けるんだよね?と紗綾が聞くと、まあ、それしか今のところ考えてないかなとのことだった。
そろそろ卒業旅行のこと決めようよ。と突然蓮斗が言い出した。
それって俺も行っていいの?とレオが聞くと、もちろん!この4人でせっかく仲良くなったんだし近場でも良いから行こうよ!と嬉しそうだ。
せっかくだから海外行きたいなと卒業旅行について話し始める。
紗綾は突然私オーストラリアのブリスベンに行きたいと言い出した。
イケメンが多いらしくて、綺麗な街なんだって。こないだテレビで見て行きたくなったの!
動機が軽いなと思いつつも私はオーストラリア行ったことあるけど、あまり覚えてないし二人が良ければブリスベンでいいよ!
蓮斗は俺もオーストラリア行ったことないし、楽しそうと意外にも酸性のようでレオは俺も!オーストラリアでコアラ抱っこしたいと思ってたとあっさりと卒業旅行の場所が決まった。
蓮斗は場所が決まるとすぐに飛行機やホテルを調べみんなに情報を共有した。
レオは蓮斗の対応早すぎ。尊敬するわと口にし、卒業旅行楽しみに仕事も頑張れそうだと嬉しそうに笑った。
紗綾は卒業旅行でいろんな所に行きたいし、お金稼がなきゃ!と言い、早速これからバイトだからバイバイと卒業旅行の話がまとまった途端そど落ち着いているタイミングということで、3月初旬にオーストラリアに行くことでになった。
観光スポットやアクテビティを決めるのも楽しくて、計画を立てている時からワクワクした。
蓮斗はこの他にも三つほど卒業旅行の予定があるそうで、バイトして稼がないとと嘆いている。
航空券もホテルも予約しほとんどの予定が決まった。
蓮斗はこの後バイトとのことで別れ、紗綾とレオでお喋りしていた。
そう言えば涼太くん今体調不良で活動休止してるけどなんか聞いてる?
紗綾が小声でレオに耳打ちをする。
私も気になってた!大丈夫なのかな。
するとレオは腕を組み、俺も連絡取ってるんだけど返事がないから心配してるんだよね。と寂しそうに呟いた。
そうなんだ。友達に連絡できないくらい深刻なのかな。心配だね。
そうだなぁ。メンバーなら何か知ってるかもだけど、翔とかに連絡取ってみようかな。
うん、そうしてみて。紗綾は今にも泣き出しそうな表情だ。
紗綾も次の授業があるとのことで別れ、レオと私は授業もなかったので、そろそろ帰ろうと校門に向かって歩いた。
校門を出てすぐ、あの、と誰かに呼び止められた。
突然声を掛けられ二人してびっくりして振り返る。
黒いキャップを深く被りマスクをしているた、誰か分からなかったが、俺だよという声にもしかして涼太?とレオが尋ねた。
その男性はうんと深く頷いた。
お前、心配してたんだぞ。何で連絡の一つもくれないんだよ。とレオが言うと、取り敢えずここじゃあれだからレオの車行こう。
杏梨ちゃんにも話したいことがあるから、ちょっと一緒に来て欲しい。
え、私?
そう一方的に話し終えると、そそくさと涼太は先陣切って歩き出した。
駐車場に着き、レオの車に乗り込むと涼太はちょっと待って。と何やら小さな機械を取り出し、何かを確認しているようだ。
盗聴器がないか念の為調べておく。
どうしたんだよ。涼太。そんな入念にとレオは心配そうに様子を伺う。
念の為みんなスマホの電源落としてくれる?
私は戸惑いながらもスマホの電源を落とした。
よし、大丈夫かと涼太はトーンを落とし、じゃあ話すね。レオ、連絡できなくて心配かけてごめん。
連絡する余裕がなかったんだ。と涼太は話し始めた。
今活動休止中なのは病気とかじゃないんだけど、ある出来事があってちょっとメンタル的にきてて。と涼太は今にも泣き出しそうに少し過呼吸になりながら声を絞り出して話始めた。
いいよ、無理せずゆっくりで。とレオは涼太の肩に手を添え心配している。
ありがとう。これから話すこと誰にも言わないって二人とも約束してくれる?
私とレオは事の深刻さを感じ、顔を見合わせ頷いた。
すると涼太はふぅと深呼吸し、呼吸を整え話始めた。
まず先に言っておくとこれから喋ることはかなり驚かせてしまうかもしれない。レオの事務所がどうなのかは知らないけど、俺の事務所は恋愛に制限がある分、女性と繋がれるサービスみたいなのがあるんだ。と突然ドル隊の話をし始めるではないか。
ドル隊は口外禁止で誰かに喋ったとバレた場合、アイドルとしていられなくなる可能性だってある。
それは涼太も分っているはずなのに、大丈夫なのかと私は不安になりながら涼太を見つめた。
涼太は私の不安など気にしていない様子だ。
レオは女性と繋がれるサービスって何?とキョトンとした顔で涼太を見た。
涼太は本当は言いたくないんだよなぁと小さくため息をつき、簡単に言えばやれるってこと!
するとレオは心底驚いたのか目を見開き、え。そんなサービスがあるんだと驚き硬直している。
本当はこのこと自体社外秘で、俺が言ったことバレた場合アイドルでもいられなくなるし、もしかしたら社会的に抹殺かも知れない。
えぇ。抹殺!?私が驚きの声をあげると涼太は真顔で頷いた。それほどやばい人が絡んでるってこと。
その働いている女の子たちを通称ドル隊って言って、毎回違う子がうちに来てくれるんだ。
ちなみに説明を足すと特定の子だと身バレとか彼女と勘違いして週刊誌に撮られるリスクがあるから、毎回違う女の子がくるんだけど。
と暫くの沈黙の後涼太は覚悟を決めたかのように口を開いた。
俺が活動休止前に会ったドル隊の子が死んだんだ。とポツリと呟いた。
私はびっくりしすぎて言葉が出なかった。
レオは死んだってどうして。と涼太の次の言葉を待っている。
その子、SNSの裏垢を持っててそこに俺と会った時の写真とか俺の部屋を勝手に撮っていたみたいで。その写真を最悪なことに裏垢に載せたんだよね。
それが会社にバレて、社長に呼ばれたんだ。
この部屋は俺の部屋なのかって。
俺がそうだって答えたら、もう一人横にいたガタイの良いおじさんにすぐに耳打ちして、よし、あずさはおしまいだなって言っててさ。あずさはその時会ったドル隊の子ね。
その場で少し待ってろって社長に言われて少し座って待ってたんだけど、二人で何やら話してて。
暫くして帰っていいって言われたから帰ったんだけど。
その社長に写真を見せてもらった時に、裏垢の名前もuteて覚えてたから、自分でも調べて俺の部屋の写真もろに載せてた子を見つけてさ。この子かと思って、フォロワーとかも念の為に控えておいたんだ。数十人くらいの少ないフォロワーだったし、また何かされたら嫌だなと思って監視の意味も込めてね。
そしたら数時間後また見てみたら既にその投稿は削除されててさ。やっぱ事務所の対応早いなってその時は安心したんだけど。
何か気になっちゃってその子がフォローしてた人のアカウントを覗いてみたら、あずさって子のアカウントを引用してどうして天国にいっちゃったのって書かれてたんだ。
俺それ見た時に信じられなくてさ、どうにか真実が知りたくて俺の妹に頼んで妹のアカウントでその子にあずさの友達って嘘ついて、連絡が取れないけど何か知らないかって聞いて貰ったんだ。そしたら自殺したって返信きて。
それでも信じられなくて、お葬式やるって言うからたまたま空いてタコともmあってその場所にも行ったらさ、マジでそのあずさって子だったんだ。
一度しか会ってなかったけど、とりあえずちゃんと喪服で言ってたからお線香もあげてさ。母親らしき人がずっと泣き続けててさ。周囲にあずさは自殺じゃない。殺されたんだって周りに話してたんだよ。あの子が薬を大量に飲んで死ぬはずないって。
そこからさ、社長ともう一人の男の人が喋っていたおしまいって言葉は殺すことだったんじゃないかって考えちゃって。考え出したら止まらないし、不安になってさ。
怖くなってマネージャーに聞いたんだよ。俺の家の写真漏らした子が死んだらしいけど、事務所で何かしたのかって。
そしたらマネージャー、なんで俺がそんなこと知ってるんだって怒り出してさ。このことに首を挟んじゃない。ただ静観してればいいんだよって。
事務所が全て片付けてくれるんだから余計な心配はするなって。
タイミングがタイミングだし、あずさって子のしたことは許されないことだけど、それが原因で殺されたのだとしたら俺のせいでもあるかもしれないって。考え出したら何もする気も起きなくなっちゃって、寝れなくもなってさ。
疲れもあったのか俺レッスン中に倒れちゃったんだよね。だから活動休止してるって言うね。伏し目がちに呟いた。
話を聞いて、そんなただ個人情報を漏らしただけといったらなんだが殺すだろうかと思ったが、藤田だったらやりかねないかもしれない。
その社長といたおじさんって名前は?と私が聞くと名前までは分からないけどたまにうちの事務所に来てる確か系列会社の社長だったようなと言うので、私はネットで調べこの人?と涼太に見せるとそう!この人だ!と声を上げた。
やっぱり。藤田だった。
何で杏梨知ってるのとレオは不思議そうに私を見る。
いや、えっとAトレインの会社の系列会社っていったらここかなぁと思っただけ。と咄嗟に出た出任せを口にすると推し活ってそこまで把握してるんだとレオは驚いているようだった。
するとレオは普通に考えたらだけど、個人情報流出は立派な犯罪だけどさ、ただアイドルの情報を裏垢で流したくらいで人を殺すなんてしないんじゃないかな。
だってそれって殺人じゃん。刑務所行きでしょ。
そう。だから俺は自殺に見せかけた他殺だと思ってる。
そんな都合の良いタイミングで人が死なないでしょ。
まぁ確かに。とレオも納得したようだ。
私はその話を聞いて鳥肌が立っていた。そんな簡単に人を殺してしまうのかと。
涼太は私も危ない目に遭うかも知れないと思って、この場に呼んだのだろう。
早く真相を暴いて藤田を止めないと。
何か話したら少し楽になった。こんなこと誰にも言えないし。
一人で抱え込むには辛すぎて。と涼太が口にした。
もし仮にその子が殺されてたとしても、それは涼太のせいじゃないし、そんな思い詰めることないよ。
涼太の会社ってちゃんとして大手芸能事務所だし、そんな人を殺すとかはないと思うけど、実際に涼太がそう感じたのならそうなのかも知れないし断言はできないけどさ。
正直なところ芸能界って闇が多すぎてたまにすごく辞めたくなる時あるよな。とレオは悲しそうな表情を浮かべた。
俺たちができることって、ただ目の前のことを粛々とやるだけじゃない?
しかも涼太には大勢のファンがいるわけだし。みんな心配してると思うよ。
紗綾も杏梨もすげぇ心配してたしね。とレオは私に目配せをした。
うん、そうだよな。俺が悩んでても何も解決しないしね。と涼太は俯きながら呟いた。
涼太が話をする中で、私は考えていた。
何かあった時のために二人には話しておいた方がいいのかも知れない。
私も二人に話しておきたいことがある。と話始めた。
レオにはびっくりさせちゃうかも知れないけれど、私ドル隊としてちょっと前から働き始めてたの。
唐突な私の暴露に、レオはえ、と口をさらに大きく開き、涼太もレオに言っちゃうのかと驚いた顔で私を見た。
レオはこことここで話が繋がるとは思っていなかった。
頭が混乱しそうと相当動揺しているようだった。
私は簡単にドル隊になった経緯、今青空の専属のドル隊でいること、そしてその青空から依頼を受けて真実を暴くために二人で調査していることを打ち明けた。
すると、レオはちょっと、待って。全然話についていけない。クロッズの青空さんなんてアイドル界のトップの人じゃん。
青空さんの精子を売買してるってこと?
そう。と私は静かに頷いた。
涼太はドル隊と実際に関わっているので、受け入れるのは早かった。
もしかしたら俺の精子も知らないうちに売られてるってことだよね。と意外にも冷静なトーンで口にした。
そうだね。でもその青空の精子を購入した女性の子供の遺伝子検査をしたら、青空の子じゃなかったみたいなの。
え、青空さんの精子で人工授精したはずなのに?とレオは不思議そうに聞く。
そう。私と青空さんの考え的には、恐らくドル隊の運営会社の藤田社長が怪しいなって思ってる。
と言うことは、青空の精子をその藤田社長の精子にすり替えたってこと。
うん、そう言うこと。
それってやばすぎない?人の精子を勝手に売買しているのも十分やばいけどさとレオは困ったように言う。
うん、それで遺伝子検査のために、藤田社長の髪の毛とか唾液を手に入れなきゃいけなくて。
明日ちょうど藤田社長に食事に誘われてて、その時に毛髪と唾液を取ろうと思ってると言うことを伝えた。
もしかしたら失敗して私も消されるかも知れないから、二人には言っておこうと思って。
涼太はそんな危険なこと。何で杏梨ちゃんがする必要あるの。と真剣な眼差しで問いかけた。
そうだよ、杏梨が危険を犯すことないでしょ。とレオも怒っているようだ。
危険だけど今このことを知っていて藤田社長に自然に近づけるのって私しかいなくて。しかも彼やばいことにドル隊に薬飲ませて寝させている間に無理やりやって子供を作らせて強制出産もさせてるみたいなの。
涼太とレオは顔を見合わせてマジでと戸惑っているようだ。
たくさんの女性が被害にあっているからこそ、私が真実を暴かなきゃいけないと思ってるし、もう覚悟も決めてるの。
手口としては食事に睡眠薬を盛られて意識がない状態でやるのだろうけど、事前にピルも飲んでおくし作戦も立てているから大丈夫だと思う。その動画が撮れれば藤田社長を捕まえられる証拠にもなるから何がなんでもやらないと。と私は二人に言った。
涼太は杏梨ちゃん、頼もしすぎると想定かなり外の私の打ち明け話にびっくりしたようだ。レオはというと杏梨、お願いだから辞めてくれと不安そうに私を見ている。
大丈夫。色々証拠は揃ってきているし、あともう少しなの。明日成功すれば、警察に情報提供できると思うし。青空もいてくれてるし。
どうなった経緯で杏梨が協力したのか分からないけど、杏梨に何かあったら巻き込んだ青空さんも許さないとレオは相当苛立ちを募らせているようだった。
私もなぜここまで青空の協力をしようと思ったのか自分でも分からなかった。
だけどなぜかここまできてしまった。青空のことが放っておけないほど、情が移っているのだろうか。
いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。もうこんな時間か。二人とも送るよ。とレオは車を走らせた。
帰りの車内はほとんど誰も喋らず、ラジオから聞こえるMCの楽しそうなトークだけが響き渡っていた。
私の家の前に着くと、レオは振り返り、危ないことがあったらすぐに警察に連絡すること、わかった?とまるで母親のように厳しく私に忠告した。
うん、分かった。
涼太は杏梨ちゃん本当に無事でいて。俺も頑張るから。と握手を交わした。
車が走り去り、家に入ると早速先ほど涼太が持っていた盗聴器を確認できる機械を使ってみることにした。
先ほどの話をし、一応家の中を調べたほうがいいと私に貸してくれたのだ。
少しドキドキしながらまさかあるわけないよなと電源を入れると、その途端にピーピーと鳴り始めた。
音が鳴ると言うことは盗聴器があると言うことだ。
私は唖然とし、どこからなっているのか辺りを探した。音が早く大きくなるほど盗聴器に近いと言うことみたいだ。
するとある一点からピーピーと大きく音がしていた。
そこに目をやると、それはドル隊に入った時に鈴木秘書に渡されたボールペンだった。
私は身震いをし、そういえば仕事ではこのボールペンを使ってと言われていたんだ。
有難いことに私はそのことを忘れて全く持って持ち歩いていなかったのだが。
念の為自分の部屋を確認することにした。すると部屋中からピーピーと音が鳴り響いている。
音の出所を確認してみるとコンセントに全て盗聴器が埋め込まれているようだった。
一体誰がこんなこと。もしかして留守の間に人が入ってきてたのかな。気持ち悪すぎると私は一瞬で背筋が凍りついた。
青空との連絡のやりとりを私はなぜかいつもトイレで話していた。
閉鎖的で誰にも聞かれていないように感じていたからだったが、念の為トイレを調べてみるとトイレには盗聴器はないようだった。
逆にラッキーだったのかも知らないと思い、盗聴器があることに気持ち悪さを感じつつもすぐに取ってしまったら何か勘づかれるかも知れないと思いそのままにすることにした。
明日が終われば何とかなる。と私は不安と恐怖を感じながら浅い眠りにつくのだった。
段々と外が明るくなってきた。
夢と現実の狭間にずっといたような感覚でしっかり寝れた気がせず、重たい身体をゆっくりと起こした。
大きく伸びをして今日着ていく服装はどうしようかとクローゼットの前に立って悩む。
大人っぽい黒のワンピースに決めて、メイクもいつもより大人っぽさを意識した。
すると青空から電話がかかってきた。
私は急いでスマホを取りトイレに駆け込んだ。
そして昨日涼太から聞いた話をすべて話をし、家に盗聴器があったことも話した。
青空は電話越しでも分かるくらいに驚いている様子で、今日の藤田との食事も辞めるなら今のうちだと、涼太の話もあってか弱気になり始めていた。
るなに何かあったら、俺、一生立ち直れないし、やっぱり藤田社長は相当危険人物だと呟いた。
裏組織との繋がりもあるっていう噂も涼太くんの話で聞いていたが、本当なのかもしれない。
今回藤田社長がるなに薬を盛るのを知った上で、罠に自らかかりにいく訳じゃん。
バレたらもうおしまいだよ。
うん、分かってる。だから睡眠薬の体勢もつけたし、薬盛られるなら盛り返すまでだよ!
ちゃんと事前にピルも飲んでおくし。
ちゃんと終わったら連絡するから。
うん、本当に気を付けて。どうか無事で。
そう言って電話を切った。
この藤田と会うまでの数週間、私は不眠症ではないけれど睡眠薬を飲んでいた。
それは藤田社長に睡眠薬を盛られた時の耐性を付けておくためだ。
身体にも負担をかけている分、消してミスをしてはならない。
段々と藤田社長との食事の時間が迫るなかで、私は緊張していた。
家を出る前にピルを飲み、会社が手配した車に乗り込んだ。
杏梨さん、着きました。
そう言って降ろされたのは都内の高級ホテルだった。
やっぱりホテル内のレストランかと内心納得していると、鈴木秘書がやってきた
杏梨さん、お久しぶりです。
お元気ですか?
はい、元気です!今日は鈴木秘書もいらっしゃったんですね!
えぇ、まあ。途中で私は帰るのですが、少しだけご一緒させていただこうかと思いまして。
そうなんですね!藤田社長と二人きりだとちょっと緊張しちゃうので嬉しいです。
藤田も早く着いたようなので、向かいましょう。
案内されたのはフレンチレストランの個室だった。
藤田社長は大きな丸いテーブルに座って既にワインを飲んでいるようだった。
杏梨さん久しぶりですね。
今日は近況報告も兼ねて食事会をしようと鈴木と話してね。
沢山飲んで食べましょう!と笑顔を見せた。
お招きいただきありがとうございます。食事楽しみです。
杏梨さんにはね、ぜひ飲んで欲しいワインを用意したんだよ。君の生まれ年のワインでね。プレゼントするよ。
素敵ですね!ありがとうございます。
すると店員がやってきて、こちらが2004年のワインになりますと赤ワインをグラスに注いだ。
2004年生まれとはまだまだ若いねー。
あぁ、はい。ありがとうございます。
きっとこのワインの中に薬が盛られているんだろうと私は思った。
鈴木秘書も藤田社長も飲んでいないから。
では乾杯。と藤田社長がいい私は1口ワインを飲んだ。
ワインの味はどう?と藤田が聞くので、重厚感があって美味しいですと答えた。
本当は緊張で何も味を感じられなかったのだが。
料理を食べ始めると仕事は順調か私に聞いてきた。
はい、順調です。今は青空さんの専属なので、負担も少ないかなと感じてます。ありがたいです。
そうか。それはよかった。青空に好かれるとはなかなかやるね。
あいつは人に興味がないからなぁと言いながらごくごくとワインを飲み干した。
杏梨さん、せっかくのワインもっと飲んでくださいな。
私は極力飲まないように少しずつ飲んでいたか、促されたのなら飲むしかない。
あ、はい。ではいただきますと二杯目を口にした。
水も多く飲むように心掛けているが、段々と身体が重くけだるくなってきているのを感じた。
次はデザートというタイミングで少しお手洗いに行かせてくださいとバッグを持ち席を外した。
トイレに付くと速攻で口の中に指を突っ込み吐けるだけ吐き出した。
ちょうどマウスウォッシュがあったので口をゆすぎ鏡で自分の姿をふと見る。
吐き出したけれど身体のだるさは変わらず、かなりの薬を盛られているのかも知れないと不安で心臓がばくばくし始めた。
ミッションを達成するまでは気を張ってないと。となんとか身体を動かし、戻ろうとする。
すると鈴木秘書も御手洗いに入ってきた。
杏梨さん、お戻りが遅かったので心配で来てしまいました
。大丈夫ですか?
すると私は少し飲みすぎたのかも知れませんと鈴木秘書に正直に伝えた。
でしたら少しお部屋で休憩されますか。
ここのホテルで藤田が宿泊する予定でしてスイートの大きな部屋なので、部屋が余っているんです。
いや、そんな悪いですと私が言うとデザートはそのお部屋で食べましょう。
身体も辛そうですし、私もいるので安心してください。
そういうと私の肩を支え、先程の個室には戻らずホテルの部屋がある階に肩を持たれながら連れていかれた。
私はもう意識がないような振りをして、鈴木秘書の大丈夫かという問いかけには応えず、されるがままにベッドの上に横になった。
そして鈴木秘書は眠っちゃったのね。と静かに言い部屋を出ていった。
足音がなくなったことを確認すると私は重たい身体を起こして急いで持っていたバッグの中からカメラを取り出し、カメラを設置できる場所を急いで探した。
青空がバレないように超小型カメラを購入してくれていたおかげで、壁に飾られている絵の上に設置することが出来た。
ここなら全体を撮影出来るだろう。
これから意識がある中で藤田と行為をしなければならない。どんなことがあっても泣かずに演技し続けなきゃと緊張で手も汗ばんできていた。
するとガチガチャと音がし、誰かが入ってきた。
私のいる部屋の扉が開くとやはり藤田がひとりでやって来たようだ。
杏梨さん、起きてる?そう言って私に近づいてくる。
わたしが無反応であると分かるとよし、効いてるなと口にした。
そして、ベタベタと私の身体を触りだし、やっぱり俺が見込んだだけあってスタイル抜群だなぁと藤田の荒い息が聞こえてくる。
私は今にも吐き出しそうな気持ちを抑えて、何も抵抗せずにいた。
どうにか別のことを考えて気を紛らわせようと試みた。
藤田は興奮しているようで、どんどんと息が荒くなっている。やばいねぇ。胸も大きいし顔も可愛いし、良い遺伝子を遺してくれそうだね。
杏梨ちゃんと僕の子はきっと優秀な子になるよ。楽しみだね。
藤田はそういいながら私の服を全て脱がし、私に股がって腰をふった。
私は涙を必死でこらえ、藤田が果てるまで我慢した。
うっと藤田の声が聞こえ、身体の中にどくどくと藤田の精子が流れる感覚があったやっと終わったのか藤田は息を吐き、念には念をと自分のバッグから何かを取り出した。
僕の精子をたっぷり入れてあげるからねとなんと注射器を私の中に入れて注入した。
何かが入っていく感覚が気持ち悪く、今にも叫びだしそうだった。
私はそこから意識を失ってしまった。
暫くして目が覚めるとザーザーと遠くからシャワーの男川聞こえていた。
恐らく藤田がシャワーを浴びているのだろう。
私の乱れていた服装は元通りにされており、証拠に残らないように服を着替え直したようだ。
そして今藤田がお風呂に入っている時間がチャンスだと持ってきた睡眠薬を部屋に置かれていたすべてのミネラルウォーターのボトルを開けて中に入れた。
藤田がこれを飲んで深く眠って。お願い。と願いながら。
暫くするとシャワーから藤田が出てきたようで、また私の部屋にやってきて私が寝ていることを確認すると自分の寝室に戻っていった。
深夜三時頃私は重い身体を起こしてそっとベッドから降り、まずはお風呂場に向かった。
浴槽の方を見ると髪の毛が落ちていた。
それを丁寧に袋に入れそっとシャワー室を後にし、藤田が眠っているベッドに向かった。そっと扉を開けるとイビキをたてて寝ているようだった。
私が入れた睡眠薬入りのミネラルウォーターはほとんど飲み干しているようだ。
暫く起きないだろう。私はそのペットボトルを回収し、藤田のバッグを漁った。
スマホがあり、ロックがかかっていたが、ぐっすり眠っている藤田の指をスマホにそっとあて、指紋認証で解除した。
何かやり取りがないか見てみると鈴木秘書とのメッセージでのやり取りが記載されていた。
杏梨さん、部屋に運びました。ぐっすり寝ているようです。
了解という短いやり取りがされている。
他にはないかと色々漁ってみたが、精子売買をしているようなやり取りは見られなかった。
最後に写真フォルダを見ておこうとフォルダを開くと、沢山のフォルダがあり、人の名前ごとに分かれていた。
私の名前もある。自分の名前のフォルダを恐る恐る開けてみると先程入れられたであろう注射器の写真と私のベッドでの裸の写真が納められていた。
私は吐きたい衝動をこらえて静かにスクショをし、他のフォルダも見ていく。
するとオーナーの工藤さんのフォルダもあるではないか。
フォルダを開けてみると同じように注射器の写真と工藤さんの子供の写真が載っていた。
空生後何歳と細かく年齢ごとに写真が残されている。
しかも隠し撮りのような撮り方で、撮られている本人は気づいていないような写真ばかりだ。
もしかしてと他のフォルダを開けてみると私と同じように裸の写真と注射器の写真、そして子供の写真が気持ち悪いくらいに綺麗に整頓されてフォルダに格納されていた。
自分の子供を記録しているんだ。
写真を見て一目で分かった。
私は証拠を撮れるだけ撮って自分のスマホに納めると、バッグを持って急いでホテルを後にした。
恐らく藤田は朝まで起きないだろう。
一秒でも早くシャワーを浴びてこの汚れた身体を落としたかったが、すぐに青空に電話をかけた。
朝方四時にもかかわらずすぐに電話に出た。
恐らく眠らずに待っていたのだろう。
なんとか無事に終わったよ。今すぐ向かう。
藤田はぐっすり寝てるからまだ行動は把握されてないと思う。
証拠渡して私もすぐに家に帰らなきゃだけど。
うん、分かった。待ってる。
すぐにタクシーを拾い、青空の家に向かった。
インターホンを鳴らすとすぐに青空が扉を開けた。
青空を見た瞬間、私は何故かほっとして自然と涙が溢れ出てきた。
青空はびっくりして私を抱え、早く上がってと招き入れた。
何から話せばいいのか分からず、私は藤田の髪の毛とペットボトルを渡し、これで調べてと声を絞り出して伝えた。
今すぐに身体を洗いたい。と伝えると、青空は分かった。ちょっと待っててと走って風呂場にいき、タオルと部屋着を用意して戻ってきた。
はい、これ。お風呂使って。
私は無言で受け取るとシャワーで汚れた身体を流し、何度も何度も洗った。
ピルを飲んでいるから平気だろうが、あのどくどくと体の中に入れられた感覚がまだ残っている。
気持ち悪い。殺してやりたい。
そう思いながら悔しさと悲しさで込み上げてきた涙をシャワーと一緒に流した。
どんどん空も明るくなっている。早く家に帰らなければと急いで風呂から上がり、タオルで丁寧に身体を拭いた。
髪を乾かし、用意してくれた部屋着に着替えて出るとリビングで青空は待っていた。
るな。ごめん。と不安そうに私の様子を伺う青空に、私は頷くことしかできなかった。
昨夜の出来事を思い出すと気持ち悪さで身体が震えてしまう。
私が小刻みに震えてることに気づいたのか、青空はブランケットを私にかけそっと抱き締めた。
目を閉じるとあの光景がよみがえってきてしまう。
あのどくどくした感じを身体が覚えていて、すごく気持ちが悪かった。
私はそっと目を開け、青空を見つめた。
お願い、私と寝て。
唐突な発言に青空はびっくりと目を見開き、急にどうしたのと困惑している。
さっき、藤田に抱かれた感覚が残っていて気持ち悪いの。
上書きして欲しい。
まさか自分でもこんな発言を言うとは思わず、ごめんと下をうつ向いて涙を拭いた。
青空はぎゅっと力強く私を抱き締め、るながいいならやろう。と私をじっと見つめた。
私が小さく頷くと、青空は私に優しくキスをした。
夢の中にいるようなふわふわとした感覚で、不思議と嫌ではなかった。
優しく首元から胸へとキスが移り、服を脱がされる。
自然とソファの上に誘導され、青空も服を脱いだ。
鍛えられた腹筋が美しかった。
私はこの人に抱かれるならいいかと青空を見ながら思った。
カーテンから優しい朝日の光がこぼれる部屋で、私たちはひとつになった。
青空は行為が終わってもしばらく私を抱きしめてくれていた。
私は安心したのか、一睡もしていなかったからか自然と寝てしまった。
1時間ほどしてパッと目を覚ますと、青空も寝ていたようだ。
優しい眼差しでおはようと微笑んだ。
青空とは絶対やらないと思っていたのにと私は急に恥ずかしくなり目をそらした。
もう行かないと。藤田も起きてる頃かも。
私が慌てて準備をすると、家の前にタクシー待たせてあるからそれに乗って。
また落ち着いたら連絡する。遺伝子検査の結果が分かればすぐにでも動き出せるから。
うん。私は小さく頷き、じゃあまたね。と家を出た。
青空は待ってと私を呼び止めるると、るなの大切な身体を傷つけるようなこと、させちゃって本当にごめん。
一生償っても償いきれないことさせちゃったと思う。
るなが望むことならなんでもするよ。
責任もちゃんと取るよ。
突然の青空の言葉に私は、何も返すことができなかった。
責任なんてそんな。私が協力したくてしたことだから。
青空は目の前のことだけ頑張って生きてくれたらそれでいいよと私は静かに諭すように伝えた。
なんだか煮え切らない青空の雰囲気に耐えられず、私は半ば強引にタクシーに乗り込み。またね。と別れを告げた。
帰りのタクシーの中で先程の青空との行為が頭の中でフラッシュバックし、恥ずかしさで一人赤くなっている自分がいた。
私をまるで大切なものを扱うかのように丁寧に接してくれて、青空のやさしさが伝わってきた。
藤田のこともちらつくがそれを上回るくらい満たしてくれた気がする。
さすがスーパーアイドルだなと私はひとり呟いた。
そして悲しいけど、もう友達ではいられないなとも同時に思った。
家に着きそっと扉を開け、自分のベッドに埋もれるように倒れこんだ。
私はそのまま夜まで起きずに寝続けたのだった。
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