第3話 初出勤

説明を受けてから1週間後スマホが鳴った。

着信を見ると、鈴木秘書だった。

ちょうど五限の授業を終えたタイミングで電話をかけてくるのは、どこかで私の行動を観察していたのではないかと疑ってしまうほどだ。

もしもしと私が電話に出ると、明るい鈴木秘書の声が受話器越しに聞こえてきた。

ご無沙汰しております。市川さん、今お時間よろしいですか。

はい、大丈夫です。

電話をしながら学校の校門に向かって歩いていると、黒いスーツに身を包んだ鈴木秘書がスマホを片手にこちらに向かってヒラヒラと手を振っている。

時間があるって、電話じゃなかったのか。

私はそっとスマホを耳から離し、鈴木秘書の元へ歩み寄った。

突然押し掛けてしまって、すみません。

小一時間ほど、市川さんのお時間いただいてもよろしいでしょうか。

仕事に関することで、どうしても一緒に来ていただきたいんです。

特に何も予定もなかったので、私がはい。大丈夫ですよと答えると、良かった。門の横に車を付けているので行きましょうと足早に歩き始めた。

車に乗り込みしばらく走ると、鈴木秘書は口を開いた。

今日突然押し掛けてしまったのは、今後の仕事の流れをお伝えしたかったからです。

仕事の開始時期の調整と、お相手の方をお決めしたいと思います。

話がとんとん拍子に進み、こんなにも早く実際にやる時が来るのかと不安を抱いた。

会社に到着し、大きなモニターのある個室に案内されると、鈴木秘書はモニターの電源を付け話し始めた。

まずはリアルタイムでドル隊の仕事の一部始終を観ていただきます。

撮影はドル隊が行っているので、ドル隊目線になりますが、お仕事のイメージを掴みやすいかと思います。

もちろん、お相手のアイドルも撮影は了承済みです。

突然モニターの画面が切り替わり、どこかのマンションのエントランスが写し出された。

すると、ドル隊の子が今からお仕事開始します。と小声でカメラに向かって伝えた。

通常は事務局に電話で仕事開始のお知らせを伝えるのですが、今回はビデオ通話で伝えてもらっています。と鈴木秘書の解説が入った。

さすがアイドルの住まいと言うだけあってマンションのセキュリティーがしっかりしているのか、三つほどオートロックを解錠してやっと玄関の前に着いた。

インターホンを鳴らすと、上下グレーのスウェットを着た男性が玄関を開けた。

私は思わず、あっ。と声が漏れた。

最近CMやドラマで良く見かける、今十代の女の子に人気と言われているアイドルだ。

この子もドル隊を利用しているんだ。と内心びっくりした。

カメラを回しながらですみません。お邪魔しますとドル隊が部屋に入る。

部屋の中は、さすが人気アイドルといった感じでリビングは二十畳はありそうなくらい広々としていた。

ドル隊はリビングに着くと持っていたビニール袋をアイドルに差し出す。

頼まれていたたこ焼きです!

わー!ここのたこ焼き楽しみにしてたんだ!ありがとう~

そういうと彼はさっそく袋からたこ焼きを取り出した。

デリバリー的なこともするのかと映像を見ながらぼんやり思った。

そうだ!お茶飲みます?とアイドルはドル隊に声をかける!

わたしがやるので、座っていてください。

ドル隊の子はさっと立ち上がり、スマホをダイニングテーブルに置いてキッチンに入っていく。

すると、アイドルが椅子に座るなり、スマホを持ち上げカメラ越しに手をふった!

こんにちは!撮影してるんですよね!

私生活覗かれるの少し恥ずかしいけど、よろしくお願いしますー!

とスマホ越しに挨拶した。

すると鈴木秘書はこちらの声は相手に聞こえないので…と少し困った様子で呟いた。

ドル隊の子がお茶を淹れて戻ってきて、しばらく談笑したあと、アイドルは飯も食ったしお風呂入ってきますと席を立った。

するとドル隊の子もすかさず立ち上がり、カメラを回すのはここまでになります。

ありがとうございました!と言いカメラ越しに手を振ると。そこで映像がぷつりと切れた。

ここからが本番ですが、さすがに人様の様子は映すことができないので撮影はここまでとなっています。

一通りの流れはなんとなく掴めましたか?

そうですね。なんだかカップル動画を観ているようでした。

確かにそうですね。一日限定のカップルみたいな感じです。

そして、ここから前回よりも少し深くお話を進めませていただきます。

鈴木秘書は改まって私に向き直った。

鞄から冊子を取り出すと私に差し出した。

こちらがマニュアルです。

差し出されたのは厚さ十センチほどの冊子だった。

こちらにドル隊一連の流れが書かれています。

お時間あるときに目を通しておいてください。

ちなみに今回映像を観て、辞めたいお気持ちになったりはしませんでしたか。

そうですね…自分がドル隊とて仕事をしているというイメージはまだ湧きませんが、挑戦してみたい気持ちはあります。

自分でもびっくりしたが、今まで経験のない新しいことへの挑戦に、久しぶりに胸が高鳴っていた。

そう伝えると、鈴木秘書はにっこり微笑み、それは良かったです。と安堵した様子だ。

実際の流れを一週間後の今日、弊社の女性スタッフがお教えし、それを経てから現場に出ていただきます。

実技が女性で良かったと内心ほっとした。

わかりました。

ちなみに、市川さんのバイト先のレストランですがしばらくはお休みしていただきたく思いますので、シェフにはこちらからご連絡しました。

大学卒業まで残り3ヶ月になりますが、こちらの研修もアルバイト代として給与が発生するのでご安心ください。

ちなみに大事なことをお伝えするのを忘れていましたが、先日受けていただいたテストの結果ですが、やはり市川さんは非恋愛依存の判定が出ましたので、卒業後はスパドルとしての扱いになりますこともあわせてお伝えいたします。弊社としては、スパドルの方はとても貴重なので一緒に働くことができて大変光栄に思っています。

そういえば筆記テスト結果を聞くことをすっかり忘れていたが、やっぱり私は非恋愛依存だったのかと腑に落ちた。

では一週間後の夕方五時、会社の車でお迎えに上がります。

当日私はいないため、そちらは予めご周知ください。

なにかご不明点や不安ごとがありましたら、遠慮なくご連絡ください。

はい。ありがとうございます。

ちなみに初回の相手は誰か、事前に教えていただけるのですか?恐る恐る私が聞くと鈴木秘書はゆっくり微笑み、通常は前もってお伝えをするのですが、スパドル候補の市川さんの初回はスペシャルゲストなので当日のお楽しみということとさせていただいております。

と口元に人差し指をあてて微笑んだ。そんなにすごい人が相手なのかと思いつつ、事前に知ってしまうと変に身構えてしまう気もしたので、なるほど。分かりました。 と深く突っ込まないことにした。

鈴木秘書と別れて帰りの送迎車の中で、私はふと考えていた。

一般企業でなく、若いうちしかできないような身体を売る仕事に就いていいのだろうか。

しかも人には言えないような仕事を。

その先はどうしよう…でも今何かやりたいと思える仕事もないし。

と自分の感情が入り乱れていた。

とりあえず、実技を受けてから考えよう。

なるようになるさという形でここまできてしまったが、果たして大丈夫なのだろうか。

家に着きベッドに横になると、よほど疲れていたのかそのまま寝落ちしてしまった。

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