誰にも言えない推しごと

@aripeco

第1話 始めて出会った衝撃的な仕事

きらきらとした水面を見上げ、このまま私がこの世からいなくなったらママとパパは心配してくれるかなと考えていた。

段々と目の前がぼんやりしてきて、なんだか気持ちのいい気分になった時、目の前に人影が現れ私を水中から必死に助けようとしてる。

貴方は誰なの。なんで私を助けるの?

ぱっと目覚めると自分のベッドにいた。私はまた同じ夢を見たのかとぼんやり考えながらベッドの天井を見つめていた。

大学四年の夏、私は未だ進路を決められずにいた。

海外旅行が好きな理由で国際学部に入り、英語漬けの日々の大学生活を送った。

海外で働くのもありだなと思ったりもしたが、海外旅行と実際に住んで働くのは違うのかなとなかなか一歩が踏み出せずにいた。


自分の好きな旅行業界はどうだろうと思い、旅行会社の求人を見たりもしていたが、周りからは旅行会社は給料が低い割に残業がきついと言われ、ゼミの教授からも旅行会社に入った先輩の苦労話を聞かされ、好きなことと仕事は切り分けて考えた方がいいとマイナスなことを言われるばかり。 

そんな気の滅入る進路相談の後、重い足取りで廊下を歩いていると、友人の遥と遭遇した。 

さっきの会話を愚痴りつつ、私ってどんな仕事が向いていると思う?と何気なく聞いてみると、遥は大きなため息の後にゆっくりと口を開いた。

私が杏梨だったらね、絶対女子アナかCA受けてるよ!

あなたミスコングランプリ取ってるんだよ!

そんな容姿に恵まれているのに職に悩んでいるのが、私には理解できない。と呆れ顔だ。

遥が言うように、私は自分でいうのもなんだが、容姿は恵まれている方だった。

サークルの先輩に半ば強引にミスコンに申込され、最初はやる気力が湧かなかったが、周りが真剣に取り組む姿を見て私もスイッチが入った。そしてなんとも有難いことにミスコングランプリを獲ったのだった。

そこで初めて万人受けする容姿なのだと自分でも自覚した。

ずっと中学から女子校だったこともあり、モテるという経験をしたことがなかったからか、あまり自覚がなかった。

女子校でモテるのはサバサバ系の男勝りな女子だったからだ。

大学に入ってから突然共学になり、色んな男性から声を掛けられるようになったが、正直興味がなかった。

なぜなら高校生の頃から私はアイドルにしか興味がなかったからだ。

私は正真正銘アイドルオタクなのだ。

そのため言い方は悪いが、その辺を歩いている一般男性には全く見向きもしないし興味がなかった。

ステージ上でダンスをしたり、キラキラしているアイドルこそが私の推せる異性なのだ。

正直、ミスコングランプリを取ってしまったばっかりに、私の人生は激変した。

SNSでは100人程度の友人のみしかフォロワーがいなかったのに、今では20万人越えのちょっとした有名人になってしまった。それこそ街を歩けば杏梨さんですよね?いつもSNSみてます!

写真撮ってください。と同世代の人から特に声をかけられる機会が増えた。

私自身がアイドルのような扱いを受けるようになってしまったのだ。

最初は一躍有名人になれたような嬉しさもあり、積極的に自分の自撮りなどをアップしていたが、街を歩く度に知らない人から声を掛けられたり、陰で写真を撮られたりしたりするうちに心は疲弊していった。

常に誰かに見られていると思うと外でも学校でも気が抜けなくなってしまったのだ。

だからこそ、この生活から抜け出したかった。

私はひっそりと自分の好きなアイドルのために、彼らのキラキラした姿を見ていられたらそれで満足なのだ。

正直芸能界のスカウトや女子アナのオファーもいくつかきていたのだが全て断った。

一般企業では貰えないような桁違いの給与額を提示されても、だ。

私はただ平凡に暮らしたいと気付き、最近になってすべてのSNSを突然辞めた。

すると名門大学のミスコングランプリ杏梨さん、突然SNSから消えるといったネットニュースまで流れてしまって、周りからも心配されてかなり気が滅入っていた。就活する意欲も沸かないほど、SNSや周囲の注目に疲れ果てていた。

就職活動の時期になると、親は子供がどんな職に就くのか気にするような気もするが、私の両親は全くといっていいほど無関心だった。

私の両親は一言でいうと自由奔放に私を育ててくれた。育ててくれたというより興味がなかったのかもしれない。

一人っ子は溺愛されていると思われがちだが、全くそんなことはなく、両親は自分の人生をそれぞれ謳歌している感じだ。

母は高校の美術講師。自分の個展を開くなどわりと芸術業界では有名みたい。私にはただ適当に書いているような絵にしか見えないので、正直母の絵の良さがよくわからない。

母はひたせら絵を書くことに没頭していた。そんな母に育てられたこともあり、私は割りと家事も一人でこなせるようになった。

一方の父は10年前に脱サラし、海外で買い付けた服をネットで販売する、ネットビジネスの先駆者だった。

敏腕経営者として大学でもビジネスの講演をするほどのちょっとした有名人だった。そして、ある日を境に海外に買い付けに行くとかなにかと理由をつけてほとんど家に帰ってこなくなった。父のSNSには外国人美女と映る写真で溢れている。

各国で浮気をしているのは私の耳に入るくらい知れ渡っていたが、母は黙認しているようだ。

何も知らないと思った母を気の毒に思った私は、父の楽しそうなSNSを見せると、好きにさせたらいいのよ。

養育費と生活費を入れてくれるなら問題ないし、お金を入れなくなったら離婚を考えるわ!とわりとさらっとしていた。

だからこそ私が何を選択しようとどんな人生を歩もうと両親とも興味がないし聞いてもこない。

私がミスコンでグランプリを獲ったことだって知らせていない。

私が言ったところでそうなのねと流されるだけだろうから。


遥と最寄り駅まで歩き、今日はバイト代わってくれて本当にありがとう!今度何か奢るねと別れを告げられて、それぞれ違う方向の電車に乗った。

私はと言うと遥の代わりにアルバイト先に向かっていた。ちなみにアルバイトは何をしているかと言うと、表参道のフレンチレストランで働いている。

遥の紹介で入ったのだが、このレストランは会員制のレストランで一般の人は入れない。

場所も大通りに面しておらず、裏路地にひっそりとある感じ。

芸能人や経営者、官僚の人など俗にいう成功者たちが集まるレストランだった。

遥に杏梨の好きなアイドルもよく来るレストランらしいよとうまい話にのせられて面接を受けて採用された。

しかし後々シェフに聞いてみると、私の推してるアイドルのAトレインは一度も来店したことがないらしい。

遥にそのことを伝えれると「えー!そうなの?来てると思ったんだけどな~でもシェフが可愛い子紹介してくれたら、紹介料あげるって言うからさー。杏梨にも今度そのお金でご飯奢るから許してー!」

とまさかの紹介料欲しさにデタラメの情報を伝えられたようだった。

そんな遥は目がぱっちりとしていて小顔で誰が見ても今時の可愛らしい子だった。

さらに愛想もよく元気なので、お客様からもよく可愛がられていた。

常連の大手金融業の社長に気に入られ、来年の春からそこの受付嬢として働くらしい。

顔パスで面接もしなかったようだから、周囲にはかなり羨ましがられていた。

そして今日は遥がどうしても外せない用が出来てしまったとのことで、バイトを代わってあげたのだった。

遥からバイトを代わって欲しいと言われるのは最近になってからかなりの頻度であり、その日のSNSには顔は隠されているが、思いっきりデートを楽しんでいる写真がのせられているので、外せない用事ってデートかと毎回少し腹立たしく思っている。

遥の彼はバイト先で出会った若手俳優で、最近テレビでもよく見かける今勢いのある芸能人。

杏梨だけには教えるねとこっそり付き合っている彼を教えてくれたのは嬉しかったのだが、彼が忙しく次いつ会えるのかわからないからバイトを代わって欲しいと、事あるごとに懇願されるようになってしまった。

私は自分の予定がない限りは渋々了承してあげていたが、正直最近になってその回数が増えて嫌気が差してきたので、ここで愚痴らせて欲しい。

前置きが長かったが、だから今日はバイトに行くのが億劫だった。

本来であればまっすぐ家に帰って好きなアイドルのDVDを見て幸せに浸っていた筈なのに…と思ってしまう。


足どりが重い中、おはようございますとバイト先の扉を開けると岩田シェフが今日の仕込みをしていた。

おぉ!杏梨ちゃんおはよう。今日は遥ちゃんと代わってくれてありがとね!と申し訳なさそうに頭をかく仕草をした。

岩田シェフは三十二歳と若いながらフランスのミシュラン三ツ星で修行を積んで表参道に自分の店を開いた凄腕シェフ。

人脈も広かったことから紹介制のみのレストランとなったらしい。クシャッと笑う笑顔が素敵で、サーフィンもやっていることもあり、こんがり焼けた肌で鍛えられた腕も見える。その上白のシェフコートがよく似合うからか、女性のお客様から人気が高い。

十八時から四名様で予約入ってるから宜しくね!今日のお客様はVIPだから一組だけしかいれてないんだ。

いつもより忙しくないから安心してね!とシェフは私が少し不機嫌なのを感じ取ったのか、私の顔色を伺うように言った。

わかりました。着替えてきます!そういって更衣室に入るとタイミングよく誰かが出てきた。ホールスタッフの竹内くんだ。彼はスラッとしていて端正な顔立ちなので韓国アイドルにいそうな感じの雰囲気だ。

医大で整形外科医を目指しているから将来有望なのだろう。本当はバイトなどしている暇はないのだろうが、どうしても人手が足りないときにシェフが頼んで来て貰っている。彼のご両親がここの常連でそれからの繋がりらしい。

わー!杏梨さん!お久しぶりですね!今日は僕ヘルプできたんです!よろしくお願いします。

私より2つ年下の彼は礼儀正しく私に挨拶をしてくれた。

竹内くん、勉強も忙しいのにありがとうと伝えると、息抜きにもなるんでたまに働くのは全然苦じゃないんです!しかも杏梨さんと働けるの嬉しいです。と照れくさそうにはにかんだ。

更衣室で制服に着替え、鏡に向かって今日も元気に頑張るぞと自分に向かって声をかけた。私のバイト前のルーティンだ。こうでもしないと相手がお偉いさんだけに、意外と緊張しいの私はメンタルが耐えられないのだ。


十八時頃、お客様が到着されたようだ。送迎車の運転手から、到着しましたと連絡が入る。

運転手の連絡を受けとると私が店先まで迎えに行くと言う一連の流れになっている。

扉の前で待っていると大柄の四十代くらいの男性とスラッとしたモデルのような秘書が横に並ぶ形で入ってきた。

藤野様お待ちしておりました。足元お気をつけください。と中へ促す。

その後に続いて小柄な三十代くらいの女性が一人とバケットハットを深く被ったみるからに芸能人のオーラを纏った20歳そこそこの男性が続いた。

中で竹内くんが席へご案内をする。

その間に私はドリンクメニューを一人ずつへ配る。

すると大柄の男性は皆さん?なに飲まれます??と目の前の二人に目線を送った。

すると芸能人オーラを纏った彼は、僕はなんでもいけますといい、隣の小柄な女性は私はアルコールが苦手なので、お茶があればいただきたいですと答えた。

君はいける口なんだね?と大柄の男性が若い男に言うと、注文いい?と私に声をかける。

はい。と私がさっと側に寄ると、店で一番良いシャンパン貰える?彼女は飲めないみたいなんでお茶を用意してあげて。と言った。

ドリンクのオーダーを伝えると竹内くんがさっと冷えたシャンパンを取り出した。

たまにしかバイトに入らないのにすべてのドリンクが頭に入っていることに感心してしまう。私や遥は未だにシェフに聞かないとわからないのに。

シャンパンの種類まで頭に入ってるなんてすごいね!と言うと僕もお酒好きなんで自然と覚えちゃうんです。と答えた。

育ちがいいからいいお酒しか飲まないのだろうなとぼんやり思った。

そして竹内くんは注ぎ方までもワインソムリエのように動作がスムーズで美しく、感心してしまう。

シェフの前菜が出来上がったようだ。

いつもその時期の旬の食材を使うため、毎回メニューが違う。勿論メニュー名も違うので、覚えるのに一苦労だ。

今日は、春野菜とフォアグラのテリーヌ、広島産レモンソースを添えて。

さっぱりと仕上げていてソースをつけて食べて欲しい。使ってる春野菜は全て北海道産無農薬だよ。

宜しくー!と手渡された。

今日は短いメニュー名だったので割りと覚えやかったが、たまにすごく長くて覚えるのに手こずる名前をつけるから説明するこちらとしては、正直覚えるのにしんどい時がある。

テーブルに運ぶと、美人秘書が、わぁ、おいしそうとうっとりするように出された料理を眺めた。

大柄の男性はここは見た目だけじゃなくて料理も美味しいんだよー!

遠慮せんで食べて。と向かいの男性とマネージャーらしき女性に声をかけた。二人はどことなく緊張しているようだ。

お酒を飲み始めると少し緊張が溶けたのか会話が弾みだした。

しかしその内容がびっくりするくらい過激だったのだ。

本来であればお客様の会話に聞き耳を立ててはいけないのだが、大柄の男性の声が大きいこともあり、私と竹内くんに聞こえてしまう声量だった。


 会話の内容を聞くと大柄の男性が一方的に若い男性に質問をしているようだ。

例えば隼人くんの今までの経験人数は?とはじめから結構な質問から始まり(若い男性は隼人というらしい)

それに対しての隼人の返答は、「数えたことはありませんが、三十人くらいだと思います。」と淡々と答えていく。

私自身多くないか?と思い、そばにいた竹内くんに目配せすると少し困ったように苦笑いを浮かべた。

夜のテクニックは何か持ってる?のと言う質問に対しては、キスが上手とよく言われます。

キスからの雰囲気作りが上手と言われることが多いので、色気で相手をその気にさせるのが得意です。

するとそれを聞いた大柄の男性は、はっはっはっと声に出して笑い、それは一度見てみたいなぁ。と笑った。 そんなコメントしてくれる女性がいるのかねと真面目に聞いていた。

その後も質問は続いていったが内容がどんどんと過激になっていき聞くに耐えらないというか、こちらが聞いていて恥ずかしくなってしまう会話ばかり。私が苦い顔をしているのに気付いた竹内くんが、杏梨さんはキッチンでシェフの手伝いをお願いします。と気遣ってくれた。

やっと最後のデザートを提供した頃だった。

じゃあ君、採用で!一週間後に初出勤って形でスケジュール組むから。と大柄の男は秘書の方に目をやり、連絡はうちの鈴木とやり取りして!と付け加えた。

その一言でこの食事は面接の場だったのだと気づいたのだった。

ありがとうございます!!

今日一の元気な声で彼は頭を下げた。

発言の少なかった隣の若いマネージャーらしき人も、揃ってお辞儀をした。

久々に面白い青年に出会ったわ。今日は気分がいいよ。と大柄の男は葉巻をくわえながらご機嫌そうだ。

するとシェフがキッチンから出てきて、藤田様、今日の料理はお気に召していただけましたか?と最後の挨拶にやって来た。

デザート提供後にシェフが挨拶に来る、いつものお決まりのパターンだ。

あぁ。いつも通りおいしくいただいたよ。ありがとう。と渋い声で御礼を言った。


こちらこそいつもご利用いただき、ありがとうございます。今日は藤田様の貸し切りですので最後までゆっくりしてください。と深々とお辞儀をしてキッチンに戻った。

すると秘書がお会計をと席を立ち、送迎車を二台手配願えますか?と私に声をかけた。


かしこまりました。

十分ほどで参りますのでお待ちくださいませ。


秘書はありがとうと私に言うと、さっと席に戻り到着時間を藤田に耳打ちした。

なんとなくだが、藤田の視線を感じ、私を見ているように感じた。

タクシーが到着すると面接に合格した隼人とマネージャーらしき女性は今日は本当にありがとうございました。と深々と頭を下げ、タクシーに乗り込んで去っていった。

藤田とその秘書もシェフと私たちに見送られながら、また近々くるよと言い、送迎車に乗リ込み去っていった。

車が見えなくなるなり、竹内くんはやっと終わったーと大きな伸びをした。

シェフに向かって今日のお客さんやばくなかったですか。しかもいつものお客さんの倍の時間店にいましたよ!と心底疲弊しているようだった。

シェフは私と竹内くんを見て、こんな長丁場になるとは俺も予想外だったよ。と頭をかきながら本当申し訳ないと頭を下げた。

藤田さんは大切なお客様だから、追い返すこともできないしねー。でもチップとしてかなりの金額いただいているから、二人に還元しようと思ってたんだよ。だから許してと申し訳なさそうに謝った。

竹内くんはすかさず、さっきの藤田さんの話の内容が過激すぎたんですけど、何をされてる方なんですか?とシェフに興味深々に聞いた。

私もものすごく気になっていたので、ナイス竹内くんと心の中で叫んだ。

話の流れ的には、風俗の経営かなーなどと考えていたのだが。

シェフは知っているような反応をしたが、私たちには話せないのだろう。視線を落とし、お客さんの個人情報は言えないんだよー。内容的に気になっちゃうよね。でもごめんねと笑って受け流した。

竹内くんは、えーとため息混じりに言い、杏梨さんも気になりましたよね!こんなこと言ったら失礼ですけど、俺の予想だとAV男優の面接かなと思ったんですけどねー。とシェフが教えてくれなかったことに不服そうだった。

あんなに顔立ち整ってても芸能界じゃなくてAVに行くのかなぁとポツリと私が呟くと、お金に相当困ってたりとかですかね。考えてもさっきの方に失礼なことしか思い浮かばないですよね。シェフも教えてくれなさそうだし、片付けしますかと竹内くんは諦めたのか、袖をまくり残ったお皿を片付け始める。


するとお店のドアが開く鈴の音が聞こえた。

先程のお客様が帰ってから10分も経っていない。

時間は21時を回っていて夜も遅いのに、誰だろうと扉の方に目を向けると、先程の藤田の秘書が立っていた。 

あれ?!何かお忘れものですか?と私が尋ねると

忘れものではないのですが、あなた様に用がありまして...少しだけお時間よろしいですか。と申し訳なさそうに言った。

え、はい。ちょっとシェフに聞いてきますね。と答えキッチンに駆け込む。

シェフ!先程の藤田様の秘書の方が私に用があるみたいでいらしてるんですけど、少し抜けても大丈夫ですか?

え!まじで!?とシェフはビックリした拍子に持っていた鍋の蓋を落とした。

大きなカランという音が静かなキッチンに響き渡る。

私に用ってなんだろうという疑問をシェフに小声で口にすると、シェフは困ったように目配せをした。

シェフは私を見ながらも、いやいや、まさかね。と独り言のように呟いた。

杏梨ちゃん今日は遅いからそのまま上がっちゃっていいよ!残りの片付けは竹内くんに少し手伝ってもらって、終わらせちゃうからさ。お疲れ様。

さっきのシェフの反応が気になったが、秘書を待たせてしまっていたし、帰りが遅くなるのも嫌だったので、お言葉に甘えることにした。

秘書に、着替えるのでちょっと待ってて欲しいと伝え、更衣室に駆け込んだ。

高速で着替え、フロアにいた竹内くんに先に上がらせてもらうね。手伝えなくてごめん。と言うと、ことの成り行きを見ていた竹内くんは、全然構わないですよ!

後で何用だったのか教えてくださいねと、私に耳打ちをした。

お待たせしてすみません。そう謝りながら秘書の元に駆け寄った。改めてみると本当に綺麗な人だなぁと同性でも見とれてしまうほどの美しさだ。

目はキリッとしており、髪は艶やかな黒髪ロングで、アジアンビューティーとはまさにこの人と思わせる顔立ちだ。

こちらこそ、夜分遅くに申し訳ございません。

藤田がどうしても今日伝えてくれというものですから、とちょっと困ったように笑った。

えっと、ご用件はなんでしょう。と私が恐る恐る聞くと、立ち話もなんですから車の中でお話ししましょうか。と秘書が店の前に止まっている黒い車を指差した。

運転手が扉を開けて待っている。秘書は運転手にありがとう、車内で少し話したいからちょっとの間外して貰えるかしら。終わったら連絡するから。とその運転手に伝えた。

かしこまりました。それでは失礼します。と深いお辞儀をして運転手は立ち去っていった。

二人で後部座席に座ると秘書が私の方に向き直り改まって話し始めた。

株式会社アイドルダルトで社長秘書をしております、鈴木音羽と申しますと名刺を渡された。

あ、はい。えっと、市川杏梨です。宜しくお願いしますと少し動揺しながら名刺を受け取った。

市川さん、今は学生さんですか?

はい。大学4年です。

そうしたら今就活中ですね?

そうです。まだ就職先は決まっていませんが…

私が苦笑して言うと、

鈴木秘書は少し微笑み、よかったと呟いた。

え。と私が首をかしげ困惑していると

単刀直入に言いますが、市川さんをスカウトしにきました。と鈴木秘書は言いきった。

え。私をスカウトですか??一体どんな仕事内容でしょうか。先ほど聞こえてきた話も怪しかったこともあり、私は恐る恐る聞いた。

今からご紹介する仕事は一般的なお仕事ではありません。そのため、口外しないと約束していただけますか。 と鈴木秘書は語彙を強めて言った。

少し聞くのは怖いけど、ここで聞いておかなければ気になってモヤモヤしそうと思い、私はわかりました。口外しませんと口にした。

ありがとうございます。

ではお話しさせていただきますねと鈴木秘書は一呼吸おいてからゆっくりと口を開いた。

まずは私どもの会社の設立した経緯から簡潔にお話しします。

私たちは芸能事務所スタープロモーションの子会社にあたり、去年の4月に設立したばかりのまだまだ新しい会社になります。

スタープロモーションは聞いたことありますか?

私は勢いよくもちろんです!と答えた。

何て言ったって私の今推しているアイドル『Aトレイン』が所属している事務所だからだ。

誰もが知っている大手芸能事務所と言ってもいいだろう。

ご存じでしたか。ありがとうございます。

では親会社の説明は省きますね!

私たちの株式会社アイドルダルトは芸能事務所ではございません。

一言で言うと芸能人を支えるお仕事をしています。

芸能人を支える仕事?マネージャーとかですか??

私が不思議そうに尋ねると、鈴木秘書はまた一呼吸おいて話し始めた。

芸能人の『せい』を支えるお仕事です。と私の目をみて真剣に言った。

私の頭の中では『せい』という言葉が駆け巡った。

せいってなんのせい?精神力の精なのか、性欲の性なのか、生きる生なのか、頭の中でぐるぐると思考を巡らし、思わず心の声が漏れてしまった。

せいってなんのせいですか??

鈴木秘書は少しビックリしたように目を見開き、クスクスと笑い始めた。

そんな可笑しなこと言ったかなと次の言葉を待っていると、

あら、やだ。すみません。さっきの食事のやり取りでお気づきかと思いまして…と一度咳払いをし、

性欲の性のことです。私たちはスタープロモーションを始め、芸能事務所に所属する芸能人の性のお手伝いをしています。

私は返す言葉が見つからなかった。

そんな仕事がこの世に存在するのかと信じて疑わなかった。

それは風俗とかのようなそういう類いのことをするということですか? と少し濁して聞いた。

鈴木秘書は少し悩むような仕草をしてみせ、話し始めた。

市川さんは純粋そうだからどうお伝えすべきか迷うのですが、まだ会社が設立する前もこの仕事は存在していたんです。

二年前私も一スタッフとして働いていました。

この芸能人の性を支える仕事をするスタッフを、アイドルサポート隊と私たちの中では言っています。

略してドル隊とも呼びます。

ドル隊…。

初めて聞く言葉に話が付いていけなかった。

私は疑問に思ったことを率直に聞いてみることにした。

ちなみにドル隊は何人いるんですか。

今のところは男女合わせて五十人ほどです。男性三割、女性七割ほどの割合ですかね。

先ほど食事の場にいた彼も、ドル隊としてこれから働いて貰う予定です。

男性のドル隊がいることにも内心びっくりした。

そのドル隊の活動について、少し踏み込んだ話しをしてもいいですか?

心配そうに私の顔を覗き込む鈴木秘書だが、私は自分がその仕事をしたいと言うよりも興味が湧いてしまい、聞かずにはいられなくなっていた。

大丈夫です。お願いします。

ドル隊の活動としては今旬のアイドルや俳優、歌手の性処理をしてあげます。

ポイントとしては旬の芸能人というところです。

ご存じかとは思いますが、スキャンダルを撮られてしまうと、ファンは目に見えて減ってしまいます。

CM契約をしている芸能人に至ってはスキャンダルの内容によっては莫大な慰謝料を払わなければいけないこともあります。

そういった芸能事情があるからこそ、仮に誰かと付き合うのであれば大きなリスクになりますし、徹底して付き合っていることを隠すしか方法はありません。

ですがマスコミなどはどうにかしてスキャンダルを取ろうと、旬のアイドルや芸能人に四六時中張り付いています。

アイドルであれ俳優であれ人間ですから恋もしたいでしょうし、性欲だってあります。

大体の売れっ子芸能人は、仕事と恋愛を天秤にかけたとき、仕事を取ります。

ですが人肌に触れていないとメンタルの安定も得られず、うつ病なども引き起こしやすくなります。

私たちの仕事内容としてのメインは言葉を変えると疑似恋愛を楽しませてあげると言うところにあります。

間違ってはいけないのは性行為をすることだけが目的ではありません。

彼女の立場として悩みを聞いてあげたり、時には優しく抱き締めてあげたり、心に寄り添ってあげることをしていただきたいんです。

もちろん、異性と最後まで行為をするということもありません。

ですがお手伝いはしてあげます。どういうことをするかは後で詳しくご説明します。

男性も女性も性行為をすると肌つやもよくなり、生きる活力も増すので、キラキラさがより増します。

特にアイドルにとっては必要な行為なんです!

女性アイドルは尚更です。心も身体も満たされることで綺麗さが増すんですよ。

と鈴木秘書は涼しい顔をして言った。

はぁ…。なるほど…。でもなんで、私なんですか。

すると鈴木秘書は改まって私に向き直った。

それは、実をいいますと藤田の目に留まったからです!

見た目の美しさは勿論ですが、ボディラインも男性好みのスタイルで、なかなかいない逸材だと言っていました。

スラッとした脚にほどよく肉付いたお尻、そして顔の小さとは比例する大きなバスト。

こんなに容姿端麗な人はこの先何十年と現れないと藤田は心底市川さんの美貌に感心していました。

すみません、彼の言葉をそのまま代弁してしまいましたがセクハラですよね。気を悪くされたら申し訳ございません。

と鈴木秘書は深くお辞儀をした。

美人から聞く分には、不思議なことにまったくセクハラとは感じなかった。

話している内容は恥ずかしく耳を塞ぎたくなるが。

だから藤田と言われる男は私を見ていたのか。

レストランでの私の接客を逐一チェックしているのかと思うくらい、今思えば私に対して眼光が鋭かった。

いや、お言葉はありがたいのですが、私の体型なんてお見せできるほどではありません。

私がやんわり断ると、鈴木秘書は何やら鞄から手帳を取り出した。

ご気分を悪くされたら申し訳ないのですが、市川さんのことを少しばかり調べさせていただきました。

大学一年の時にミスコンを受賞後、大手芸能プロダクションのスカウトが五件、テレビ局のアナウンサーのスカウトもあったにも関わらずこれらをすべて辞退。

普通の人だったら喜んで飛び付く給与額を提示しても断り続けたそうですね。

不躾な質問は重々承知ですが、そんな美貌を持ちながらなぜ断ったのですか。

私でも覚えていないことを、どうしてたったの数十分でこんなに細かい個人情報を得ているのか恐怖さえ感じた。しかも何度も私の容姿を褒めてくるのは気分を良くしようと考えているのだろうか。私はここで正直に話さなければ話が長くなる気がしたので、簡潔に答えることにした。

えっと、それは、、表舞台に立ちたくないからです。

きっと芸能人になって成功すればお金も稼げるだろうし、地位も名声も得られるかもしれないけど、同時に失うものも多いと思うんです。

人に注目されるような立場になると私が芸能人だから仲良くしたいんじゃないか、何か魂胆があるんじゃないかと人を疑ってしまう自分になってしまう気がして、そんな自分になるのが嫌なんです。

鈴木秘書は静かにうなずきながら話を聞いている。

私の母はわりと有名な芸術家ですが、お金絡みで騙されてから人を信じられなくなってしまって、孤立している姿を間近で見てきました。

私はそんな風に生きたくないんです。

それが断った一番の理由です。と伝えた。

人に伝え言語化してみて、私の表舞台に立ちたくない根本の原因は母だったことに、自分でも改めて気づいた。

そうですか。そんな思いがあったんですね。

お母さんの苦しんでいる姿を間近で見て、お辛かったでしょう。

母は勿論辛かっただろうが、私も同じくらい辛かった。

母から毎日のように人を信じるな。他人は信用してはならない。血の繋がった家族だけが本当に信頼できると言われ続けてきたからだ。

母が嘘の投資話でかなりのお金を失ったのがちょうど私が小学校6年生の時だった。それから今に至るまで口癖のように私に向かって繰り返し人を安易に信じるなという言葉を浴びせてきた。

小学校までは家に友達を連れてきても文句の一つも言われてこなかったが、中学に上がってからは、誰も人を家に入れないでと叱られて、母は自分の仕事部屋にこもりがちになり、会話もあまりしなくなってしまった。

その頃から母と父の関係にまで影響が出てきてしまい、母は父も裏切っているのではないかと常に疑うようになり、仕事で少しでも遅く帰ってくると、父を毎回問い詰めていた。

そんな母の行動に息苦しさを感じた父は、次第に家に帰ってこなくなった。


思い出したらその時の不安や悲しみが込み上げてきて、私の目からは自然と涙が零れ落ちていた。

私は芸能人になってしまったら人を信じられなくなると思っていたけど、繰り返し母の言葉を聞いているうちに、既に人を信じられない思考になってしまっているじゃないかと気付き、怖くなり悲しくもなった。

すると鈴木秘書は諭したように私の肩にそっと手をおき、大丈夫ですよと優しく語りかけた。

この話を誰かに話したことは初めてで、初対面の人に話した自分に驚いた。

不思議と鈴木秘書は私の心をすべてお見通しかのように思えた。


私が落ち着きを取り戻したタイミングで、ここまで聞いてどう感じましたかと私に尋ねた。 

えっと、正直驚いています。世の中にこんな仕事があったなんて。

私も好きなアイドルがいますが、もし熱愛とか出てしまったら気分が良いものではないし、アイドルって上手く隠して付き合っているのかなとも思っていました。

恋愛することってアイドルにとっては今後の人気や仕事にも影響してきてしまうって考えると、ドル隊の役割は重要なんじゃないのかなとも思いました。けど私にその仕事ができるのかと言われると難しい気がします。

なぜ難しいと感じるのですか。と鈴木秘書は尋ねた。

好きではない人とそういう行為ができないと思うのと、私自身恋愛経験がないので、自信がありませんと正直な気持ちを打ち明けた。

すると鈴木秘書は静かに頷き話し始めた。

確かに好きではない人の性の相手をするのは女性からしたら理解できないかと思います。

よく男性は好きでもない女性と性行為ができると言われますが、それは遺伝子的に組み込まれているんです。

男性は一人でも多くの子孫を残さなければならないとプログラミングされていますので、そこは男女の感覚の違いがあります。

私どもはメンタルコントロールにも特化しているので、無意識のうちに苦手だなと感じる相手も抵抗感なく対話できる方法もお教えできます。

これは、どうしても好きになれない相手にも適用できるので、今後の人生においても役立つ思考法だと思います。

そして行為のことでご不安はあるかと思いますが、経験がなくても研修制度がしっかりしているので、安心していただきたいです。

先ほども申し上げたように最後まではしません。

そしてこのお仕事は恋愛経験がないほうが向いているんです。

詳細を少しお話してもよろしいですか?

詳しい内容を聞きたいという興味が湧いた。

はい、お願いします。

通常性行為する際はキスから始まり、お互いの前戲がありますが、我社ではそのようなことはしません。ではどのようにするかといいますと専用の装置を使用していただきます。

その装置は我社で特許を取っておりまして、女性の性器を忠実に再現されたものになっています。人間の体温や皮膚の柔らかさまで、まるで生身の人間としているような気分を味わうことができるものです。 

ですが一点ドル隊の方がご自身でしていただくことがあります。

それはキスです。勿論ディープなどの濃厚なキスはしなくていいのですが、フレンチキスはご自身でしていただくことになります。

好きでもない相手とのキスは抵抗もあるかとは思いますが、仮に弊社で働いていただく意思があるのであれば、こちらの同意は必要不可欠になります。

女優や俳優のように仕事と割り切っていただくことが必要になります。

付け加えておきますと、相手方つまりアイドルたちにはHIVの検査、性病検査を定期的に行っておりますので、そちらの心配はご安心ください。もちろん、ドル隊の皆様にも定期的に性病検査はしていただいています。

また、研修制度もしっかりと整えていますし、実際にどのようなことをするのか体験してみてご自身で仕事をするしないのご判断をしていただくことも可能です。

そして今までの説明から出張風俗まがいなどではと連想される方も多くいらっしゃいますが、まったく別物です。

例えば風俗であれば、どこの誰かともわからない相手と行為をしなければいけなかったり、お客様の年齢層も幅広いです。しかし弊社は芸能事務所に所属する方限定であり、お客様の情報をしっかりと把握しているので今まで無理やり強要されたなどのトラブルはございません。相手の方も二十代~三十代の人気なアイドルがほとんどなので、生理的に受け付けられないというのもほとんどないかと思います。

ちなみに話がそれますが、ドル隊になれるのも誰でもいいとは限りません。

容姿や適正をみて合格ラインに入った方のみ、こちらからスカウトさせていただいております。

ざっくりですが、お給料も新卒の平均初任給の3倍はお支払いしております。

ここまで聞いてみてお気持ちなどはどうでしょうか。

一通り聞いてみたものの自分がドル隊として活躍している姿がイメージできず、やりたいかすらわからなかった。

仕事内容が衝撃過ぎて、聞きたいことは山ほどあるはずなのにいったいどこから質問すればいいのか。

一度実際にどのようなことをするのか、弊社に研修に来ていただくのはどうでしょうか。

突然の研修のお誘いに私が戸惑っていると、研修といっても突然何か実践していただくということはありません。

研修という名の説明会と捉えていただければ幸いです。

少人数の人しか知らない世界を、一度見てみたくははありませんか?

そう言われると気になるのは確かだ。

まあ、研修だけなら...と私が答えると鈴木秘書の顔が一気に明るくなり、それはよかったと私の両手を握った。

このお話をすると最初から強い拒否反応を示される方もいらっしゃるのですが、市川さんはそうでないようで安心しました。

では後ほど、研修の日程調整のご連絡をさせていただきますね。

市川さんのご連絡先を教えていただいてもよろしいでしょうか。

番号を交換し終えると、鈴木秘書は満足そうな表情を浮かべ、こんな遅い時間までお時間いただいてしまって本当に申し訳ございませんでしたと口にした。

電車も動いてないのでおうちまで送らせてください。と運転手に電話をかける。

車の時計に目をやると12時を回っていた。

私の家までの帰り道、鈴木秘書は唐突に市川さんのお好きなアイドルってちなみにどなたですか。と質問をしてきた。

私は恥ずかしいなと思いながらも、Aトレインが好きなんです。と答えた。

そうですか。うちの親会社のトップアイドルですね。

と鈴木秘書は嬉しそうに言った。私自身も彼らの成長を間近で見ていたので、彼らがステージ上で輝いている姿を見るのは自分の子のように嬉しいんです。と答えた。

自分の子供と表現する鈴木秘書がおかしくて私はくすくす笑った。何かおかしいですかと鈴木秘書が不思議そうだったので、自分の子供って鈴木秘書まだお若いのに面白い表現だなと思ってと伝えると、あ~と言いながら鈴木秘書も微笑んだ。

有り難いことに若く見られがちなんですけど、私今年で三十八歳になるんですよと少し照れたように言った。

えーーー!と私は思わず声に出してしまい驚きを隠せなかった。どうみても私と同い年くらいか少し上くらいにしか見えない。

美魔女すぎるにもほどがあると感心してしまうほどだ。

ちなみに若さを保つ秘訣は何ですか?と私が聞くと、特に何かしていることはないですが、私もドル隊をしていろんなアイドルと疑似恋愛をたくさんしてきたので、そのおかげかなって今になっては思いますといたずらっぽく笑った。

普通の人生では出会うことのない方々と関われたわけですから。

ちなみにドル隊はお給料もいいですし、芸能人が通うエステも社割でお得に通えるので、綺麗な方が本当に多いんですよ。本当に二度見してしまうくらい芸能人並みに綺麗な方が大勢いらっしゃいます。

うっかりこのパワーワード言うの忘れていました。

皆さん飛びつくんですよね、美容系のお得情報は特に。

と鈴木秘書は笑った。

衝撃を受けっぱなしで話が逸れてしまったが、肝心の私の推しであるAトレインがドル隊を使っているのか気になった。

当然使っているのだろうなと思いつつも、知りたくないような気もして、敢えてそのことには触れなかった。

家の前に着くと、明日改めて日程調整のご連絡しますね!と鈴木秘書と番号を交換した。

こんな遅い時間まで申し訳ございません。本日は貴重なお時間ありがとうございました。と丁寧に私に向かって頭を下げる。

車が走り去るのを見届けると、母を起こさぬようにそっと家の中に入る。

なんだか衝撃的な1日だった。現実では考えられないような仕事があるんだな。まんまと話に乗せられてしまったけれど研修に行って大丈夫かなとふわふわした心地の中で、眠りについた。

翌朝、学校に行くと後ろからおはよう!と肩を叩かれた。遥だった。

おはよう。私が昨日の寝不足のせいでテンション低めに返すと、昨日はバイト変わってくれて本当にありがとう。これあげる。とイチゴオレを手渡してきた。

なんか暗いけど昨日のバイトのせい?

遥が心配そうに顔を覗き込んできた。

昨日起こった出来事を伝えるわけにもいかず、バイトが長引いて昨日あまり寝れなかったんだとちょっととげのある伝え方をしてみると、そうだったんだ!本当にごめんね。と遥は申し訳なさそうに謝った。

昨日彼に会った時、彼もバイト先の常連だからシェフが私のことを突然休んだりするって伝えたっぽくて…いつも杏梨に変わって貰ってる話しをしたら怒られたんだ。

だからこれからは自分のシフトが入っている時はちゃんと出勤するね!と言ってきた。

当たり前のことだよと言いたいところだったけど、今更怒ってもしょうがないので、冗談めかしにそれは助かるよと伝え、じゃあ私こ っちの教室だから、また後でねー。とその場を後にした。  


教室に着き、椅子に腰を掛けると昨日の寝不足もあってかいつの間にか眠ってしまっていたらしい。脇腹をつつかれる感覚ではっと目が覚めた。

一つ空いた隣の席の男性が起こしてくれた。

多分名前呼ばれてますよ。と教えてくれた。

私は寝ぼけながらもはいと返事をした。うっかり居眠りしている間に授業が始まっていたみたいだ。

この授業は名前で出席確認するのだ。

教授は私が寝ていたことに気付いていないのか、そのまま普通に出席確認を続けた。

私が隣の男性に小さくありがとうございます。助かりました。と答えると彼は小さくいいえ!と言って微笑んでくれた。

この授業は教授が一方的に話し続けるスタイルなので、眠くて仕方がなかった。

途中でまたまた寝落ちしてしまったようで、授業の終わる十分前に目が覚めた。ホワイトボードに書いてあるおそらくテストで出るであろう文章を慌ててノートに取り始める。

この授業には友達がいないので、書いておかないとテストで大変なことになる。

その様子を見ていた先ほど声を掛けてくれた隣の男性が良かったら見ますかとノートを差し出してくれた。

え。いいんですか。と私が聞くと大丈夫ですよ!来週の授業のときに返してくれれば!となんとも優しい言葉をかけてくれるではないか。

急げば書き終わるかなと思ったが、終業のチャイムが少しなる前に男性はじゃお先にといって後ろの扉からそっと教室を出ていった。

なんて優しい男性なんだろう。と感動し、出ていく姿を見ていると、ちょうど私の後ろに座っていた女性三人組と目があった。

なんだか怖い顔をしているような…少し気になったが向き直って彼のノートを写し始めた。

綺麗な字で書かれたノートは要点も見やすく色分けもされていて几帳面さがノートから見て取れた。

終業のチャイムがなり、残りは家でやろうと鞄にノートを閉まっていると、

あの。すみません。と声を掛けられた。

私が振り返ると先程後ろに座っていた3人組の女性がいつの間にか私の真横に立っていた。

三人からの圧をすごく感じ私は小さな声で何ですか。と恐る恐る尋ねた。

さっき隣の人にノート借りましたよね?

なんだ。さっきの光景を見ていたのか。この三人の中の彼氏とかだったのかな、だったら申し訳ないなと思いながらも、はい。お借りしましたけど…と歯切れの悪い返事をした。

質問の意図が分からなかったからだ。

三人は互いの顔を見合い意を決したように私に向き直った。

そのノート私たちにください!

え。

私は一瞬思考が停止した。貸すとかじゃなくてください?何を言っているんだろうこの人たちは。

私が直接借りたので勝手に渡すことはできないです。すみません。と謝ると三人組はまた顔を見合せ、そしたらくれなくていいのでちょっと見せて!

とそのうちのもう一人が言ってきた。まるで関西のおばちゃんのように強引に私のバッグからノートを引っ張り出そうとする。

しかもさっきまでくださいと言ってきた人たちだから、見せたらそのまま奪って逃げていきそうだなという考えが頭をよぎった。

私は数秒考えたふりをし、勝手にそんなことできません…次の授業もあるので失礼します!

とそそくさと教室を飛び出した。

後ろからちょっと!待って!という声が聞こえてきたが、廊下を小走りに走った。

さっきの何あれ。怖かった。なんでこのノートがそんなに欲しいんだろう。もしかして彼成績優秀者だったりするのかな。

そんなことを息を切らしながら考え、次に受ける授業の教室についた。

先程の女の子たちが付いてきていないか、念のためドキドキして辺りを見渡した。

すると、杏梨おはよう!と声を掛けてきたのは同じサークルの蓮斗だった。

カフェ巡りサークルに入っている私たちは同期が五人と少ないこともあり、皆で仲が良かった。

週1で流行りのカフェに行って、スイーツやコーヒーを楽しみ、それをSNSにアップしているというなんとも遊びの延長線みたいなサークルだ。

蓮斗は唯一サッカー部とかけもちしている。見た目はスポーツ少年みたいなのに甘いものが大好きらしい。しかも同期の中では一番流行に敏感で新しくできたカフェなどいち早く情報を入手してくる情報通だ。

おはよう!と挨拶を交わすや否や、さっきの恐怖体験をすかさず蓮斗に話した。

誰かに話したくて堪らなかった。

一通り話し終えると、蓮斗はにもしかしてだけどと何かに納得しているようだった。

え。何々!?知っているなら教えよと私がいうと、

そのノート見せて!と答えた。

私は鞄の中からさっきの彼から借りたノートを取り出した。

蓮斗はじっくりそれを見ながら、綺麗な字だなぁと呟きゆっくり閉じて!あ、やっぱり…と小声で呟いた。

そして私のほうを見てなるほどね。と言ってノートを私に渡した。

勿体ぶらずに教えてよ。とあまりにも前置きが長いので少し不貞腐れると、

ごめんごめん。このノート今岡レオのだよ。

と言った。

確かにノートの裏にはローマ字で今岡と書かれている。

大学で自分のノートに名前を書いている人も珍しいのではなかろうか。

今岡レオ…?とはてなマークだった。

全く思い当たる節がないし、一緒の授業を受けていたはずなのに聞いた覚えがなかった。

え。杏梨知らないの!?俺たちの大学に一人、人気俳優が通ってるって噂。その人のノートだよ!

えーーー!と私は声をあげた。

教室にいた何人かがその声に驚き振り返る。

私は声のトーンをおさえて、そんなにすごい人だったんだ。と呟いた。

そうだよ。だからその三人組は今岡レオのファンだったんだよ。だから欲しがったんじゃない?と答えた。

なるほど。そうだったんだ…。

私もアイドルオタクの一人として考えたら、さっきの三人組の子たちの気持ちが少しわかった。

見せてあげれば良かったかもと自分の対応の悪さを後悔しつつも相手のお願いの仕方も悪かったよなとも思った。

でもさ、普段だったら絶対話しかけないと思うんだよな。俺割りと友達多いけど、今岡レオと話したことあるやつと出会ったことないし。

オーラもすごいから誰も話しかけられないんだって。

やっぱ杏梨可愛いからかなぁ。と腕を組んで考え初めた。

いやいや、違うよ。私が授業中居眠りしてるのを横でずっと見ててさ、ノート取れてないのを知っていたから貸してくれたんだよ。

しかし、俺がいうまで気付かなかったなんて、ちゃんとテレビ観てる?と今岡レオを知らなかったことが信じられないようだ。

確かに以前誰かと話しているときに、うちの大学に有名人がいるって話をしてたような気もする。

しかし自分の興味のない分野には疎いので、全く知らなかった。

最近テレビも見ないし、アイドルのライブ映像とユーチューブしか見てないからなぁ。そんなすごい人だったんだと笑った。

次の授業のとき、仲良くなっといたほうが絶対いいよ。

連絡先交換してきてよ!と蓮斗は他人事だからと無茶なことを言う。

人気俳優って知っちゃったしそんなことできないよ。ファンの目も怖いし。

確かに女はこえーもんな。と蓮斗は納得したようだった。

授業が始まり、そんな有名な人だったのかとさっきの借りたノートをパラパラとめくった。

どのページも丁寧に字が書かれている。

忙しいのにちゃんと学校に来ているんだなと感心した。

ふと最後のページになったとき、小さな文字で何か書かれていた。

なんだろうと目を凝らしてよく見てみる。

するとそこには、衝撃的な言葉が綴られていた。

何のために生きているんだろう。早く楽になりたい。

と他のきれいな字とは違い殴り書きがされていたのだ。

その文字を見た瞬間、心臓の鼓動が早くなった。

勢いよくノートを閉じ、見てはいけないものを見てしまったと思った。

これは彼が書いた字なのか。

人気俳優がこんなに思い詰めているものなのか。

さっきの爽やかな彼からは想像もつかなかった。

この文字を見てしまった私はどうすればいいのだろう。

きっと彼も書いたことすら忘れていたのだろう。

授業もまともに頭に入らず、なんだか気持ちがそわそわしていた。

終了のチャイムが鳴り、皆一斉に席を立った。

すると昼飯一緒に食べない?と蓮斗が誘ってきた。

授業は午前中までだけど、久々に学食も食べたいし、さっきのこと蓮斗に言おうかどうかも悩むし… と考え

うん!いいよ!と二人で食堂に向かった。 

久々に学食に来たが、お昼時とあって大分賑わっていた。

何食べる?今日バイトの給料日だから奢るよ!と蓮斗はが言ってくれたので、えー!いいの!?ありがとう!じゃあオムライスにする! と遠慮なく伝えた。

おっけー!じゃあ席取っておいてー!

はーい!

そういって席を探すがほとんど埋まってしまっている。

外のテラス席が空いていたのでそこに座ることにした。

蓮斗が迷わないように姿を目で追っていると、あ!さっきの子じゃない?!と先程の3人組の子たちが私の元に駆け寄ってきた。

内心ヤバいと思い逃げようとしたが間に合わなかった。

するとそのうちの一人が、さっきのノート、レオくんのやつ!少しでいいから見せてください!とお願いをしてきた。

皆一斉にお願いしますと頭を下げる。

私は困惑した。

もしも見せたとして最後のページを見られてしまったらどうしよう。

えっと…私が困っていると蓮斗がタイミングよくやってきた。

あれ?どうしたの?!

すると女の子たちは一斉に蓮斗のほうを振り返り、ノートを貸して欲しいってお願いしてるんです!と応えた。

あぁ。さっきのノートね!

蓮斗はそういうと、ごめんね。レオは俺の友達でさ、貸してた俺のノートをこの子に預かってもらってたんだよねと私を指差した。

だからさっきのノートは俺のなの!勘違いさせちゃってごめんね。

あ、そうだったんですか…

女の子たちの声が小さくなっていく。

するとその中の一人の子が、友達だったら会わせたください!と今度は蓮斗に向かって話し始めた。

お願いします!すごくファンなんです!

と懇願している。

蓮斗はどうでるのかと、やり取りを不安に見ていると、あのさ、そういうのはっきり言って迷惑なんだよね。レオも勉強しに学校に来てるわけだしさ、俺だってそんなことに利用されるのは嫌だし。プライベートはそっとしておいてあげてよ。と今までの蓮斗からは想像できない冷たい表情をしている。

さすがに、彼女たちも怯んだのか、すみませんでした。と少し申し訳なさそうに言って立ち去っていった。

姿が見えなくなったことを確認して、蓮斗ありがとう。と伝えると

俺、演技上手すぎなかった!?

とっさの嘘すごくない?といつものおちゃらけた蓮斗に戻っていた。

いや、ほんと凄かった。しかもあんな冷たい声初めて聞いたし怖かった。

あのくらい強く言わないと、彼女たちは帰らなそうだったからと蓮斗は笑った。

蓮斗には話してもいいかもしれない。とさっきのノートをタイミングを見て見せようと思った。

オムライスを頬張りながらさっきの授業の話をしていると、お疲れ様~!と肩をたたかれた。

振り向くと同じカフェサークルの紗綾だった。

紗綾は私の友達の中でも断トツで明るくてスーパーポジティブ。そして何より私と同じくAトレインの大ファン。

だから2人でライブにも良く行くし、お互いどちらかがチケットが当たれば必ず誘う相手だ。

わー、紗綾お疲れー! 

紗綾に会うと元気が出る、私の元気の源みたいな存在。 

蓮斗もいるんだ!久しぶりじゃん。紗綾はそういうと空いていた椅子に腰を掛けた。

確かに授業も被ってないし、最近サークルも活動してないしなぁ。ともぐとぐと口いっぱいにカレーを頬張りながら話している。

そうそう。だからさ、久々にサークル活動したいなと思って…と紗綾はがさごそと鞄の中を漁り始めた。そして一枚のちらしを取り出した。

これどうかな??

そういって机の真ん中にどん!とそのチラシをおいた。

私と蓮斗が覗き込むと、そこにはこう書かれていた。

人気アイドルプロデュース。表参道におしゃれなカフェオープン。

ハワイアンチックな店内と美味しそうなパンケーキやトロピカルジュースの写真が写っている。

なんか良さそうだな。この人気アイドルって誰のこと??と蓮斗が聞くとよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに紗綾はにんまりと笑った。


実はこれ、まだ世間に公表されていないんだけどAトレインの翔くんプロデュースらしいんだよね。

私のお母さんが雑誌の広報部で働いててオープン前の情報を入手してきたの!

と嬉しそうに話した。

えーー!凄すぎる。行きたい行きたい!と私は興奮気味に答えた。

しかもオープン前のプレオープンチケットを5枚入手したから同期みんなで行けるよ!

翔くんプロデュースだったらAトレインのメンバーみんな来るかもだし、今までで一番近い距離で会えるよー!と悲鳴に近い声で紗綾は喋る。

きゃー!紗綾本当にありがとうー。と私は紗綾に思いっきりハグをした。

今年一嬉しいよー!

杏梨の反応、想像以上なんだけど。こんなテンション高い杏梨初めて見たわと紗綾は笑った。

お前らすげぇな…。

蓮斗は私たちのテンションの上がりように若干引いているようだった。

三人でその予定について話していると私の携帯の電話が突然鳴った。

あ、ごめん。ちょっと電話してくるね。と言って席を立つ。

はい、もしもし、市川です。と電話に出ると、

市川さんですか。鈴木です。昨日はありがとうございました。と鈴木秘書からの電話だった。

こちらこそ、ありがとうございました。社交辞令の挨拶を済ませると

早速ですが一度弊社にお越しいただきたいと思っているのですが。

はい。いつが良いですか。

突然で申し訳ないのですが、本日はいかがでしょう。

ご予定ありましたら日程調整しますので、断っていただいて全く問題ございません。

今日なら午後は予定がないので、大丈夫です。どちらに向かえばいいですか?と私が聞くと

ありがとうございます。良かったです。

すぐにうちのもの向かわせます。今は大学ですか?

はい、そうですけど。

そうしましたら今から二十分ほどで到着するのでお待ちください。

念のため確認ですが桜丘大学の東京キャンパスでお間違いないですよね。

え、はい、そうですけど…

承知しました。門に着きましたら私のほうから再度お電話しますので宜しくお願いします。

では一度失礼致します。といって早々と電話は切られた。

あれ、私自分の大学言ったっけな。昨日はバイト後で疲れていたこともあり、記憶がうろ覚えだった。

でも急だなぁ。そういって二人の元に戻ると蓮斗がさっきの、カフェさ、俺たち三人になったわ。と言った。

え!なんで!?と私が驚くと

他の二人はその日予定があるんだって。杏梨が電話中に、二人に電話掛けて空いてるか確認したの!とちょっと寂しそうだ。

そうなんだ。残念だけど仕方ないよね。来週だもんね!

だからさ、チケット余るの勿体無いから誰か誘いたい人いたら言ってね!

私も友達あたってみるけど。と言いながらその招待状を私と蓮斗に差し出した。

杏梨に二枚渡しておくよ!誰か誘ってもいいし、見つからなければしょうがないってことで。と紗綾は私にもう一枚のチケットを託した。

えー。紗綾が友達誘えばいいじゃんと言うと、んー、誘いたいと思う人がパッと思い浮かばないんだよねー!

そっか。せっかく貰ったんだし、貴重なチケットだから行きたい人いるか探してみるね。と受け取った。

だったら今岡レオ誘ってみれば?来週の今日だったらちょうど授業被るでしょ?当日の誘いだけどワンチャンス来てくれたりして。ノート貸してくれたお礼とか理由つけてさ!といたずらに笑った。

えー。それは無理じゃないかな?お礼と言うよりありがた迷惑になりそうと話していると

私の電話が再びなった。鈴木秘書からだ。

二人ともごめん!私用事あるから行くね!蓮斗お昼ご馳走さま!

いいえー!なんか杏梨忙しそうだな。

んじゃ、来週ー!!と蓮斗の声と杏梨またねー!と言った後に今岡レオってなんのこと?と紗綾が蓮斗に聞く声を背に駆け足で門に向かう。

 門に着くと昨日お店の前に停まっていたのと同じような黒光りの車が私のことを待っていた。

市川様お待たせして申し訳ございません。どうぞお乗りください。と丁寧に運転手の方が扉を開けて待っていてくれた。

ありがとうございます。

私は少し緊張気味に車に乗り込んだ。

通りすがりの生徒たちが私の様子をみて、話している。車登校している生徒はいないから珍しいのだろう。行きの車の中で過ぎ行く景色を眺めながら、少しのワクワクと不安が入り混じった感情になっていた。

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