Golden Slumber -Die Stille des Goldes(黄金の静寂)-

Spica|言葉を編む

プロローグ ──鏡の向こうに、花は枯れる

 かつて私は、黄金比の中で眠っていた。列柱の柱は均整を描き、ヴァニタスを排した構図だけが"美"だと信じていた。

ウィーンという都市そのものが、一つの調和された構造体であり、私はその内側に生きていた。


 否、生きていたと信じていたのだ。


 今、この山荘の窓辺には、陽を浴びたラベンダーが微かに揺れている。あれほど嫌っていた“計算されぬ自然”に、私は心を寄せている。

この静けさが、かつてのあの喧騒よりも遥かに真実に近いと、そう思える日が来るとは。


 書斎の壁には、かつての私が選んだ絵画がいくつか掛けられている。一枚はラファエロの模写、もう一枚はローマ時代の石膏を描いた静物。

だが、いま最も心を惹かれるのは、小さな素描——朽ちかけた果実と、枯れかけた花と、あの人の、面影だった。


 どうやら私は、かつての“私自身”から遠く離れた場所に来てしまったらしい。

けれど、それは敗北ではない。構造の中に閉じ込めたはずの感情が、崩れ、溢れ、染み出して——ようやく“美しさ”になったのだから。

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