夢幻の図書館

をはち

夢幻の図書館

夜の帳が下り、月光が淡く世界を照らすとき、夢の狭間にひっそりと佇む図書館がある。


その名も「夢幻の図書館」。


訪れる者の心を映し出す、魅惑と禁断の書庫だ。


この図書館は、人の欲望や好奇心を映す鏡のように、訪れた者一人一人に合わせた本を必ず用意する。


歴史の真実、秘められた恋の物語、未知の叡智、あるいは心の奥底に潜む恐怖――求めるものがどんなものであれ、


夢幻の図書館にはそれに応える一冊が必ず存在する。


だが、この図書館はただの書庫ではない。


それは、人にあらざる者の手によって紡がれた、呪われた聖域なのだ。


古びた木の扉をくぐり、埃と古紙の匂いに包まれた書架の間を歩む者は、やがて気づく。


そこに並ぶ本のページは、ただの紙ではない。文字は血の色で綴られ、ページの厚さは命そのもの。


読む者の魂と血を墨として、その本は織り上げられている。


本を読み進めるたびに、身体は衰弱し、心は書物に飲み込まれていく。


そして、最後のページをめくった瞬間、読者の命は尽きる。


この図書館の主は、死神と呼ばれる“知の終焉”そのもの。


漆黒の衣をまとい、冷たく輝く瞳で訪れし者を迎える彼は、 見る者によってその姿を変え、


人の魂を本へと封じることを、至高の愉悦とする。


死神の手によって編まれた本は、単なる物語ではない。


それは読者の人生そのもの――喜びも悲しみも、希望も絶望も、すべてを閉じ込めた魂の結晶だ。


書架に並ぶ無数の本は、彼が永遠に蒐集し続ける魂のコレクションなのだ。


ある夜、若者・文彦が夢幻の図書館に迷い込んだ。


彼は歴史の謎を追い求める研究者で、古代文明の失われた真実を求めて幾度となく文献を漁ってきた。


図書館の扉を開けた瞬間、彼の前に現れたのは、黄金の表紙に彩られた一冊の本だった。


タイトルは「失われた帝国の真実」。文彦の心臓は高鳴った。


この本こそ、彼が生涯追い求めた答えが記されていると直感したのだ。


彼は書架の間の薄暗い通路を進み、蝋燭の揺れる灯りの下で本を開いた。


ページをめくるたびに、未知の知識が彼の心を満たした。


だが、同時に、彼の身体は冷たくなり、視界はかすんでいった。


指先が震え、息が浅くなる。どこからか囁くような声が聞こえた。


「読み進めなさい。真実がそこにあるよ」と。


文彦は気づいていた。この本が自分の命を吸い取っていることを。


それでも、彼はページをめくる手を止められなかった。


真実を知りたいという欲望が、彼の理性を飲み込んでいた。


やがて、最後のページにたどり着いたとき、文彦の身体は光の粒子となって崩れ落ちた。


静寂の中、死神が微笑む。


新しい本が書架に加わり、その表紙には「文彦の真実」と刻まれていた。


夢幻の図書館は、今夜も新たな訪問者を待つ。


死神は、静かに書架を眺めながら、次の魂を閉じ込める一冊を夢想する。


訪れる者は、知らず知らずのうちに自らの命を賭けて、真実と欲望の物語に身を委ねるのだ。


この図書館に足を踏み入れる者は、決して忘れてはならない。


そこにある本は、ただの知識ではない。


それは、命を代償に得る、呪われた誘惑なのだ。

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