十一月三日

 とある作品の執筆が全く進んでいない。一文字も書けないのだ。もはや自身がこれまでどうやった物語を紡いできたのかも分からなくなっている。無理に書こうとするとむやみにまだるいものができるばかり、といって考えてばかりもいられず原稿を前にしては項垂れるだけ。ここ数日、そんな日々ばかりが続いている。何も生みだせない日々が無情にも過ぎ去ってゆくのはこの上ない苦痛である。

 苦痛、といえば明日もまたロッカー工場での勤務が私を待ち構えている。考えるだけでも心が重い。単純作業を繰り返すのには幾らか慣れたが作業の合間にある梱包とやらの時間が一等、嫌だ。すべきことが分からずおろおろして、誰かを手伝おうにも失敗ばかり。とてもこの上続けられぬと思いながらも、やめては生活ができない。別の仕事を考えることもあるが、そちらの方がかえって苦しい環境かもしれないと考えると、億劫である。ただ、生きてゆくということがこんなにも苦労の多いものなのかとため息が出る。これまでの私であれば、死を不都合に思っていた。“この作品を完成させるまでは死ねぬ”と本気で思っていた。しかし、今はどうだ? 執筆は一向進まず、夜中まで起きていて、酒を飲んで寝るばかり。熱意もどうやら冷めかけてきたらしい。

 時折、以前書いた物語を読み返してみることもある。どうやって書いたのか、一向、思いだせない。しかしきっと喚起を伴って執筆されたのだろうと思うと我が事ながら誇らしい気もする。そうだ。創作に苦労が必ず伴うわけではないと私は知っているのだ。今後、今の作品を書き続けていれば歓喜の奔流に乗ることができるかもしれないではないか。いや、そういったところで。常に心の中では相反する思想がにらみ合っている。なるようになれ。そう思うより他、無い。

 しかし、嗚呼。生きてゆくだけのことがこんなにもつらいものなのだろうか。私が欠陥品だからかしら。今の半分の苦悩で緩やかに生きてゆくことができるのなら、世の中捨てたものでもないと思えるが、どうも今のままだとねえ。一体私は生きることが下手なのだ。今日もまた時間を無駄にしてしまったようである。明日は少しだけでも立派に生きてみたいものだ。

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