蓄積
暇人
蓄積
・第1章 予感
狂ったような笑い声が、静まり返った部屋に響き渡る。
「ハハハハハハハハ!」
窓の外で降りしきる冷たい雨をぼんやりと見つめていた。雨粒は窓ガラスを滑り落ち、まるで彼の心に積もった何かが、とめどなく流れ落ちていくようだった。無言で、ただその瞬間を受け入れていた。
「ハハハハハハハハ!」
笑い声が、再び口から漏れる。それは誰にも理解されない孤独の中で、自分自身が殺してしまった、心の叫びのようだった。
今日は文化祭二日目、一般公開の日。福岡市内の片田舎にある、佐賀にも天神・博多にも電車一本で行ける、ごくありふれた街の高校。校内は人々の熱気で溢れていた。廊下には色とりどりの装飾が施され、各クラスが趣向を凝らした出し物には、賑やかな笑い声が絶えない。体育館からは、文化祭の目玉であるダンス部のパフォーマンスだろうか、重低音の効いた音楽がかすかに聞こえてくる。全国常連の強豪校、その迫力が壁を隔てても伝わってくるようだった。
そんな熱狂の渦の中、私は親友のBとCと共に、クラスの出し物を巡っていた。
回想
私たちが三人でいるのは、いつものことだった。高校一年生の時、同じクラスになった私たちは、男子バレー部のマネージャーという共通点も手伝って、すぐに仲良くなった。昼食はいつも三人一緒。誰もが認める仲良しグループ、二ヶ月後に控えた修学旅行も同じグループで回ることが決まっていた。
しかし、私は心のどこかで、この二人を見下している。
BとCは、いつもくだらない話で盛り上がっていた。「このアイドルが尊い」「あの先輩、かっこいいよね」「誰と誰が付き合ったらしいよ」――。中身のない、薄っぺらい会話の連続だった。部活への向き合い方も違う。二人はいわゆる「憧れ」からマネージャーになっただけで、本気でバレーボールに向き合っているわけではなかった。本当は、私もバレーがしたかった。この学校に女子バレー部がないから、仕方なくマネージャーをしているだけなのに、そんな私の気持ちを二人が理解するはずもなかった。
男子生徒も嫌いだった。目の前の性欲に突き動かされ、将来のことなど微塵も考えていない、猿同然の生き物たち。教師も同じ。可愛い女子生徒にはデレデレと甘いくせに、校則やルールを振りかざしては偉そうにしている。大した大学も出ていない、ただの権力者気取りの集まりだ。
それでも、私には憧れの存在がいた。Kだ。
BとCが「かっこいい」と騒いでいるのを聞くたびに、心の中で反発していた。私の憧れは、顔や外見だけじゃない。Kは、誰に対しても態度を変えず、いつも冷静だった。無邪気なBやCとは違い、Kの目にはいつも知性が宿っているように見えた。男も女も、美人であろうがブスであろうが関係ない。そんなKの姿に、私は自分と同じものを感じていた。勝手に、この人だけは私を理解してくれると、シンパシーを感じていたのかもしれない。
回想終わり
三人で談笑している時、Kを見かけた。いつも一人でいるが、文化祭でも一人なんだと、少しだけKに親近感を覚えた。
B「ねえ、2-2行こうよ!なんか、めちゃくちゃ怖いお化け屋敷らしいよー」
C「でも、今行っても人多いから、昼時を狙わない?」
私「そうだね、そうしよう。じゃあ、4階に屋台が出てるらしいから、そこでなんか食べよっか」
私たちが4階に向かう途中、Kとすれ違った。
B「K先輩、いつ見てもかっこいいなぁ」
いつものことだった。私は愛想笑いを浮かべ、4階へ向かった。
4階は一年生の教室だ。校舎全体に漂っていた熱気は、少し落ち着いている。
「屋台、あった!」Cが手招きして呼んでいる。
1-1の教室で焼きそばとたこ焼きを買い、三等分して食べながら夏休みの思い出話をしていた。
B「先週の花火大会、めっちゃ良かったよねー……」
そんな雑談をしているうちに、時間はあっという間に過ぎ、時計は13時を指そうとしていた。
C「そろそろ、2-2行ってみようか」
私たちは再び、熱気でざわめく二階へと向かった。
お化け屋敷のある2-2の教室の前には、Cの予想に反して長い行列ができていた。仕方なく列に並ぶ。
「この時間が一番ワクワクするよね!」と、他愛もない会話をしているうちに、私たちの順番が来た。
懐中電灯を渡され、教室の扉を開ける。中は想像していたよりもしっかりと作り込まれていて、少し感心した。怖がりなBが私の腕にべったりとくっつき、暑苦しい。
「はいはい、行くよー」
私は軽くあしらいながら、教室の奥へ足を進めた。
私「……なんか、匂わない?」
B「そうかな?全然わかんないや」
Bは鼻をクンクンさせているが、何も感じていないようだ。私は眉をひそめた。鉄のような、生臭いような、不快な匂いだった。
私「早く行こうよ」
B「なーに?余裕なフリして、本当は怖がってるんでしょ?」
私「そんなことない!」
強がってはいたものの、少しだけ怖かった。その時だった。
「タ、タスケテ……」
私たちは絶叫し、電光石火で教室を後にした。
B「いやー、怖かったね!ていうか、あれ、本物の声だったよね?」
少し遅れて出てきたCは言う「そうかなぁ……でもたいしたことはなこったね!」
私「Cの叫び声が聞こえたのは、幻聴かな?」
C「うるさいわ!」
余韻に浸りながら三人で歩いた。しばらく各クラスをまわった後、特にすることも無くなった私たちは、体育館に向かうことにした。ちょうど、マジックショーが始まろうとしていた。
・第2章 事件
マジックショーも中盤に差し掛かり、観客のボルテージは最高潮に達していた。その時、校内放送が、けたたましい音を立てて鳴り響いた。
「ただいま、校内で予期せぬ事態が発生しています。つきましては、全校生徒、教職員、来校者の皆さんはその場から動かず、指示があるまで待機をしてください。繰り返します……」
突然の放送に、体育館は騒然とした。「何が起きたんだ?」「事件か?」「なんかの演出かぁ?」様々な声が交錯し、誰もが不安を隠せない。私も、言葉にはできない不穏な気配を感じていた。
やがて外から聞こえてくる救急車やパトカーのサイレン。制服を着た警官たちが体育館に入ってくる光景に、パニックは頂点に達した。誰もが冷静ではいられない。その場は一旦警官が取りまとめたが、校内には「殺人が起きた」という、真偽不明の噂だけが広まっていった。楽しげな笑顔は、次第に消えていった。
数十分後。
来校者は体育館に、在校生は各クラスに戻るように指示された。教室が使えない特定のクラスに行った生徒は、特別教室に集められた。
移動後、警察官が口を開いた。
「2-2の教室で殺人事件が起きたっちゃん。やけん、今日2-2に行った人には、正直に名乗り出てもらえんかな」
優しい口調だったが、その言葉には有無を言わせぬ緊張感が宿っていた。私たちを含め、数人が名乗り出た。名前と連絡先を尋ねられ、順番に事情聴取を受けることになった。私も、教室に行った時間や、何か変わったことはなかったかなど、簡単な質問をされた。「特に異変はありませんでした」私はそう答えた。
片田舎とはいえ、この日学校には生徒含め約2000人もの人が来ていた。私たちも七時間ほど拘束された後、ようやく解放された。学校を出る頃には、すっかり空は暗くなり、夜の九時を回っていた。最初感じた緊迫感も、時間の経過とともに薄れていく。その日の夜空は、やけに星が綺麗だったのを覚えている。
・第3章 憶測
解放された後、私たちは三人で夕飯を食べることにした。
B「待ち時間、長すぎだよー。どんだけ待たせるんだよ!」
C「それな。ていうかさ、私たちが入ってた時って、すでに死体があったってこと?」
B「やばい!鳥肌立ったんだけど。超怖いんだけど!」
私「確かに。あの教室、暗かったし、あの匂い……いや、絶対なかったとは言い切れないよね」
B「怖いこと言わないでよ!」
話は次第に脱線し、一時間ほど世間話をした。
幸いにも明日は日曜日で学校は休みだ。
ふとスマホに目を落とすと、クラスLINEの通知が100件を超えていた。
D「Eが犯人なんじゃないの?(笑)」
E「違うわ!(笑)」
どいつもこいつも、くだらない。人が死んだっていうのに、面白半分で犯人探しをして笑っている。自分に火の粉が降りかからなければ、何でもネタになるらしい。
その日の夜、学校から一斉メールが届いた。
事件を受けて、一週間休校とするとのこと。そして、カウンセリングを随時行うという内容。さらに、10時から13時の間に2-2に行った生徒は、改めて事情聴取を行うため、明日学校に来るように指示されていた。
はぁ、とため息が出る。正直、私には関係ない。これ以上事件に関わるのは面倒くさい。それに、犯人がこんなに堂々と、再び事情聴取に応じるのだろうか?そんなことを考えていたが、行かない理由もなかった。私は、仕方なく翌日も学校へ行くことに決めた。
第4章 喪失
翌日、重たい足取りで学校に向かうと、BとCはすでに到着していた。グラウンドには、すでに多くの人々が集まっている。生徒だけでなく、学校関係者や外部の人々だろう。警察官から簡単な説明が告げられた。
「死亡推定時刻が特定できました。その時刻に近い方々には、改めて詳しくお話を伺うことになります。皆様、ご協力ありがとうございます」
警官の声に、Bがうんざりしたように口を開いた。
「まためっちゃ待たされるんかなぁ。嫌やわー」
Cはスマホをいじりながらため息をつく。
「今日、彼氏とデートやったのに」
Bが目を丸くする。
「えっ!彼氏おったん!?」
こんな状況で、なぜそんな軽薄な会話ができるのか、私には理解ができなかった。Cの顔には、どこか嬉しさが滲んでいて、それが私の神経を逆撫でする。
「え、私も知らなかったんだけど?」とB。
私は愛想笑いを浮かべながら、言葉を返す。
「今、初めて聞いた。なんで教えてくれなかったの?」
いつも通りの会話に合わせていると、耳を疑う言葉がCの口から飛び出した。
「実は……Kと付き合うことになったんよね」
頭が真っ白になった。Kが?この、中身のない、頭が空っぽな女と?いつから?どうして?私の思考は制御不能な暴走を始めた。
別にKが好きだったわけじゃない。そう、ただの憧れだった。誰にも干渉せず、誰にでも平等で、成績優秀。世間のくだらない価値観に囚われない、私の唯一の憧れの存在だった。それが、こんな底辺の女と付き合うなんて、あってはならないことだ。
Cの話は、まるで他人事のように聞こえた。二人の家が元々近所の幼馴染だったこと。それをずっと隠していたこと。そして今日も、その彼氏――私の憧れを連れ去った男――と一緒に学校に来たこと。
私の心の中で、何かが音を立てて崩れていく感触があった。十六年生きてきた決して短くはない人生の中で、親よりも、教師よりも、どんな大人よりも、Kは私にとって、眩しい光のような存在だった。それが、一瞬にして音を立てて砕け散った。
その日は、もう何もやる気が起きなかった。いや、何をしていたのかすら覚えていない。事情聴取も適当に受け答えし、ただ茫然自失のまま時間を過ごした。気がつけば、外はすっかり暗くなっていた。一日が、一瞬の出来事のように感じられた。
家に着く頃には、もう夜だった。BとCは、私をどう見ていただろうか。「失恋した女」?それとも、「親友に想い人を奪われた女」」?そんなことを考える余裕すら、私にはなかった。幸い、しばらく学校はない。その夜は、ご飯も喉を通らず、ただ重い疲労感に苛まれながら眠りについた。
第5章 探求
翌日、どれくらい眠っていたのだろうか。スマホを見ると、とうに昼を過ぎていた。父も、殺人事件の現場に居合わせた人間だからと、気を遣って起こさなかったのだろう。だが、私にはもう殺人事件などどうでもよかった。喪失感だけが残り、私のすべての活力を吸い取っていた。
今日も何もする気にはなれない。スマホの通知が鳴るが、それを見る気にもなれない。もう夕方だろうか。ふと、冷静な自分が顔を出した。
なぜ、私は大して話したこともないKに、ここまで陶酔していたのだろう?
今思えば、妙に思える。何が私をここまでさせたのか。無意識のうちに、一体何が?頭の中がグチャグチャで、幼稚園児の落書きのようだった。
その夜、私はKについて調べることを決めた。Kへの異常とも思える執着。自分でも不思議だった。その正体を知りたい。その衝動が、私を突き動かした。
翌日、私はすぐに行動を起こした。Cに会いに行ったのだ。プライベートで彼女たちと関わりたくはなかったが、居ても立ってもいられなかった。Cの家に行くと、彼女は快く家に入れてくれた。
「この前は大丈夫だった?私がKと付き合ったって言った途端、放心状態になっちゃって……」
Cの言葉を遮るように、私は言った。
「ごめんごめん、ちょっとショックで。でももう大丈夫!気を遣わせちゃって悪かったね。それでさ、Kについて聞きたいんだけど……」
私は恥を捨てて、すべてを聞き出した。幼少期のこと、中学生の時の性格、二人が付き合うに至ったプロセスまで。Cは嫌な顔一つせず、ありとあらゆることを教えてくれた。今まで彼女をバカにしていた自分が、少し嫌になった。
その晩、私はCから聞いた話を振り返った。「福岡市内に生まれて、市内から市内に引っ越し……」。珍しい、と直感的に思った。「その後、小学生の時に親が再婚……」。複雑な家庭環境だったのかもしれない。話を聞く限り、特におかしなところはない。それだけに、私がKになぜ執着していたのか、ますます分からなくなった。
その時、ある仮説が思い浮かんだ。
場面転換:Kの過去
K(当時10歳)
Kは母親に引き取られ、再婚しては離婚、また再婚を繰り返していた。Kは、短い間に三度も苗字が変わった。そのことで、クラスメイトから軽く揶揄われたりすることが増えていった。
子供とは残酷なものだ。純粋に面白いから、というだけの理由で、いじめはエスカレートしていく。いじめているという自覚すらないのかもしれない。ただ、多数で一人をからかい、変なニックネームをつける。
「また苗字変わったんやろ?(笑)」
「何回目?もうどの苗字で呼べばいいかわからーん」
「変身しすぎでしょ!(笑)」
「次のお父さんは何者?(笑)」
他のクラスメイトも、それに合わせて笑う。Kの心に、ふつふつと、何かが積み上がっていく感覚があった。
・第6章 真実の断片
私はもっとKについて知りたくなった。この仮説が正しいなら……私は珍しく、自ら父親に話しかけていた。
「ねぇ、お父さん。私のお母さんってどんな人?」
父親は言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「……どうした、いきなり」
「もしかして、私にお兄ちゃんっている?」
父親はなんとも言えない表情を浮かべた。その顔が、私に兄がいるという何よりの答えだった。嘘の下手な、不器用な父親。なんだか、今まで嫌いだった父親を少しだけ好きになった気がした。
私はいてもたってもいられなくなり、Kに直接会って話がしたかった。そこで、Cに頼ることにした。
プルル、プルル……。
「もしもし、C!ねぇ、Kに少し合わせてくれない?」
「なんでよ、急に。でもごめんね、最近連絡がつかなくて……私もよく分からないのよね」
「そっか。連絡がついたら教えてくれる?」
「りょーかい!」
明るいCの声を聞いて、少しだけ気持ちが楽になった。
場面転換:Cの決意
Cは、警察署の目の前で私との電話を切った。受話器を握る手に、じんわりと汗が滲む。
明るく振る舞っていたCの顔から、笑顔が消える。
場面転換:Kの過去、そして事件の夜
文化祭一日目の夜
高校三年生のKは、今年受験を控えていた。裕福とは言えない家庭の事情から、塾には通えない。そのため、毎日図書室で最終下校ギリギリまで勉強に励んでいた。
その日も、帰り道に校舎の二階を通りかかったときのことだ。
「……あれ、2-2の電気がつけっぱなしじゃん。せっかくだし、片付けてやるか」
2-2といえば、今日はお化け屋敷で一番賑わっていたクラスだ。そう独り言を言いながら、Kは教室を覗き込んだ。
そこには、いじめの光景が広がっていた。
過去の経験から、反射的にそう思った。文化祭の華やかな雰囲気とはかけ離れた、陰惨な光景。制服を脱がされ、下着姿で正座させられている男子生徒。その横には、ニヤニヤと笑いながら財布から金を抜き取っている男が立っていた。
瞬間、その男とKの視線がぶつかる。
「あーあ、お前がチンタラ抵抗するから見つかったじゃねーかよ!」
立っている男は、正座している男を思いっきり蹴りつけた。その男の目は、Kに助けを求めているようだった。
その時、Kの中の何かが崩れ落ちた。
こいつを殺そう。
突拍子もない考えが、頭をよぎった。別に、自分がいじめられたわけでも、金を奪われたわけでもない。ただ、幼い頃から積み重なってきた負の感情が、Kを突き動かしたのかもしれない。Kはその場から逃げ出した。いや、逃げたのではない。これは「戦略的撤退」だ。
この高校の正門は一つしかない。あいつは必ずそこから出てくる。
しばらく正門で待っていると、件の男が出てきた。しかし、Kの目的はこいつではない。いじめられていた方の男だ。Kは、いじめられていた男を捕まえ、作戦を練った。
「ふーん……乳アレルギーか」
そこからは早かった。お化け屋敷の演出用として使われていた、霧を出す超音波加湿器。その水に、アレルギーの原因となるカゼインを入れる。いじめられていた男が係を担当する時間帯は、12時から14時。その間に加湿器にカゼインを入れればいい。
次の日、Kは計画を実行した。幸か不幸か、それはCを含む三人が教室内にいる時に実行された。Kは少し前から2-2の教室内に忍び込み、お化け屋敷の中に隠れていた。そして、私たちが来る直前に、加湿器にカゼインを入れたのだ。
私「……なんか、匂わない?」
B「そうかな……」
「た、たすけて……」
キャーーーーー
私たちは、悲鳴を上げて逃げ出した。Kは私たちに気づかれることなく、そのまま計画を完遂した。いじめていた男は、アレルギー反応によって命を落とした。
Kは達成感に満たされていた。今まで溜め込んでいた、ありとあらゆる負の感情を発散できたような気がした。気持ちの良い、開放感に包まれていた。その時だった。
一瞬、Cと目があった気がした。
Cは自分に気づいただろうか。達成感と共に、見られたかもしれないという不安も押し寄せる。その後は計画通り、次のグループが教室を出た瞬間に、自分も客の通り道に出て、何食わぬ顔で外に出た。その日は、Kにとって、気持ちの良い日だった。帰り道、星がいつもより綺麗に見えた。
第7章 覚悟
Cは気づいていた。お化け屋敷の暗闇の中で、Kが何をしていたのか。その一部始終をはっきりと見たわけではないが、ぼんやりと見えた彼の行動と、2-2で殺人が起きたという事実。それはすぐに確信へと変わった。冷静になり少し落ち着いた次の日の晩、Cは直接Kに尋ねた。
「ねぇ、私が2-2でお化け屋敷にいる時、Kもいたよね?何をしてたのか、聞いてもいい?」
Kはすべてを語った。包み隠すことなく、正直に。CはKの言葉を遮ることなく、そのすべてを一言一句、聞き逃すことなく受け止めた。
Cは誰よりも先に、KとAが兄弟だということに勘付いていた。そして、Kがいじめられ、複雑な家庭環境の中で生きてきたことも。だからこそ、CはKに幸せになってほしかった。せめて、Aと兄弟として、普通の、平凡な幸せを掴んでほしかった。
そして、CはKの罪を背負うことを決めた。
これは、Cが勝手に決めたことだ。このままいけば、きっとKは捕まってしまうだろう。所詮は高校生。完全犯罪などできるはずがない。それなら、今のうちに私が罪を被ろう。そう覚悟を決め、Cは一歩一歩、その足で警察署へ向かった。
受付のドアを開け、一階の受付の人に淡々と告げた。
「〇〇高校で起きた殺人事件は、私がやりました」
第8章 崩壊と再生
私は、楽しかった日常を冷静に思い出していた。
あんなにくだらないとバカにしていたBやCとの日々。だが、今思えば、あの時間はあっという間で、紛れもなく楽しかった。青春と呼ぶべき時間だったのだろう。私はただ、周りを下に見ることで、自分の優越感に浸りたかっただけなのかもしれない。自分の優れた点だけを見て、勝った気になっていた。なんて情けないのだろう。目頭が熱くなるのを感じた。
「明日はKを探そう」
私はそう決意した。
場面転換:Kの視点
Kは、どうすればいいのか自分でも分からなくなっていた。
一時の感情に身を任せ、人を殺めてしまった。ここ数日、呼吸の仕方すら上手くできていないようだ。何をすればいい?これからどうする?またいつもみたいに、何食わぬ顔で勉強するのか?自首する?それとも、とりあえず親に相談する?
何をしようにも、しないための言い訳ばかりが頭を駆け巡る。その思考は、答えのない迷路をさまよい続けた。
そんな時、学校から一斉メールが届いた。
『犯人が捕まりました』
そんなはずはない。犯人は自分なのだから。何が起きたのか分からないが、助かった。誤認逮捕でも何でもいい。またいつも通りの日常に戻れる。一気に肩の力が抜けるのを感じた。
「そういえば、Cにしばらく連絡してなかったな」
そう思い立ち、スマホを開く。様々なメールが届いていたが、それらは目に入らなかった。
画面に表示された、Cからの最後のメッセージ。
『幸せになってね☺️』
その言葉が、Kの心を凍り付かせた。これは誤認逮捕ではない。Cが、自分の代わりに自首したのだ。考えるよりも先に体が動いていた。
Kは、警察署に着くやいなや、大声で叫んだ。
「俺が真犯人です!Cは何もしてません!」
不審者と勘違いされ、その場の警備員に捕まえられ、そのまま事情聴取を受けることになった。Kはすべてを話した。しかし、警官の返事は、Kの言葉を軽くあしらうようなものだった。
「Cさんも同じようなことを言っていましたよ。庇いたい気持ちも分かりますが、余計な仕事を増やさないでくれますか?」
「ち、違う!俺が犯人なんだ!Cが庇ってるんだ!」
Kは泣きながら訴えた。
「でもねぇ。学校内って防犯カメラも少ないし、ましてやお化け屋敷の中じゃなかったですか。Cさんの発言に矛盾はなかったしね。後日連絡しますので、今日のところはお引き取り願えますか?」
Kは素直に従うほかなかった。
ちゃんと調べれば、分かってくれるはずだ。警官はそんなに馬鹿じゃない。Kはそう自分にいいきかせ、その日は帰った。しかし、来る日も来る日も、警察署からの連絡は来なかった。
やがて学校が再開する。Kは、行く気にはなれなかった。一日中、電話の前で待機した。母親に何かを言われたが、「まともに育児をせずに遊び回って、急に親面するな」と、腹立たしさしか感じなかった。
周りの大人もそうだ。警官は子供だからと適当に扱い、教員はいじめを黙認する。周りの学生も、ただ周りに同調しているだけのアホばかり。
Kは、大声で笑った。
何もかもが、自分を孤立させていく。全てを理解したように、Kはただ笑い続けた。
蓄積 暇人 @halu-1033
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