第5話

あれから数日間、生徒たちに聞き込みにまわったが、わかったことはそれほど多くはなかった。


追加で参考になりそうな情報といえば、彼女を唯一気にかけていたという女生徒が三ヶ月前から病気のために休学しているということ、そしてもう一つは–––––。


「やぁ。みんなご苦労様。」


執務室で考え事をしていると、部屋の扉の方で耳馴染みのいい声が聞こえた。

声のした方向に視線をやると、夕陽に照らされて立つ姿に思わず目を奪われる。

知っているはずの姿なのに、金の髪が陽を受けて揺れるだけで、胸の奥に波紋が広がっていく。


「ラヴィ。調子はどう?」


彼はそう言って、私のところまで来て机に腰掛けると、柔らかな口調で聞いてくる。


細く整った顔立ちに、冷たさと甘さを同時に含むような青い瞳。

薄く形の良い唇に浮かぶ余裕をたたえた微笑。


白の詰襟仕立ての制服の襟には王族の紋章が銀糸で織り込まれ、胸元には生徒会長を示すバッジが燦然と輝いている。

何度も目にしてきたはずの制服姿なのに、どうしてこんなにも似合うのだろう––––––。


そう、彼こそがこの学院の生徒会長であり、この国の王太子、アレクシス・ド・リュミエールその人だ。

いつ見ても眩しさを覚えるその姿は、私にとって憧れであり、永遠に届かない理想の存在だ。


「ラヴィ…?」

思わず見入っていると、さらに覗き込むように顔を近づけられ、私ははっと我に返り誤魔化すように早口で報告をする。


「旧礼拝堂についてはこれからカイルとレオンに報告を聞きますが、アメリア嬢に関しては大体の情報を掴めました。明日にも彼女に近づき、護衛の任務に入れればと思います。」


報告をしている間、近距離で微動だにせず見つめられているせいか頬に熱が上るの感じる。報告が終わった後の少しの沈黙の間も、彼の目を見ることさえできない。


そのとき、報告が終わるのを待っていたかのようにセレーナの声が割って入った。

「ごきげんよう、アレクシス様?それと姉は疲れているので圧をかけるのはやめてくださいますか?」

圧をかけているのはセレーナの方では…と思うほどの厳しい口調だ。


「僕は体調が悪いのかと心配しただけだよ。」

柔らかく返す彼の微笑みは、彼女の挑発をまるで受け流すかのようだ。


そんな態度によりイラッとさせられたのか、セレーナは笑みを取り繕うのもやめて続ける。

「姉は心ない風評に心痛めているのですわ。アメリア様は女性からの人気が芳しくないのです。その一番の理由は、我が国の麗しの王太子様に言い寄っている、ということらしいですわ。しかし当の王太子様はそれを避ける様子もなく、女性たちの間では、婚約者筆頭候補の姉が見限られたのでは、とまで囁かれています。その上、今回の護衛依頼はアレクシス様から。これでは殿下とアメリア様が恋人同士なのでは?と思われてもおかしくはありません。私としては別にアレクシス様がどなたとご結婚されようが興味の範囲ではないですが、恋人の護衛は自分の《影》にでもお任せください。我が姉を巻き込むなんて言語道断です。」


「なんの言いがかりかわからないけれど、僕はこの学院の生徒会長として生徒の安全を確保しようと思っただけだよ。」

彼は笑顔を崩さぬまま言い放ち、続けて少し棘のある言葉を加えた。

「それに……君はそろそろ姉離れをした方がいいんじゃないかな?」


ピリピリとした空気が執務室に満ち、二人は視線をぶつけ合う。私はというと、まるで二匹の猛獣に睨まれている小動物の気分でこの場をどう収めるか迷っていた。


(お願いだから、私を挟んでケンカしないで〜!……美形同士の舌戦、ほんと心臓に悪いんだから!!!)


私が幼少期からアレクシス様の遊び相手として選ばれていたこともあって、カイルもセレーナもアレクシス様とは幼い頃からよく一緒に遊んでおり、幼馴染と言える存在だ。多少の砕けた発言は許されている間柄ということでもある。しかし、セレーナに至っては、なぜか昔からアレクシス様を毛嫌いしており、それを隠そうともしないので、毎度はらはらさせられている。


(普段穏やかなセレーナがここまで酷い態度をとるのには、それなりのわけがあるのだろうけど…。)


「あっあのアレクシス様、私は全く気にしておりませんので!!」

慌てて声を上げる。

「確かに彼女の周りで起きている事件は嫌がらせにしては不可解なものが多く、こちらの領域かなと思う部分もありますし。セレーナも色々心配してくれてありがとう。私が色々言われてるのは今に始まったことじゃないし、ね…?」


宥めるように告げると、先に視線を逸らしたのはセレーナだった。ぷいと立ち上がると、足早に部屋を出ていく。


それを目にした私は思わず椅子から立ち上がった。けれど、王太子である彼を残して部屋を飛び出すわけにもいかず、ただその場に立ち尽くす。

するとレオンが察したように静かに席を立ち、セレーナの後を追っていった。

その背を見送り、ほっと胸を撫で下ろしたところで、彼の声が優しく響く。


「セレーナ、君に色々と迷惑をかけていることも、僕のせいで不必要な負担を背負わせていることもわかってる。いつか君が君のままでいられる場所を用意するから……それまではくれぐれも無理はしないで。」


悲しげな笑みを浮かべてそう言い残し、彼もまた部屋を出ていった。

自らも執務や公務に追われているはずなのに、私を案じる言葉をかける。

未来の君主として、完璧すぎるほどの行いだ。


(彼の道がほんのわずかでも軽くなるように――。そのためにこそ、私は安心して任務を託せる者にならなければ。)

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