白百合に捧ぐレクイエム

@Lutwidge

第1話

生徒たちの間で噂をされている悪霊の正体が彼女だと信じたくなくて、あれほど言われていたのに1人でここにきてしまった。


本当に彼女だったとして私の話なら聞いてくれるかも、という驕りもあったのかもしれない。2人きりで話せばわかってくれるのではと思っていた。


しかし、実際に対峙してみると、自分が思っていたよりも彼女の姿は醜く歪んでいて、その衝撃と共に足がすくんでしまった。そんな私を見てよっぽど憎いのだろうか、彼女は到底生き物の動きとは思えぬ疾さで私に向かってくる。


(どうして………………。)


頭では逃げなければとわかっていても、足は動かなかった。

私の独り歩きは勘づかれていたのだろう、遅れて入ってきた退魔師達の詠唱も間に合いそうにない。


(あぁこれもうダメなやつ……。)


そう思った瞬間だった––––––––––。


旧礼拝堂の高窓が、鋭い音を立てて砕け散るとともに、月光を背に、白銀の翼を大きく広げた影が宙から舞い降りた。

強い風が吹き抜け、散った羽根が淡く光を帯びて宙を舞う。



(……て……んし……?)


彼女と私の間に立ったのは、翼を持つ少女の姿。

悪魔の爪が振り下ろされる刹那、彼女は迷いなく剣を掲げ、それを正面から受け止めた。


鋭い金属音が礼拝堂に響き渡る。

その瞬間、空気そのものが震え、彼女の白い髪と翼が光をはらんで揺れた––––––––。

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


王立セント・ヴェルヌ学院――。

国内外の有力貴族の子女が集い、未来を担う者としての教養を磨く場である。


その学院の中庭を抜けた先に、一棟の瀟洒な建物がある。

白い外壁に蔦が絡み、陽光を受けて輝くその姿は、通称『白星しらぼしの館』と呼ばれている。

そこは、生徒会および風紀委員会の執務のために設けられた専用の館であり、役職を持つ者以外の立ち入りは固く禁じられている。


そしてそんな生徒会や風紀委員に選ばれるのは、王族や公爵家以上の家柄に生まれ、なおかつ卓越した才覚を備えた者のみ。ゆえに彼らは学院にあっても別格の存在として一目置かれ、憧憬の的となっている。


授業を終えるこの時間、館の門前には彼らの姿をひと目見ようと、多くの生徒が人だかりをつくっていた。



「ご覧になって……風紀委員の方々よ」

「本日も皆様お美しいこと……」


「でもやはりラヴィエナ様は別格よ。満ちる気品と知性、歩く姿まで優雅で完璧な淑女だわ。これで見た目だけでなく、実際に勉学の成績も優秀だなんて…! まさに国一番の才女ですわ」


「あらでも、最近ご入学の妹君、セレーナ様も話題ですよね。幼さの残るお顔立ちなのに、落ち着いた物腰がなんともギャップを感じさせて魅力的ですわ…!」

「そういえば先日、図書塔で静かに本を選んでいらした姿を拝見しましたの。まるで一幅の絵画のようでしたわ」


「そういえば、ラヴィエナ様の従者――カイル様も女生徒の間で密かに人気が高まっているとか」

「公の場では従順な従者、けれど二人の時は幼馴染らしく親しげに言葉を交わしておられるそうですのよ」


「まあ……! それでは、皇太子殿下とカイル様とラヴィエナ様の三角関係ですのっ…!?」

「仕方ないですわ…あのお美しさなら誰も抗えませんもの…!」


「「「罪作りですわ〜〜〜。」」」



白星の館の門を抜け、正面玄関の前でそっと振り返る。

石畳の隙間にヒールが取られぬよう、つま先から静かに体重を移し、視線を群衆に向ける。


笑みはにこやかすぎず、ほんの少しだけ口角を上げる程度。

声は柔らかく、けれど落ち着いて。


「それでは皆様、ごきげんよう。」


優美な所作で一礼し、扉の奥へと姿を消す――。




「っっだぁぁぁぁ!!!!! つ、つかれた……! どうして毎日あんなに人が集まるのよ……わたし、動物園の展示物じゃないんだからっ!」


扉が閉まった瞬間、床に膝と手をつき、肩で息をする。さながら地獄の訓練を終えた兵士のごとく。


「本日も完璧でしたわ、お姉様。」

セレーナがそっと手を差し伸べてくれる。


「おい、しっかりしろよー? 白百合の君。」

カイルは口の端を吊り上げ、からかうように笑った。


“白百合の君”――それは学院の生徒たちが囁く、私のあだ名。

いつからだったろう。こんなふうに偽りの自分を演じなければならくなったのは––––––––。

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