思惑 4

 ダリアが承諾したことで場の空気は弛緩した。

 中でも一際神経を張り詰めていたのはニナとレオだろう。肩の力を抜いたレオが小さく息を吐く。


 解散を提案した男がいち早く立ち上がる。座っていた椅子を押しのけるようにして、部屋に繋がる廊下の方へと歩いていった。彼の動作に続けてアイビーが席を立つ。

 落ち着かない様子のダリアは、各々の意思で動き出す周囲を見回してから、短髪の男が通ったのとは異なるドアを開けた。


 改めてこの広間を眺めてみると、入ってきた扉の他にもいくつかの通り道があることに気づいた。

 入り口が南に位置しているとして、北側に壁掛け時計とデスク、東西に一つずつ別のドアがある。方位磁石どころかスマホだって手元にはないので、実際の方角がどうなっているのかは知らない。

 次第に、集っていた皆が部屋の中央から離れていく。彼らがどこかへ向かおうとしているのか、はたまた意味なく移動しただけなのかは不明だ。しかし俺にもひとつだけ、頭に浮かんだ目的があった。


 腰を浮かせようと足を動かす。その時、左隣の椅子が床を引っ掻いた。咄嗟に顔を向ければ、重力に伴って広がった袖口のレースが目に映る。垂れた髪の束によって横顔は隠されていて、下を向いたままの彼女の表情は窺えなかった。

 ニナは、机に置いた腕を支えにするような立ち方をしていた。数秒の間その体勢を維持してから、左回りに身体を反転させた。俺の後ろを通り抜け、テーブルに沿って足早に歩いていく。

 どこに行こうとしているのだろう。彼女のことを気に留めずに動き出そうとは思えなかった。波打つスカートと背中を目で追う。


「……あ」


 そこでようやく彼女の目的を知る。

 ニナは俺の対面に立った。正確には、向かいに置かれた椅子の横、黒髪の男の隣だ。

 彼女が口を開く。すると、入り口の方を眺めていた彼がニナを振り返った。俺の席からは大した距離もないが、二人の声はぼやけてしまって聞こえない。

 なるほど。ニナは、自分の立場から村人であることが確定している彼と話がしたかったのかもしれない。


 彼が座っている椅子越しに、顔を覗き込んだ彼女が何かを喋る。机上に手を置き、身体ごと向き直った彼がニナを見上げる。昨日も目にした涼やかな横顔が表情を変えた。ふと、自身の瞳に違和感が走る。知らずのうちに目の中が乾いていたらしい。瞬きをする。テーブルの向かい側で、愛想よく男の口角が上がる。


「あの、シャルくん?」


 耳に飛び込んできた自分の名前に、必要以上に驚いてしまった。声をかけられている。そう認識するまで、左肩の側に人の気配があるとは全く気づかなかった。


「だったよね。名前合ってる?」


 彼女が首を傾げる動作に合わせて、鎖骨に触れているセミロングが右へと落ちていった。

 慌てて立ち上がり、引いた椅子を机へと押す。小柄な彼女に向き直る。頭ひとつ分下にある目線に対して、軽く覗き込むつもりで首を傾ける。


「うん。合ってるよ、ポーラ」

「あ、名前! ちゃんと覚えてくれてるんだね。すごい」


 名前を呼ばれた彼女が瞳をきらめかせた。腕に抱えていた書物を抱きしめて、ポーラは華やかに笑ってみせる。


「さっきも他の人の名前呼んでたよね。記憶力いいんだ」

「そうかな、間違ってなくてよかった。それで、どうかした?」

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