開演 3
定石は、登場人物の紹介からじゃない?
男はそう続けた。主催者の思惑も不明瞭なのに、揃って自己紹介だなんて最高に可笑しな行動だ。けれど、おそらくは皆が皆初対面であるのは事実で、本名を知らぬまま特徴で呼び続けるわけにもいかなかった。
何より。きっと誰しもが、訳の分からないゲームの開幕を先延ばしにしたかったのだろう。
椅子から離れていた者たちも、自分が眠らされていた場所へと戻り、時間をかけて腰を下ろす。
束の間の現実逃避を求めて歪な挨拶は始まった。
「じゃあ最後、そこの。ブロンドの君」
ぽつぽつと名前が挙げられる。それぞれが大小の恐怖を抑え込んだ
ブロンドの、だなんて問いかけられ方は初めてだった。確かにこの場にいる人間で金髪なのは俺だけだ。
複数の視線が動く。俺への興味からくるものではなく、場の流れに沿うために向けられた注目だ。そのどれもが気力を燻らせている。正面から対峙していても、緊張を起こさせるほどの熱を持った瞳は見当たらなかった。
「シャル。歳は18。皆と同じく、現状にもこの服装にも心当たりはないです」
言葉にしながら、改めて自身の服装に目を落とす。この場に連れてこられる以前、記憶の途切れたタイミングは正直曖昧だ。けれど、俺のクローゼットにこんな服は無かったと断言できる。
身に纏っているのは飴色に似たブラウンのスーツ。スクールの制服とは形が異なる。雰囲気としてはプロムのために用意する装いが近いだろうか。カラメルを思わせる焦茶のジャケットに、グレンチェック柄のベストと揃いのスラックスが合わせられている。
仕上げに、首にはネクタイが結ばれていた。シルクらしき布の表面に、金糸で刺繍が施されている。
これらは参加者へのドレスコードとして準備されたのだろう。
意識を手放している間に着せ替えられ、招かれた覚えのないパーティーに出席させられた。己の知らない空白の時間に不気味さが募る。
要するに、相手はいつでも俺の喉元を締めることができたのだ。
純然たる事実に
この空間にお
「一周終えたけど、どうするの」
俺が言葉を続けないと知って痺れを切らしたらしい。女の子が一人声を上げた。渦巻く不安と混乱を苛立ちで隠すような口調だ。
その声は誰に向けられたわけでもなかった。強いて言うならば主催者へ刺す棘なのだろうが、虚しいことに擦り傷でさえ作れそうにない。
相槌もない静寂に表情を歪ませて、彼女は左右を見回す。そして、自己紹介の場を設けた白い男を睨みつけた。
どうするのと言われたとて、進行の責任は彼にあるわけではない。それでも彼女の動揺と、選択権を持ちたくない気持ちは分かった。当然、彼女のせいでもないのだ。
恐怖に裏打ちされた怒りをぶつけられても、彼が動じることはなかった。焦燥に応えるでもなく、無感動とも違う、 何かを考えているけれど口にする気はないような、さらりとした表情を返していた。
「さっき、その手紙に書いてあったことだけど」
また声が上がる。別の男が、卓上に放られたままの便箋と、壁の時計とを交互に見遣ってから口を開いた。
「ソワレは19時からってさ、もうすぐなんじゃ?」
「えっと、ソワレって……?」
「演劇用語。夕方から夜にかけての公演だね」
心許なく尋ねた三つ編みの女子に、白の男が平然と応える。
会話につられて時計を見上げれば、左手に伸びた短針が水平に近づいていた。壁紙の赤に馴染む金縁の掛け時計は、椅子に座る各々の位置からも見やすい高さに飾られている。十二個分の数字を示す豪勢な盤面が、堂々たる面持ちでこちらを見下ろす。
指定された時刻が近い。事の詳細は分からずとも、何かの始まりを意味していた。
自己紹介を始める前、手紙の指示に従って各々が役職を確認している。カードは各人の椅子と机の間、側面の引き出しに一枚だけ寝かされていた。何度確かめようとも絵柄は変わることがない。
俺は村人。
両手のひらに収まる程度の長方形に、心臓を握られている。
「あ、あの、ひとつ提案というか」
再三の沈黙が場を支配する。
彼は確かアシュクと名乗っていた。
「僕たち、人狼を見つけ出せばいいんだよね?」
喉につかえるようにして音が発される。それが元々の癖なのか恐怖心からくるものなのかは分からなかったが、うろうろと彷徨い泳ぐ目が印象的だった。
「じゃあさ。みんなで村人のカードの特徴を一斉に口にする、っていうのは」
「ちょっと……!」
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