第7話 絶世の美女クエルの意外な正体

 まだざわついていた組合内の冒険者たちは、『じろじろ見てんじゃねーぞ、関係ねーヤツらはどっか行ってやがれ!』というキッカーノの乱雑な雑言を受けて、蜘蛛の子を散らすように解散していった。


 ようやく落ち着いた辺りで、テーブルを挟み座って向き合うのは、A級パーティーのリーダー・キッカーノと、神官戦士を名乗った絶世の美女クエル。


 その様子をリンが、商人マニーと同じテーブルにつき、恐る恐る窺い見る。

 妙な雰囲気の中、先ほどまでとは一転して上機嫌になったキッカーノが、クエルの顔をじろじろと遠慮なく眺め回しつつ口を開く。


「さて、神官戦士つったけど……実際なにが出来んだ? 回復魔法くらいは当然、使えるんだろーな?」


「はい、怪我の治癒に、解毒などの異常も一通り対処できます。また以前に所属していた教会で戦闘訓練も受けておりましたので、前衛もお任せいただけます。とはいえA級パーティーのリーダーにして〝全能の魔法剣士〟キッカーノさんとは、比べられるべくもありませんが……」


「へへっ、わかってんじゃねーか。アンタ見たこともねーし新人だろうが、自分の力量を弁えてんのは褒めてやるぜ」


「ありがとうございます。ただ……メイスを得物として扱っておりますが、私にはどうしても……剣技と攻撃魔法などは、会得できなかったのです。お恥ずかしい話です……」


「! へぇ、へえぇ~……そりゃ好都合……いや、仕方ねぇな、才能の問題だしよ。剣も魔法も扱えるような奴がレアな天才すぎるって話だ、ぎゃははっ!」


 魔法剣士であるキッカーノとパーティー内で競合せず、しかも謙虚で相手を立てるように振る舞うクエルは、確かに好都合な存在だろう。

 一も二もなくパーティーに受け入れると決めたらしく、キッカーノが――抑えきれないニヤけ顔で、一枚の契約書と羽ペンをテーブルの上に突き出した。


「おし、じゃあ……神官戦士クエル! オマエを特別、おれ様のA級パーティーに入れてやる! コイツは簡単な契約書だ、コレに名前を書いた瞬間から、オマエは晴れておれ様のパーティーの一員ってワケよ、どうだ嬉しいだろぉ?」


「まあ、よろしいのですか? ありがとうございます、それでは……」


「ッ………ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


 クエルが何の疑いもなさそうに、羽ペンの先をインクに付けた、その瞬間――リンが、振り絞った精いっぱいの勇気を、大声で示した。

 けれどその威勢も束の間、眉間が歪むほどの皺を寄せたキッカーノに思い切り睨まれ、すぐさまリンは身を竦めてしまう。


「アア? ……オイ、グズのノロマが、何か文句でもあんのか? オイ……あるんなら、言ってみろよ……ナア、オイ?」


「っ、ぁ。……ぁ、ゎ、わた……で、でも……でも……」


 明らかに脅され、それでもリンが食い下がろうとする――と、契約書と向き合っていたクエルが、おもむろに口を挟んだ。


「……あの、キッカーノさん。少し……よろしいでしょうか?」


「……アン? ンだよ、契約に何か文句でもあるってのか、オイ……?」


(! クエルさん……そうです、こんなの、断って……)


 この後、キッカーノから八つ当たりでも受ける可能性は高いだろうが、それでもリンは犠牲者が増えることを望まなかった。

 そして、クエルが続けた言葉……いや、提案は。


「お恥ずかしいことばかりですが、私は今までずっと教会で仕事をしており、世俗の理には疎く――言ってしまえば世間知らずなのです。命令にはもちろん従いますが、金銭面に鈍いと教会でも良く苦言を呈されていまして……お手数ではございますが、全てお任せしてもよろしいでしょうか? ええと、そう……報酬の取り分? などのことです。A級ほどの名のあるパーティーのリーダーさんであれば、信用できますので……」


「………えっ!? ちょ、クエルさん、何を言って……!」


 冒険者として新人、世間知らず、とはいえあまりに不用心すぎる。リンが慌てふためくも、キッカーノはクエルの提案に、これ幸いとばかりに飛びついた。


「! ああ、そぉかそぉか、新人じゃあな、仕方ねぇな! いいぜ、全部任せとけや! へっへへ、おれ様に感謝しろよ――」


「ま――待ってくださいっ! クエルさん、もっとよく考えてっ……」


「……ッチ! オイ、グズ……さっきからうるせぇぞ! いよいよ痛い目にでも遭わなくちゃ、分かんねぇらしいな……アアン!?」


「ぅ、っ……で、でも、やっぱり……こんなの……!」


「あら、お嬢さん……もしかして心配してくださっているのですか? でも、心配ありません」


 リーダーに睨み据えられて怯えるリンに、クエルは茫洋とした微笑みを向けながら――契約書を細い指先で持ち上げて、言った。


「この通り――契約書には、キチンと記名させて頂きましたから。記入漏れもないはずです、ご心配くださって、ありがとうございます♪」

「……えっ……あっ……うそ、そんな……」


 既に、手遅れだった――そう気づかされ、リンは絶望の表情を浮かべる。

 そんな少女とは真反対に、キッカーノは歪で邪悪な笑みを隠そうともせず、またとんでもないことを口走り始めた。


「へっ、へへへっ……よぉし、これでオマエはおれ様のモン……ごほんっ、おれ様のパーティーの一員だ! 歓迎も兼ねて景気づけに、今からクエストにでも行ってみっか! オイ、マニー、なんか適当なクエスト見繕って受注しとけ!」


「え~? ホンットいつも思い付きよね~、まあ別にいいけど……」


 軽くぼやきながら組合のカウンターへ向かうマニーだが、リンは否定的な抗議をキッカーノにぶつける。


「そ、そんな、クエルさんはまだ新人なのに、いきなりなんてっ……そ、それに今日は、おやすみのはずじゃ……昨日、依頼で魔物退治に行ったばかりで……」


「……オイオイオイ、グズ……オマエ今日、マジでウザいな……まさか後輩が出来るって勘違いしてんじゃねーだろうな? 新メンバーが入ったって、オマエみてーな役立たずは変わらず下っ端なんだからな!?」


「わ、わたしは、そんなつもり……ただ、クエルさんが心配で……」


 キッカーノの容赦ない罵詈に気圧され、消え入りそうな小声で返すしか出来ないリン……だがクエルは、そんな二人に割り込むように穏やかな声を発した。


「まあ、早速お仕事に……依頼を通して困っている御方を迅速に救おうとする姿勢、ご立派です。私なら大丈夫です、面接で必要なこともあるかと思い、準備していましたから。是非とも、ご一緒させてくださいませ」


「! へっへ……どっかのグズでノロマと違って、話が早くて物分かりがいいじゃねぇか。おーし、おれ様の準備が出来たら出発だ、街の出入り口の門で待ってろよ!」


「あ、ちょ、リーダー……さん、待っ――」


 話も聞かず組合の借り倉庫へ向かうキッカーノを、リンがなおも怯えつつ制止しようとする――が、クエルは少女の小さな肩に、白魚のような手を添えて逆に押しとどめる。


「先輩、お気遣いありがとうございます。ですが本当に、大丈夫ですから。私のことは、どうか心配なさらず……気を、落ち着けて――」


「で、でもクエルさんっ……って、へっ? あ、あのっ、近っ――」


 女性としては長身のクエルが気遣うように屈むと、そのまま抱き着くような距離感で二人の顔が近づいた。

 女性同士でさえ見惚れてしまうような、眩いほどの美貌が接近し、リンは顔を真っ赤にして動揺する。


 しかし、リンの真っ赤になった耳元に、クエルの艶やかな唇が近づくと。



「――リン、オレだ、クロウだ。酒場でも、今さっきも言ったが、大丈夫だ。オレが必ず守ってやるから、安心してくれ」


「…………………………。

 …………………へっ?」



 一瞬、何を言われたのか理解できず、リンが呆気に取られていると。

 美女の声音のまま信じがたい正体を明かした者は、既に組合の出入り口にまで歩を進め、くるりと振り返って告げる。


「リンさん、どうかしましたか? さあ、早くクエストへ参りましょう――」


「…………………………」


 長い銀髪を靡かせ、茫洋とした微笑みを浮かべる美貌のシスター・クエルと。

 酒場でマスターを務める、昏い目をした青年、クロウ=アッシュ・グレイと。


 その二者を知るリンのみが、振り返る姿に辛うじて印象をダブらせて――



「……え、えええ……えっ、えええええええ~~~っ!!?」



 内気な彼女にしては珍しい大声を、組合内に響かせたのだった。

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