第3話 リン=エレクトラの不遇

 リン=エレクトラが語った境遇は、聞くからに不当で、あまりに不遇なものだった。


 出自は孤児院を経営する聖職者の娘。けれど自身に魔力と希少な〝強化術〟の才能があると知り、貧しい孤児院の経営難をたすけるべく、冒険者の道を歩むと決めたという。


 ここは〝聖王都〟と称えられる大都市で、人口の多さと国土の広大さから、魔物退治などの仕事には事欠かない。そのことから冒険者組合も数多く点在し、冒険者は報酬においても人気の職種の一つとなっていた。


 リンは希少な〝強化術〟の使い手であり、所属した冒険者組合でも名を馳せていた、高名なA級パーティーに所属することになる――

(※依頼クエストはC~A級までの難度で分けられるのが基本で、A級パーティーとは〝A級の依頼まで受ける実力を持つと認可される〟という基準。また国からの依頼や任務など超高難度のS級クエストも存在する)


 そこまで聞けば、順風満帆にも思える……が、それこそがリンにとって、不遇の始まりだった。


 新人である彼女には雑用が押し付けられ、依頼達成の報酬も適正な分け前を得られない……ここまでは新人冒険者には良くある話で、痛い目を見て学ぶケースも多い。

 とても称賛できる流れではないが、昨今は冒険者が急増したのもあって、国が法整備で介入するまではまだ時間がかかる、というのが否めない現状である。


 とにかく普通ならパーティーを移るなどして、冒険者として心機一転するものだ――が、そうはいかなかったのが、リンの所属したパーティーの悪質なところだ。


 言葉巧みに丸め込んだリンに、〝新人だから〟と不当に安い報酬の分配を認めさせる旨の契約書を書かせる……字面に個人の魔力を含ませる〝呪い〟に近い契約だ、反故にすれば違反者に災いが降りかかるだろう。しかも、その契約書には。


〝自己の都合でパーティーを脱退する場合、違約金を支払うこと〟が記されていた――それも、どう考えても法外かつ莫大な金額を、だ。


 真面目なリンは契約書を隅々まで確認していたし、そんな記載は絶対になかったと記憶している。

 だが、その部分の記述が隠蔽魔法ででも隠されていたなら、証明する術はない。第三者の立ち合いもなく(恐らく他者を遠ざける工作もしていただろう)、リンはこの不当な契約を、受け容れざるを得なくなってしまったのだ。


 その上にA級パーティーのリーダーは、リンを他の冒険者から遠ざけるべく、彼女の評価を次のように吹聴していた。

〝新人・強化術師のリン=エレクトラのバフ能力は微々たるもので役立たず〟

〝術師とはいえ体力も脆弱すぎて、使えない足手まといでしかない〟

〝はっきり言って冒険者として落ちこぼれで、雑用くらいにしか使えない〟


 ……内気かつ真面目なリンはこれらを否定しきれないようだが、新人ならば仕方ない部分が大きく、何より一部の欠点を誇張してあげつらっている。


 しかしこのせいで他の冒険者からは敬遠され、所属する冒険者組合の職員もなぜか話を聞いてはくれず。

 パーティー単位の大荷物を背負わされ、命がけのA級クエストに従事させられ、それなのに報酬もわずか――金銀財宝を手に入れても、たった一枚の銀貨を投げ渡されて終わり、ということもあったという。


 ◆     ◆     ◆


 ……そうして誰にも相談できないまま、心身をすり減らす日々を続けて、一か月ほど経過しようという頃。


『……お嬢さん、随分と調子が悪そうだけど、大丈夫? この世の終わりのような……辛そうな顔をしているよ』


『…………………。

 あ、えっ?』


 自分が呼び止められたとは気付かず、リンは呆気に取られてしまう。

 一方、彼女を呼び止めた者の風体も、これまた怪しい。フードを目深にかぶり、厚手のローブを身に纏う中背の、男とも女とも判別できない不可思議な声色。


 性別すら定かでない怪しい存在に、普通なら関わろうとも思わないだろうが――リンが反応できない間に、彼女の手に握らされたのは。


『ん。……簡単なもので、すまないけど。良かったら食べて』


『えっ、えっ? そんなもの、って……あ、これ……キャンディ? ……って、い、頂けませんっ! お砂糖だって、そんなに安くないはずなのに……』


 手のひら大の包み紙に入った、恐らく手作りだろう数粒の飴を見て、リンは遠慮しようとする。

 が、それを手渡した者は、更に言葉を紡いだ。


『どうしても、堪えられない時は、助けが欲しい時は。そこへ、行きなさい。酒場の奥に、他の席とは少し離れて、二人掛けのテーブル席がある。そこで閉店まで、座って待っていればイイ。良く、覚えておいて。

 キミが、壊れてしまう前に――必ず、そこへ行くんだよ――』


『そ、そこ? ……あっ』


 飴の包み紙の裏側に、リンには馴染みない……恐らく酒場だろう店名が記されている。慌てて顔を上げた少女が、重ねて尋ねようとすると。


『あ、あのっ、これって一体…………えっ? あ、あれっ?』


 既に目の前には、誰もいなかった――最初から何もいなかったのでは、と思うほどに、痕跡すら残っていない。

 まるで夢か幻のような出来事が、けれど現実であると証明するのは、リンの手の中にある飴と包み紙。


 正体定かならぬ存在との邂逅、白昼夢の如く不明瞭で、いっそ怪奇現象か幻覚魔法にでも遭ったかのようだ。

 何もなかったと、内気な少女なだけに、頭を振って忘れてしまっても良いはず。


『……な、なんだったの……? わたしが、壊れてしまう前に、なんて……そ、そんなこと。……そんな、こと……』


 だけど、リンは――正体不明の存在から受けた、最後の一言を思い出し。

 その言葉が、心から少女を案じてのものだったと、不思議なほど理解できて。


 飴を一粒、恐る恐る摘まみ、口の中に放り込んで――ぽつり、一言。


『……甘い……』


 ―――――……………。


 その不思議な出会いから数日後、リンは包み紙に記されていた酒場。


〝灰色の止まり木〟へ――今宵、救いを求めて訪れたのである。

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