亀裂

自宅の無機質な白いテーブルの上に、伊藤リナがねじ込んできた紙の束を置いた。


論理的な結論は一つ。開封せずに破棄する。


俺は、その紙の束をデスクの一番下の引き出しにしまい、鍵をかけた。


物理的に隔離することで、脅威は遮断される。


その週の終わり、佐藤ケンジ本人からダイレクトメッセージが届いた。


『田中ユキ様。あなたの目覚ましい成長は、他の参加者の模範です。つきましては、選ばれた方だけが参加できる、特別セッションにご招待します』


メッセージには、日時と、ホテルのスイートルームと思われる部屋番号が記されていた。


『プログラムの、さらに深い階層へアクセスする準備はできましたか? 最近、思考回路(OS)に不要な雑音(ノイズ)が混じっていませんか? それも浄化されるでしょう』


佐藤は、俺の内面の揺らぎを、見透かしている。


メッセージを読んだ後、無意識に左腕をさすった。リナに掴まれた箇所だ。


そこだけが、まるで氷のパッチを当てられたかのように、冷たい。


思考回路(OS)が何度スキャンしても、その異常な感覚だけは消去できなかった。


その夜、俺は引き出しの鍵を開けた。


紙を開きかけた、その瞬間。スマートフォンの暗い画面に、自分の顔が映り込んだ。


そこにいたのは、かつてモニターに映っていた、あの生気のない男だった。


幻影はすぐに消えたが、強烈な恐怖が俺を襲った。


あの頃に、戻るのか?


違う。


こんな、出所不明のデータに、俺の思考回路(OS)を揺さぶられてたまるか。


疑念を完全に駆除する方法は、一つしかない。


摂理(システム)の中心核(コア)にアクセスし、その完璧さを、この目で確認する。


そして、このくだらない疑念という亀裂(バグ)を、根こそぎ消去(アンインストール)するのだ。


俺は、佐藤ケンジに返信した。


『準備はできています』


特別セッションの当日。指定されたスイートルームのドアの前に立つ。


胸が高鳴る。それは、恐怖ではない。選ばれた者だけが感じる、高揚感だ。


俺は特別だ。

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