亀裂
5
自宅の無機質な白いテーブルの上に、伊藤リナがねじ込んできた紙の束を置いた。
論理的な結論は一つ。開封せずに破棄する。
俺は、その紙の束をデスクの一番下の引き出しにしまい、鍵をかけた。
物理的に隔離することで、脅威は遮断される。
その週の終わり、佐藤ケンジ本人からダイレクトメッセージが届いた。
『田中ユキ様。あなたの目覚ましい成長は、他の参加者の模範です。つきましては、選ばれた方だけが参加できる、特別セッションにご招待します』
メッセージには、日時と、ホテルのスイートルームと思われる部屋番号が記されていた。
『プログラムの、さらに深い階層へアクセスする準備はできましたか? 最近、思考回路(OS)に不要な雑音(ノイズ)が混じっていませんか? それも浄化されるでしょう』
佐藤は、俺の内面の揺らぎを、見透かしている。
メッセージを読んだ後、無意識に左腕をさすった。リナに掴まれた箇所だ。
そこだけが、まるで氷のパッチを当てられたかのように、冷たい。
思考回路(OS)が何度スキャンしても、その異常な感覚だけは消去できなかった。
その夜、俺は引き出しの鍵を開けた。
紙を開きかけた、その瞬間。スマートフォンの暗い画面に、自分の顔が映り込んだ。
そこにいたのは、かつてモニターに映っていた、あの生気のない男だった。
幻影はすぐに消えたが、強烈な恐怖が俺を襲った。
あの頃に、戻るのか?
違う。
こんな、出所不明のデータに、俺の思考回路(OS)を揺さぶられてたまるか。
疑念を完全に駆除する方法は、一つしかない。
摂理(システム)の中心核(コア)にアクセスし、その完璧さを、この目で確認する。
そして、このくだらない疑念という亀裂(バグ)を、根こそぎ消去(アンインストール)するのだ。
俺は、佐藤ケンジに返信した。
『準備はできています』
特別セッションの当日。指定されたスイートルームのドアの前に立つ。
胸が高鳴る。それは、恐怖ではない。選ばれた者だけが感じる、高揚感だ。
俺は特別だ。
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