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俺は、プログラムの上級コースに進んだ。
参加者の顔ぶれは、初級コースから半分ほどに絞られている。
上級コースの参加者だけがアクセスできるオンライン・コミュニティ。
数日前、俺が契約を成功させた際のレポートを投稿すると、山田と名乗る参加者からコメントがついた。
『素晴らしい分析ですね。私も見習わなければ』
俺は、定型的な感謝のメッセージを返信した。
その日、コミュニティに不協和音が混じった。
その山田が、長文を投稿したのだ。
『これは詐欺だ。俺たちは、佐藤という名の摂理(システム)に、魂をリソースとして提供しているだけじゃないのか? 目を覚ませ』
投稿は、即座に摂理(システム)の管理者によって削除された。
翌日の講義で、佐藤がその件に触れた。
「変化には、痛みが伴います。古い思考回路(OS)を消去(アンインストール)する際、一部のデータは破損を恐れて抵抗する。だが、その抵抗こそが、成長を妨げる最大の亀裂(バグ)なのです」
彼は、静かに続けた。
「真の成功者は夢など見ない。現実を創るのです。夢という名の古いデータに固執する者は、摂理(システム)から弾き出される。それだけのことです」
彼の説明は、完璧なロジックで構成されていた。
俺の思考回路(OS)は、再び正常に稼働を始めた。
数日後の午後。
渋谷のスクランブル交差点で信号を待っていた。
その雑踏の中に、見覚えのある男がいた。
山田だった。
彼の目は、焦点が合っていなかった。
まるで、魂という名の人格設計(ソフトウェア)が抜き取られ、ハードウェアだけが惰性で動いているかのようだった。
青信号に変わり、群衆が動き出す。山田は、動かない。
彼は、ただ虚空を見つめ、唇をかすかに動かしていた。
カチッ、カチッ、カチッ。
駅の自動改札機が人を通過させるような、無機質なクリック音が、彼の口から漏れていた。
その音を聞いた瞬間、俺の思考回路(OS)が制御できない、原始的な肉体の反応が起きた。腕に、ぶわりと鳥肌が立つ。
脳内で、赤い警告が表示される。
『警告:解析不能なデータを受信』
俺は、山田から目を逸らし、足早にその場を去った。
オフィスに戻る途中、脳内で赤色灯が激しく点滅する。
『疑念』という名の亀裂(バグ)を、駆除しろ。駆除しろ。思考の隅々までスキャンし、完全にデリートしろ。
俺は、正常だ。
俺の思考回路(OS)は、正常に稼働している――。
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