「僕」と名乗っているらしい

弱弱じじ市立弱弱小学校三年二組学級日誌より抜粋。


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十月三日 (水) 13番 川岸努

今日はおうだん歩道を白い部分しか歩かないで通りました。みんなで通りました。交通安全週間で白い部分から外に出ると死ぬと思えってけいさつの人が言ってました。これからもそのくらい車には気をつけたいです。


十月四日 (木) 14番 菊池舞

おうだん歩道をふみはずしたら負けというゲームをみんなでやりました。と中から運動が下手なあかりちゃんばっかが負けになってしまって、あかりちゃんは泣いてしまいました。しかし、みんなでなぐさめると泣き止みました。橋本くんが明日もやるよねって言うと、あかりちゃんも「うん」って言いました。


十月五日 (金) 15番 久井雅人

今日は雨で外にいけなかったので、おうだん歩道あそびはできませんでした。かわりにろうかに文ぼう具で線を引いておうだん歩道をさいげんしました。でも、やっぱり本当の自動車が走っていないとつまらなくて楽しくなかったです。


十月八日 (月) 17番 後藤愛理

土日にみんなで研究して、おうだん歩道をふみはずすと異世界に落ちてしまうことが分かりました。落ちる速度は車にとばされて死ぬ速度よりも速いので、ふみはずした人はそのまま行方不明になってしまいます。なので、これからおうだん歩道あそびは危険なので止めようという話になりました。でも、学校前のおうだん歩道とか弱弱公園前のおうだん歩道とか、どうしても通らないと行けないおうだん歩道はあります。今日は運良くだれも、あのあかりちゃんでさえ落ちることはなかったですが、これからはそうとはかぎりません。みんな無事にすごせるよう、先生たちには早く対さくしてほしいです。


十月九日 (火) 18番 佐藤俊一

僕は通学ろにおうだん歩道がないから、みんなが心ぱいです。でも、ちょっと異世界というのがどういうところなのか気になります。ふきんしんですいません。明日は遠足です。わすれ物しないようにしたいです。


十月十日 (水) 19番 鈴木洋介

弱弱市の外にある動物園に遠足に行ってきました。動物園の中は大丈夫でしたが、一歩外に出るとそこら中に横断歩道がありました。特にバスを停めた駐車場から動物園の正門に向かう道中にあった横断歩道は、普通の横断歩道よりなぜか白線の幅が狭く、みんな慎重に渡っていました。先生も一緒に渡りましたが、大人は子どもより足が大きくてうらやましいです。また、動物園の内容は、見学中ずっと、あの横断歩道を帰りも渡らなければいけないのかという不安で押しつぶされていたので、まったく覚えていません。すみません。


十月十一日 (木) 20番 瀬木安

弱弱市から、普通のおうだん歩道は背の小さな学童にとって危ないので専用の緑色のおうだん歩道を作る、という連らくがありました。お昼に全校放送で連らくがありました。ありがたいです。ちょっと落ちても白線に腰とか背中で引っかかる大人とは違って私たち子どもはストンなので、ありがたいです。緑色のおうだん歩道ができるのは来週の木曜日らしいです。


十月十二日 (金) 21番 瀬藤奏

今日もおうだん歩道のひがい者は出ませんでした。でも、実はとなりの弱弱弱市ではおうだん歩道から異世界に行ってしまった人がすでにいるらしいです。杖をついたおじいちゃんが夜歩いていてふみはずしちゃったとか。午後十時に散歩に出たきりで帰ってきてないとか。にんちしょうじゃないらしいので、おじいちゃんになってふつうに注意力が落ちていたのだと思います。でも、僕たちもたまに注意力が落ちるときがあるので気をつけたいです。


十月十五日 (月) 22番 戸田由里

朝登校したら、学校の前のおうだん歩道の黒いところが白くぬられていました。すぐに先生たちが気づいてもとに戻りましたが、そのままの方が良かったと私は思います。土日にだれかがやってくれたのでしょうが、そのだれかは私たち子どもがどれだけおうだん歩道が怖いかをちゃんと理解してくれています。一方で先生たちは私たちがなにを言っても車に気をつけろとしか言いません。異世界が怖いって言っても真面目に聞いてくれません。悲しいです。このままだとだれか死にます。


十月十六日 (火) 23番 新居田勝利

今日もふみ外した人はいませんでした。ただ、おうだん歩道に気を取られすぎてトラックが曲がってくるのに気づかなかった下級生二人が、僕の目の前で亡くなりました。学校は休校になりました。本当は僕もこんなこと書いてないで早く寝たいけど、せっかく日誌があるのに書かないのも死んだ二人に悪い気がするから書いてます。おくやみもうしあげます。


十月十七日 (水) 24番 根城真斗

昨日の事故があってみんな落ちこんでました。みんなおうだん歩道だけ注意するんじゃなくて車も気にしようって思いました。今日はぼくたち三年生は通常授業でしたが、あんまり集中できませんでした。


十月十八日 (木) 25番 橋本拓

助けてください。異世界に来ちゃったかもしれません。

緑のおうだん歩道ができるって思い出して、夜、そこに一人で行きました。そしたらいつものおうだん歩道のすぐとなりに緑の太い線がもうできてて、たぶん夕方のうちに作ったらしくて、でもそれに注目しすぎてしまって暗いのもあってちょっとふみ外して、気づいたら森の中にいました。見たことない虫がいて、空気がうすいのか息苦しいです。たぶん異世界なんです。地球とは大気の成分が違うんです。ここに書いても意味ないですけど、だれか助けてください。


十月十九日 (金) 25番 橋本拓

一日たってもなにも変わりません。お腹空きました。水がないです。のどかわきました。助けてください。


十月二十日 (土) 25番 橋本拓

でかい鹿みたいな生き物に右腕を食べられました。痛い。


十月二十一日 (日) 〃番 〃

血が足りないくらくらする


十月二十二日 (月)  〃番 〃

助けてください


十一月六日 (木) 26番 日浦あかり

橋本くんが行方不明になってからけいさつはあわただしくひんぱんに学校に話を聞きに来ています。なので私は、これを渡そうと思います。橋本くんがいなくなったおうだん歩道に、今朝、落ちていました。けいさつなら異世界に行っちゃった橋本くんでも助けてくれると信じています。

お願いです。橋本くんを助けてください。




────









弱弱市立弱弱小学校学童行方不明事件通称おうだん歩道事件捜査ファイル第一項総括より抜粋。


──現場の監視カメラや橋本拓の交友関係、その他クラスメイトからの証言等より最初に絞られた容疑者、日浦あかりが犯人であることの信憑性が高まった。

特に、普段会話でも紙面上でも「僕」と名乗っているらしい橋本拓が十月十八日の学級日誌内で「私」と自称していることは、日浦あかりが橋本拓を演じて書き込んだ痕跡であり、もしくは橋本拓にいじめられていた日浦あかりを事件の犯人に仕立て上げる目的を持った第三者の意識が現れた結果である。いずれにせよ、日浦あかりを中心とした思考回路があるものとし、操作を進めていきたい。

ただし、日浦あかり含め事件に関係する人間は大半が小学生であるため、彼らの精神発達面も考慮し、最大限人権に配慮すべきである。







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