第2話 妹へのエロマンガ

「ここからここまでのエロ本を全部ください!」


 僕は別に変態ではない。そう願いたい。これはただの……お使いなのだ。

 先ほど仕事から帰っている間に妹からのメールが来てマンガを買ってきてとお願いされたのだ。しかし、彼女は引きこもりだ。引きこもりでなければ普通のマンガを買ってきたのだ。一度は自分で買ってくるようにさせるために、僕はわざわざエロ本を買いにきたのだ。


「え、えーっと……ぜ、全部ですね」


 ま、まぁ……今回のいけなかった点は、店員の人が……お姉さんだったってことかな。


 ---


「おーい氷璃ー。ここにマンガを置いておくからな」


 そして僕は先ほど買ってきた山積みのエロマンガを廊下に並べる。

 妹の部屋、そして僕の部屋も二階にあって、妹の向かい側に僕の部屋があるのだ。だけど……僕は彼女が部屋から出ていくところを風呂以外で見たことがない。そう、やはり彼女は……完璧な引きこもり、そして完璧なる自宅警備員ではない自部屋警備員なのだ。


「……ねぇ、兄さん。今回あった女の人ってどうだった?」

「っ…………さぁな、僕もわからない。けど、かわいかったな」

「そうだったんだ。よかったね。兄さんにも理想な女の人が来て」


 彼女と話すのは3か月ぶりだ。声も……久しぶりに聞いたせいか涙がにじんでくる。


「氷璃って……話せるんだな」

「ふふ、私のことをなめないでよ。さすがに私も……大事なことは話すよ」

「大事なこと……か」

「私はね……兄さんがどういう人が好きなのかしってるよ。何度も……この目で見てきたから」


 あり得なかった。彼女はずっと引きこもっていて……この前僕と初対面であった。

 しかし、彼女の言うことは妙に説得力があった。


「兄さん、どういう女の子が好き? よかったら教えてよ。少しだけ……参考にしたいから」

「……参考か。僕は……」


 君みたいな人が好き、なんて言えない。僕はたぶん、彼女の兄貴になるべきだ。そう使命感があった。今の職場なら……彼女を一生大事にしてやれる。


「僕は……元気で明るい女の子が好きだな」

「……そっか」


 彼女はドア越しに笑った。


「なんだ? 何かおかしかったか?」

「いやいや、だってさ、そんな模範解答みたいな応え、求めてないよ」

「そ、そんな模範解答みたいだったか?」

「そうそう……ってか、今日の仕事は楽しかった? 確か……『本音を暴露する』薬、だっけ?」


 僕は彼女がなぜ知っているのかはわからない。あるとすれば仕事の仲間が彼女と連絡をしているとしか考えられないが、引きこもりであるためどうやって連絡手段を入手したのだろうか。


「もうすぐで完成だね。おめでとう、兄さん。すこしだけ早めに祝っておくよ」

「……ありがとな。でも僕はな……氷璃と話せるのが一番うれしいよ。今までずっと引きこもりでさ、もう三か月近くは耳を貸さなかったじゃないか」

「そう? そんなにしゃべりたいんだったら……もっと女の子との接し方を学んでよね。そしたらさ……喋ってあげる。今でも十分なんだけど……ちょっとね」

「なるほど……僕の頑張り具合、か」


 僕はドアに背中をつけた。

 僕の頑張り次第で、彼女の兄貴になってやれると考えるとゴールが見えた気がしたんだ。


「でも、ごめんな氷璃。先にあやまっておく」

「えーなんで~?」

「だ、だってな……」


 言えなかった。彼女のために買ってきた漫画がすべてエロマンガであるという事実を彼女に言えなかった。冷汗が流れてくる。


「と、とにかくな、少しは部屋から出てくることを考えろよな」

「……もう少したったらね。考えてみるよ」


 彼女は少し微笑みながら答えているのだろうか。姿が見えないせいか、何か考え事をしてしまう。


「あ、そうそう。もし君がかってきたマンガがエロ本だったらさ……覚悟しといてね」

「……え?」


 突然だった。話を無理やりかえたのに、無理やりねじ伏せてきやがった。


「……ま、まぁその時はその時だな。それに、そういうマンガが買われても好き嫌いはよくないんじゃないか?」

「こ、こればっかりはしょうがなくない? だ、だってほら……私にも好みがあるからさ」


 好みか……妹はいったいどういうのが好きなんだろうか。『学園モノ』、『異種族』……まさか『NTR』か? それはさすがに家族としては……


「兄さん!」

「はい……!」


 彼女は声を荒げた。


「い、今……妹でえっちなこと考えたでしょ」

「い、いや別に……」


 まずい、早急に話題を変えなければいけない。


「それよりも氷璃。今日のご飯はどういうのがいいんだ?」

「……自分で考えて」

「……え?」

「聞こえなかったの? 自分で考えてよ。私は……そこまで好き嫌いはないの」


 好き嫌いはない……なるほど。それはぜひ、妹には好きになる料理を振る舞まわせていただきたい。

 僕は立ち会がり、氷璃を呼ぶ。


「氷璃!」

「え! どうしたの!?」

「今日の夕食、楽しみにしとけよ! 絶対おいしいって思うやつを作ってやるからな」

「……ふふ、わかった。楽しみにしておくよ」


 そして僕はその場を去ろうとするその時だった。


「まって兄さん」

「ん?」

「……恋愛、がんばってね」

「……余計なお世話だな」


 彼女は……本当に変わった女の子だ。金髪のセミロングで、チャームポイントは道路標識型の髪飾り……仕上げには、道路標識で、ドアに立ち入り禁止、なんて張り付けるぐらいだからな。

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